「広すぎるな」
「同室の整備士と同時に使うことも余裕だ」
「そうだろうな」
地球の日本にあったという銭湯に近い作りだった。
「裸の付き合いということで、同居する整備士とは親睦を深めてほしい」
「……善処はする」
「同居人と険悪になられても困るからな」
雇用主としては当然の判断だろう。
「たまに入るぐらいならいいかな。刑務所では集団シャワーのみだった」
「今後寝食を共にする仲間になる。シャワーや風呂ぐらい、たまになら一緒なら問題ないだろう? グレイキャット用の大規模浴場もある。積極的に使ってくれ」
「そうする」
刑務所では決まった時間に食事、シャワーだった。
整備士はアンジを含めて二人。グレイキャットの所属員は不明だが、多くはなさそうだ。ある程度の付き合いは必要なのだろう。
「リビングに戻ろう。お茶を煎れる」
二人はリビングに戻り、リヴィアはお茶を用意しにキッチンに向かう。
無言で差し出された紅茶をすすり、ほっと一息を付く。
その間に契約書を回収し、大切そうに保管するリヴィアだった。
「これで契約破棄はできない。どんな境遇でも甘んじて受け入れて欲しい」
「罠は無かったと信じたいな。いたせりつくせりの環境で怖いぐらいだよ」
「機士整備の仕事は過酷。防錆まみれで、肉体労働。アンジがよく知っているはずだ」
「刑務所でも日雇いでも俺は機兵整備担当だった。ありがたいぐらいだ」
「それなら良かった」
笑みを浮かべるリヴィアに、問いかける。
「もう一人の整備士はいつ戻ってくるんだ? 格納庫でも姿が見えなかったが」
「そろそろ紹介しないといけないな。待っていてくれ」
玄関に向かうと思いきや、寝室に移動するリヴィア。
何か通信手段でもあるのだろうと気にも留めないアンジ。
寝室から戻ってきたリヴィアは作業着に着替えていた。
「私が相方の整備士リヴィアです。末永くよろしくお願いします」
リヴィアの口調ががらりと変わっていた。
アンジの頭のなかが、真っ白になる。
言葉もなく、口をぱくぱくさせることが精一杯だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「え? なんで?」
呆然と聞き返すアンジである。ともに過ごす相方の整備士が、目の前にいる美少女だという現実を受け入れることができない。
「私がグレイキャットの機体を整備していました。一人では手が回らなくて。アンジがきてくれて助かりました。スカウトした甲斐がありました!」
「女だとは聞いていない!」
「男だとも言ってません」
「いやいやいや。まずいだろう……」
どうみても十代にしか見えない少女だ。思春期を迎えた頃合いにすら見えるのだ。
「リヴィア。君は何歳なんだ。15、16歳ぐらいに見えるぞ」
「童顔だからかな? あと三ヶ月と少しで18歳です。誕生日は1月8日。今でもモレイヴィア城塞に籍があって親の許可があれば結婚もできる年齢ですよ」
アンジが整備工場をクビになった今日が地球基準の太陽圏暦で十月半ば。
煌星は公転周期も自転も違うので地球時間に合わせている。
「十分若い。こんなおっさんと二人きりで暮らすなんて問題あるだろう!」
「問題ありません」
どうして? と小首を傾げながら尋ねるリヴィア。わざととぼけている感がある。
「言いたくないが俺は誘拐と大量殺人で服役していたんだぞ。少しは身の危険を感じないのか」
「リヴィウを助けたことが犯罪なの? 彼の存在は罪だというの?」
瞳を細めて睨み付けるリヴィア。
本気ではないことはわかっているが、それでも気圧されるものがある。
「そんな言い方しないでくれ…… そんなわけないだろう。君のためを思ってだ」
リヴィウを助けたことに後悔はない。彼を助けたことで殺人を犯したこともだ。
「意地悪な言い方でした。そんなつもりではありませんし。アンジが私に気遣ってくれていることも理解しています」
リヴィアは少し伏せ目になった。自分が口にしたことを後悔している。
「何故だ」
「私がそうしたいからですね」
混乱するアンジ。
(わからん…… この少女が)
言いたくないことを口にする決意を固めた。
「自分を理解していると思うが、君は非常に魅力的で、可愛い」
「魅力的で可愛い? お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃない。問題は俺が君を襲った場合だろう! 俺は君が隣で寝ていたら自制する自信がない」
「契約書を忘れましたか? 相部屋の整備士同士いかなる行為も合意とすると記載してあります。大丈夫です」
「え……」
思い出せばそんな項目を質問した気がする。
「だから襲う、という表現は間違いですね。アンジが私を求めるなら、お互いが同意の元で合法となります」
「待て」
「男性経験がないから。最初は優しくしてくれると嬉しいかな…… キスだけは少しトラウマがあるから、出来れば避けて。あとは知識の範囲で満足してもらうように頑張ります」
「待てェ!」
思いも寄らぬ方向に話が進んでいることに混乱するアンジだった。
「何も問題もありません」
「問題ありすぎだろ!」
さすがのアンジも切れた。
「何故君がそこまでする必要がある? からかっているのか」
「アンジに好意があるからですよ? からかってなどいません。あくまで私で良ければの話です」
少女も顔を赤らめて俯いた。
直球過ぎる告白に頭が追いつかないアンジだった。
「好意がある人物なら問題なんかないですから」
やはり恥じらいはあるようだ。当然だろう。