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第4話 廃棄物(ウェイストマター)

 スミロドンが要塞を抜け、森林地帯を疾走する。


「リヴィウか。元気なの?」

「アンジが知りたい話をしよう。まずリヴィウと私のこと。彼と私は同級生」


 彼女はやや言葉に詰まり、続けた。


「私とリヴィウはヴァルヴァのなかでも、他生物の特性を持たないもの。廃棄物ウェイストマターに類するもの。ここまでいえばアンジなら理解できるだろう」


 アンジが思わず顔をしかめる。

 ヴァルヴァは宇宙植民前提で考えられた。地球の遺伝子や伝承を保存するという名目で、人間とは異なる亜人として設計された。哺乳類や一部の鳥類、爬虫類、存在しない空想上の生物さえ含む。

 アンジと共にいたヴァルヴァの少年リヴィウは、何の特性もない廃棄物と呼ばれていたのだ。


「あんたもリヴィウもゴミウェイストなんかじゃないだろう」

「アンジならそういうと思っていた。しかし私達の製造主は違った。私もリヴィウも同じ境遇だったんだ」

「……辛い人生だったんだな」

「私は幼少の頃、義母に救われた。リヴィウはアンジに救われた。がらくた同然のように死んでいった廃棄物のなかでは、ましな人生なはず」

「それでも、だ。それ以上は聞かないからな」


 廃棄物は悲惨な運命を辿る場合が多い。特性が大きく劣るとされるからだ。

 アンジが助けた少年リヴィウも、惨たらしい扱いを受けていた。


「――話を戻そうか。二人とも成績優秀で、ともに昨年、十六歳でユニバーシティを卒業したんだ。そのあとリヴィウは行方不明になった。私がアンジの送金を口座管理して、リヴィウに送金している」

「行方不明? 何故だ?」

廃棄物ウェイストマターの研究が進んで、単なる無能力者ではないことが判明した。各地では廃棄物狩りが横行している。身を守るためだ」

「なんてこった。そんなことになっているのか」


 アンジが目を覆う。

 廃棄物扱いしてヴァルヴァたちの人生を狂わせた挙げ句、使い道が出来ると狩り始めるとは。


「リヴィウは生きている。あなたの大切なお金は私からリヴィウのもとへ送金し、そのお金は毎月引き落とされている。どこから引き落としているかは不明。リヴィウ本人にしか引き出せない」

「……良かった。リヴィウには酷いことをしてしまった。会いに行くわけにもいかないが、せめて元気なのか。今どうしているのか。顔ぐらいは見たかったさ」

「そういう機会も訪れる。私と一緒にいれば」

「そうか。そうだな…… あんたはリヴィウと同じ境遇で、俺の送金を預かってくれていたぐらいだ。リヴィウには恨まれているとは思うが」

「違う。――彼はあなたを恨んでなんかいない」

「そうか? そうだといいな。俺は嘘つきだからな」


 アンジが自嘲する。その自嘲にリヴィアは付き合わない。

 二人はしばらく無言だった。アンジが沈黙に耐えきれず、話しかける。


「こんな可愛いお嬢さんが迎えにくるとも思わなかった」

「可愛い? 嬉しい」

「美人というべきだったか?」

「可愛い、という言葉のほうが断然いい。アンジが美人というと、距離を置くという意味だったはず」

「そんなことまでリヴィウに聞いたのか」


 苦笑するアンジ。

 少年には美人は高嶺の花だから興味がないと繰り返しぼやいていたのだ。


「あんたっていつまで言うのも失礼だな。お嬢さん。名前を教えてくれ」

「私の名前はリヴィア」

「リヴィ……」

「私達は名前も似ている」

「話し方は全然違うのにな。雰囲気や容姿は本当に似ている」


 少女は嬉しいのか困っているのかよく分からない、微妙な表情を浮かべた。


「よく言われた。同じ場所生まれかもねとリヴィウと笑い話にしていた。――あなたが私を見てリヴィと呟いたから驚いた」

「すまないな。頭がどうかしていたらしい。リヴィウは黒髪だったからな。リヴィアは綺麗な銀髪なのに」


 リヴィアは無言のままだった。


「リヴィウに会いたい?」

「どの面下げて…… といいたいところだが。会って謝罪したい。もし彼に廃棄物狩りの手が迫っていたら、命を投げ打ってでも彼の力になりたい」

「アンジの命など! ――彼は望んでない!」


 さきほどの微笑は一瞬にして消え、険しい表情になるリヴィア。


「すまない。しかし信じて欲しい。リヴィウからいつも貴方の話を聞いていた。彼もまた貴方の幸せを望んでいる」

「……許してくれるかな」

「許すも何も。あなたは汚名を背負ってまで、リヴィウを守った」

「そんなつまらない話まで聞いているんだな」


 昔の話だ。それこそ廃棄物ウェイストマターを組み合わせた兵器に乗り、二人で旅をしていた。アンジにとって人生でもっとも楽しかった日々。


「司法取引で彼の保護と保護者をみつける代わりに、大量殺人者として処刑されるつもりだったと聞いている」

「お人好しの大統領閣下が、なぜか恩赦してくれてな」

「ヴァルヴァたちが請願していた。アンジに恩義を感じている者は多い。あなたに救出されたヴァルヴァは五千人とも二万人とも。実際はそれ以上だとリヴィウから聞いている」

「リヴィウの奴、話を盛りすぎだ。単にヴァルヴァの工場をみつけて、ヴァルヴァを保護している勢力に通報しただけだ。ついでに倒した護衛から売り物になりそうなものをかっぱらったゴミ漁りに過ぎん。私利私欲に走った犯罪者だ。失望したろ?」


 少女の表情は変わらない。やがてぽつりと呟いた。


「――偽悪はみっともない」

「……」


 アンジが無言になる番だった。


「彼にとって、あなたは英雄。その事実が変わることはない」

「だから胸を張れってか? リヴィウと出会う前の俺は遺跡漁りが副業の整備士で、廃品を組み合わせて兵士相手に商売していただけだ。褒められたもんじゃない。俺自身が廃棄物みたいなもんだ」

「そんな自称廃棄物が、命を賭して一人の少年を護り抜いた」

「多くを、殺した」

「救われた命の方が多いのに?」

「人殺しという事実には変わらん。彼らにだって家族はいるだろう。――失望したか? きっとリヴィウが美化しすぎてたんだな」

「失望などするものか」


 いくらアンジが自らを卑下しようとも、リヴィアはそれを否定し続ける。


「あなたに感謝している人々を愚弄することにも繋がる。何故それがわからないの? 多くの人があなたの解放を願った!」


 その声には押し殺した怒りが込められている。


「あんたも頑固だな。だからそれは俺じゃない」

「あんたじゃない。リヴィア。そういうアンジだって頑固者」


 少女がむっとして言い返す。

 二人は無言となり、やがてお互い苦笑した。


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