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第9話 いつかのカレー

「お待たせ。ダイニングへどうぞ」


 準備が終わってアンジに呼びかけるリヴィア。

 彼女がキッチンの扉を開けただけで、食欲をくすぐる良い香りが漂ってくる。


「この香りはまさか……」


 ダイニングにいそいそとするアンジ。

 食卓に並ぶ料理をみて絶句する。中央には巨大な鍋。隣に小さな鍋がある。


「カレーだと……!」

「お口に合えば良いですが」


 カレー。

 一度滅亡寸前にまでいった太陽圏人類が数百年前に復刻させた料理の一つ。彼の起原でもある地球にあった日本での料理で、子供の頃から良く食べている。

 ライスとカレールーは原稿技術の合成食材だけで調理することが可能だ。煌星に日系人は少ないが、大衆食は広く人気がある。満腹感と必要なエネルギーだけの栄養食だけでは人間、生きていけないのだ。


 リヴィアは慣れた手つきでカレーとライスをよそう。

 しかもアンジ好みの日本式の欧風カレーだった。


 具材もトンカツ、ソーセージ、シーフードなどもりだくさん用意されている。小さな鍋にはスープ。サラダもたっぷりと用意されている。

 添える福神漬け、らっきょう、キムチ、ピクルスなど盛り沢山。腹が鳴る声がリヴィアに聞こえないか、心配になるアンジだった。


「どうぞ」


 アンジはリヴィアも対面の席に座るのを待つ。

 二人が着席したところで、二人同時に手を合わせた。


「いただきます」


 声が重なる。びっくりしたかのようにリヴィアを見るアンジ。


「リヴィウから聞いたのかい?」

「アンジと食べる料理で大好きだったものの一つと聞いて。ラーメンや牛丼も学びましたよ」

「何を教えているんだ、あいつは」


 昔を懐かしみ、微笑むアンジ。その表情をみて、穏やかに笑うリヴィアだった。


「おかわり自由。スープもあります。好きなだけどうぞ。本当は派手にお祝いしたかったですね」

「いやいや。これほどのお祝いはないよ。――美味しい!」


 さっそく口をつけるアンジ。ほどよい辛さに、とろみがあるカレールーはライスに合う。


「良かった」


 リヴィアが破顔した。想わずカレーの歓喜を忘れるほど魅力的な笑顔だった。

 そして上品にカレーを口に入れる。


「私もお話しながらの食事は久しぶりです」

「俺もだよ。もうずっとこの家にいたい」

「アンジはずっとこの家にいるんですよ。あなたの家だったんですからね」


 思わず家と表現してしまったアンジだが、嬉しそうなリヴィウをみていると訂正する気も起きなかった。半ば本音だ。

 ほどよく冷たい水が喉を潤す。


「そのかわり、作りすぎたので明日もカレーですが……」


 やや気まずそうなリヴィア。奮起しすぎてカレーを作りすぎたようだ。


「余裕余裕。このカレーなら毎日食べたい」


 それほどに絶品だった。昼もカレーで良いぐらいだ。

 リヴィアはその言葉を聞いて目を細めて嬉しそうな表情をする。どうしてそこまで嬉しそうなのか、不思議なぐらいに。


「まだ働いてもいないのに、申し訳ないぐらいだ」

「明日仕事の話をします。今はカレーを味わってください」

「そうする」


 アンジの皿が空になるとそっと手を差し出し、リヴィアがおかわりをよそう。

 減った水が注がれ、食事が進む。


「リヴィウがさ。もう聞いているかもしれないけど」

「聞かせて」

「俺たちは逃亡者だったからさ。すぐ街を出る場合も多くて。カレーが喰いたいっていうからレトルトの不味いカレーを買ってきたんだよ。自己発熱カレーってやつで米もルーも勝手に暖まるって触れ込みだけど、これが不味くて。でもリヴィウが美味しい美味しいって言って食べてくれたんだよ」

「よく覚えて…… コホン。自己発熱するカレーもなかなか美味しかったと聞いていますよ?」

「そうなのか? だったらよほど貧しい食生活を強いられたってことだ。もっと美味いカレーを食わせてやりたくて、作ったんだけどな。俺が馴れてなくてルーがコゲちまってな。それさえも美味いといってくれたんだよ」

「アンジの使ってくれたカレーは別格でとても美味しいって。私も食べてみたいものです」

「えぇ。上の方しかまともなルーがなくて。二人で分け合って喰った。確かに味は悪くなかったかもしれないが…… リヴィアが作ってくれたこのカレーには遠く及ばないよ」

「そんなことはありません。食べたいです」


 目を輝かせて宣言するリヴィアに、アンジは苦笑した。


「リヴィウに洗脳されてないか? わかったよ。俺の料理当番の時、チャレンジしてみる」

「楽しみです」

「嫌いなものはあるか?」

「嫌いなもの…… そう多くはないですが。ブロッコリーが若干苦手」

「そんなところまでリヴィウと似ているんだな。好きな食べ物は果物か? ナシやイチゴとみた」

「よくわかりましたね?」

「似ているんだな」

「髪色こそ違いますが双子のようなものですからね。私もアンジから好きな食べ物が聞きたいです」

「ん? このカレー」

「お世辞が上手ですね。他にも色々教えて欲しいです」

「お世辞じゃないんだけどな。――そうだな。カレー以外には……」


他愛のない会話を行う二人。緩やかに時間が流れた。


「ごちそうさま」


 アンジが心からそう言えるほど、久々のカレーであり、絶品だった。

 微笑むリヴィアは心なしか楽しそうだ。


 手際よく珈琲を差し出されたので受け取るアンジ。


「ありがとう。気が利きすぎるよ。完璧だ」

「今日だけかも。明日からボロがでるかもしれませんよ。基本ズボラなので」


 若干照れているようだ。


「それぐらいのほうが気を遣わなくていい」

「アンジもズボラでいいですよ」

「俺は放置していてもズボラになるよ」

「お互い様ということですね」

「身なりをきっちりしろとか言われなくてほっとするよ」


 こんな美少女と同居なのだ。神経質になって身なりにまで気を遣うことになると息が詰まる。


「食後の歯磨きなら洗面台にコップとブラシが置いてあるよ。アンジ用はすぐにわかると思います」

「先にいいのかい?」

「その間に後片付けをしますから。食洗機に放り込むだけですのでお気遣いなく」

「ありがとう。早速使わせてもらうよ」


 洗面台に赴いたアンジは表情が強ばる。

 お揃いの、赤とピンク1セットずつのカップと歯ブラシが用意されていたのだ。


(同棲寸前じゃないか……)


 愕然とするアンジ。同棲ではなく同居だと、自分に言い聞かせた。

 目の前にある現実を頑なに認めたくなかった。


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