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第10話 VALVA

 先にリヴィアが入浴を済ませ、アンジが後に入浴する。

 広すぎる風呂は六、七人ぐらいは余裕で入浴できるだろう。何故こんな巨大風呂を作ったのか。

 アンジは制作者の理解に苦しむが、足を伸ばせることに感謝した。


(一緒に入ろうと言い出さなかっただけ助かったな。いや。本来当然なんだが……)


 初めて会った少女に好意があると告げられ、肉体関係もやぶさかではないと宣言された挙げ句、好物のカレーまで作ってくれる。

 あり得ない出来事だ。幻覚でも見たのではないかと疑われても仕方ない。


 風呂から上がるとアンジ用の青色のパジャマが用意されている。着替えて寝室に戻ると、リヴィアも質素なピンク色のパジャマに着替えている。

 髪型もポニーテールからロングに変わっている。今までで最強に破壊力が高い。


(こんなに可愛い女の子と同じベッドに寝るのか……)


 確かに当初の説明に嘘はなかったが、言及していない案件が多すぎた。


「私、何か変?」

「やっぱり可愛いな。ちくしょう!」

「褒められてる!」


 リヴィアは笑顔で枕を抱えてごろごろと左右に転がる。


「でもあまり攻撃力全開でアンジに迫ると逃げられそう。二割程度にしておく」

「そうしてくれ」


(これで二割だと! 本気で攻められたら俺はもうダメかもしれない)


 攻めるという意味は一つしかないだろう。さすがに彼も勘違いはしない。


「俺、ソファっでいいんだけどな」

「ダメ。ここがあなたのベッド」


 強い口調で言われ、逆らえないアンジ。


「ベッドがふかふかすぎるんだよ。眠れるかな」

「ベッドの高さは調整できるけど、柔らかさまでは無理かなぁ」

「贅沢を言いすぎたな」

「眠れますか?」

「眠れないだろうな……」


 これからは毎日、理性との戦いになりそうだ。

 天井を睨み付けるように邪念を振り払おうとするアンジだった。


「服役と日雇いの長時間労働が長かったでしょうから。当然ですね」


 主に君のせいだとは言えないアンジ。


「眠たくなるようなお話をしていいかな」

「いいよ」

「なら一緒に布団に入って」


 観念して布団に入るアンジ。せめて一人ずつ掛け布団があれば良かったのだが、一枚だ。空調がほどよく効いて快適そのものだ。

 二人は天井を眺めている。話をまとめているのだろうか。しばらくしてリヴィアが語り出した。


「リヴィウが失踪する理由になった、ヴァルヴァの秘密。つまらない話だからすぐ眠くなりますよ」

「眠れるか! とんでもない話題をぶっこんできたな」


 リヴィウの失踪理由など、アンジにとっては詳細に聞きたいほどだ。


「甘々攻撃をしていいなら切り替えます」

「後日にしてくれ。ヴァルヴァの秘密が知りたい」

「後日ならしていいんですね? 言質は取りましたのでヴァルヴァの話をします」


 本当に攻撃力が二割なのか疑問に思うアンジ。

 入浴剤の香りだろうか。隣からは柔らかな良い香りが漂う。


「アンジはヴァルヴァのこと、どれぐらい知っていますか?」

「気にしたことがなかったな。二度の太陽圏戦争ヘリオスフィアウォーによって文明が大きく衰退した。太陽圏歴939年に勃発した第二次太陽圏戦争後に残された叡智で人工生命体を作った。それぐらいだな」

「語源は?」

「知らないな……」

VALVAヴァルヴァはアクロニムによる単語の集合体。Validation――批准。Adaptations――適応。Life――生命。Likeness――類似。Various――多様性。Anima――魂。批准化され宇宙環境に対応した多様性を持つ命と魂。ルーマニアの精霊、もしくは亜人Valvaにあやかりヴァルヴァと命名されたのです」

「亜人?」

「ハンガリーには自然物に宿る人型の精霊とも、祝日の日に生まれた特別な力を持つ人間とも伝承にあったのです。人として生まれた精霊は雷や風、雹が降る場所を好む性質で、精霊を行使するのですぐにヴァルヴァと判明したそうですね。時には動物の姿も取り、その能力を得ます。ヴァルヴァはその多くが女性です」

「精霊か。はたいてい女性なんだよな。聞いたかもしれないが俺とリヴィウも精霊に助けられたことがあるんだよ」

「リヴィウから聞きました! 体が半透明な精霊さんのことですね」

「半透明は錯覚だったかもしれないな。美しい女性が高熱を出したリヴィウに薬を飲ませてくれてね。未だに感謝している」

「その人も聞いたら喜ぶと思う」

「精霊さんか。ヴァルヴァも精霊モチーフということなんだな。ヴァルヴァだったかもな」

「ヴァルヴァは場所にも棲む精神といわれててね。ヴァルヴァも森や畑、城塞や探鉱、宝物庫の守護者なんです」

「あの人は格納庫に棲む、本物のヴァルヴァだったかもしれないな。リヴィアの話も感覚で理解できる。人工的に作られたヴァルヴァは精霊をモチーフにしたんだな」

「それを聞いて、この建物は喜んでいるでしょうね」

「そうだといいが」


 リヴィアは天井をまっすぐ見つめてにっこり微笑む。

 誰かに、何かを伝えたいかのように。


「奇しくも。もしくは必然だったのでしょうか。動物の耳や尻尾を持ち、時には龍や天使をイメージした種族がいます。モレイヴィア城塞都市代表都市の代表は、相当珍しい龍似ドラコライクですね」

狼似ウルフライク猫似キャットライクは良く見かけるな。どの動物に類似ライクするかでヴァルヴァの呼称も変わる。ヘイロゥをつけた天使似エンジェルライクも多かったな」


 アンジはふと、気付いた。

 すぐ隣にリヴィアの端正な顔が迫っていた。


「さっきより俺との距離が短くなっていないか」

「気のせい」


 大きなベッドだ。意識して距離を取ったにも拘わらず、話している間にリヴィアは背中の動きだけで這い寄り、いつの間にかアンジに接近していたのだ。

 ある意味器用な距離の詰め方だ。物理的に、だ。


「今から重要な話に入るからよく聞いて欲しい。私とリヴィウにも関わることだから」

「お、おう」


 聞かねばならない話だった。

 さらにずいっと迫るリヴィアに気付かないほど、アンジはリヴィアの声に耳を傾けていた。

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