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第6話 地下に玄関

「なんだこれは……」


 地球時代風二十一世前後の日本式玄関が、何故か地下にある。


「和風といえばいいのかな。靴を脱いで」

「ああ」


 靴を脱いで、あたりを見回す。自由に改造できるという言葉も嘘では無さそうだ。


「キッチンとダイニングはそこ。材料はこの施設で全て合成生成できる。肉魚野菜果物卵までいかなる食材でも用意可能。ただ合成食品なので天然ものよりは味気ないかもだ。買い出しは一緒に行こう」

「十分だろ……」


 アンジは首を横に振る。

 気にする様子もなく、リヴィアは次の部屋に映る。


「ここでもう一人いるグレイキャット機体担当の整備士と一緒に暮らして貰うことになるかな。ベッドも一つしかないが、大きいので我慢して欲しい」

「問題ない。他に気を付けることは?」

「人間関係か。あなたともう一人の整備士。二人しかいないので。人員は増加予定ですが別部屋になる。食事の支度などは話し合いで決めてくれ」

「わかった。もう一人はどういった人物なんだ?」

「あとで紹介する。では契約書を読んで、問題無ければサインを」


 アンジは差し出された契約書を見た。とくに不審な点はない。

 給料も平均よりも高く、十分。休暇などの条件も待遇がいい。

 最低十年の雇用契約。以降の退職は要相談。延長は無制限という破格の処遇だ。


「これは好待遇すぎる」

「グレイキャットでは待遇が悪いほうだな。長期拘束することになるから」


 最低雇用期間は長すぎるが、グレイキャットの機密を考えると妥当といえた。

 むしろアンジにとって都合が良すぎると不安になった。一つだけ気になる条項があったので質問をする。

 契約書にはご丁寧にも給与から差し引く額に加え、リヴィウへの送金額も記載されている。

 必要経費は引かれるらしいが、日雇い整備の工場勤務時とは桁違いの額になっている。


「リヴィウへの送金は助かる。必要経費とはなんだ」

「あなたの娯楽費。娯楽が過ぎると、リヴィウへの送金額が減る。アンジの生活を優先して欲しいんだ。身を削るような節約はやめて欲しいというリヴィウの願いだ。少しは自分のために使ってくれ」

「わかった。条件を飲もう。もう少しだけ俺の給料を下げてリヴィウへの送金額を増やして欲しい」

「わかってないな? お金の問題なら、すぐ解決できる。ではこの額で」


 送金額が三割増しほどになっている。

 何故か全体の報酬額も上がっていて、アンジへの報酬額はさほど減額にはなっていない。これなら問題ないと判断したアンジは契約書を読み進める。


「ありがたい。一つだけ確認だ。『グレイキャットメンバー間における同室内で発生した事柄はいかなる行為も同意とする。問題が起きた場合は責任者リヴィアが判定する』。この項目はなんだ」

「こんな僻地の地下で、広いとはいえ密室。口論もあれば喧嘩もあるはず。警察なんか呼べないからな。いっそのこと好きなだけ喧嘩でもしてもらって、犯罪に発展しそうなら私が雇用者として判断する。私が不快に感じるレベルの事件性が高いものなら、警察への引き渡しも含め対処」

「そう思うと合理的か。ここは首都のモレイヴィア城塞都市からも離れている。もし悪質な犯罪があった場合、常駐している雇用者が判断する、か……」


 最悪殺人などしようものなら、荒野に捨てられ処分される可能性だってある。ここは傭兵であるグレイキャットの拠点なのだ。グレイキャットメンバーと書かれている限り、他のメンバーも想定してのことだろう。

 トラブルを想定した場合、雇用者のリヴィアの判断に委ねたほうが早いだろう。


「本当にいいのか。こんな条件で。俺の経歴でみると破格ってもんじゃない。リヴィウ補正でも働いているんじゃないか」

「これっぽっちも働いていない。適正な評価で決めている」

「俺が前線にでる契約がないな」

「そんなものはない」

「てっきり……」


 凝視とさえいえる視線を感じて口ごもるアンジ。リヴィアはアンジを睨んでいるのだ。


「アンジが前線にでることなど許さない。ここで大人しく整備士をして欲しい」


 大きな瞳の目尻が吊り上がってアンジを睨み付ける。あまりの迫力にアンジは気圧される。


「わ、わかった」

「ではサインを」

「お、おう」


 とくに説明もないまま、サインしてしまう。先ほどの迫力に押されてしまったのだ。

 契約者を改めて眺める。同室の整備士との良好な関係を築くことへの努力義務がやや不自然なぐらいだ。


「契約は即時有効。良かった」


 リヴィアは契約書を胸に抱き、ほっとした表情を浮かべる。


「寝室とバスを案内する」


 少女に連れられてリビングから寝室に移動する。

 ベッドが一つしかないのは覚悟している。整備士の控え室だ。それほど金はかけていないだろうと思ったアンジだが、予想はあっさりと裏切られた。


「……これは」

「広いので二人分には十分」

「ワイドキングというサイズか、これ」

「二人で寝る分だから構わないだろ?」

「広すぎる。五、六人ぐらい眠れそうだな。十分だ」


 これなら接触することもないだろう。

 ほぼ正方形に近い巨大なサイズのベッドだった。


「クローゼットは壁際の右を使ってくれ。左はもう一人の整備士用。着替え部屋なんて上等なものはない」

「いいさ。これだけ広い部屋だ」


 アンジは頷いて、説明を受ける。想像以上に快適な環境が用意されている。


「バスはこの部屋に直結している。脱衣所の奥にバスタブではなく日本式のお風呂がある。左の個室がトイレ」

「日本式の風呂まであるのか!」

「どうぞご覧あれ」


 案内されてアンジは絶句した。

 日本人向けに作られた、大きな浴室が用意されていたのだ。


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