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第3話 逢着


「日雇い用の宿に戻る必要もないな。次はどの町に行くかな」 


 整備工場を後にしたアンジは空を見上げながらとぼとぼと歩く。金星だったこの星は、自転が地球とは逆方向な上、極めて遅い。

 白夜と常夜。この場所は常夜で、星空も見えた。

 眼前を軍服風の衣装に身を包んだ少女が通り過ぎる。


 輝くような青みがかった銀髪をゴールデンポニーにして巻き上げている。

 端麗な顔立ちで、長めの後れ毛が軽く耳前にかかっている。大きな瞳がより童顔に思わせる。

 彼女はパイロットなのだろうか。ジャケットにコックピットパンツという軍人風のスタイルだ。

 若い容姿だが、鋭い視線は見る者を畏怖させる。その美貌は美形が多いヴァルヴァのなかでもとりわけ目立つだろう。

 険しい視線でアンジを注視している。


「リヴィウ……」


 何故かリヴィウを連想させた少女。

 瞳は似ているが、これほどに美しい少女があの少年のはずがない。リヴィウは黒髪だった。一緒に風呂にも入ったこともあるので間違いようがない。

 アンジの呟きを聞いて、一瞬だけ少女が息を飲んだように見えたが、すぐに気を取り直したようだ。何故か心配そうに目を細める。


「すまない。人違いだ」


 そういってアンジは少女の横を通り過ぎようとする。

 少女から制止がかかった。


「待ってください。お迎えにあがりました。あなたがアンジですね。かつてラクシャスに乗っていたパイロット――」


 少女が畏怖を込めて、ラクシャスのパイロットという言葉を継げる。


「それも人違いだ」


 アンジは平然と言い放って立ち去ろうとする。

 手をひらひらしてさよならをする。

 その腕を掴まれた。ヴァルヴァの力は強く、小柄な少女でもヴァルヴァを侮ったら酷い目に遭う。


「私についてきて。アンジ」

「話してくれ。俺に何の用件だ。ラクシャスまで知っているなら俺が凶状持ちだってことも知っているんだろ?」

「知っている」


 少女は一切動じない。腕も放してくれなかった。


「解放してくれないか。人知れずまっとうに生きていくよ。信じてくれ」

「そういうわけにも行きません。あなたの所持金は尽きているはず」

「クビになったばかりだが、一ヶ月ぐらいは暮らせるさ」


 少女は立ち止まり、アンジの顔を無言で注視する。

 アンジは蒼い瞳は深く、心の奥底まで覗き込まれるような錯覚を覚えた。


「私がリヴィウからあなたのことを聞いているとしても行くのか?」

「なんだと?」


 アンジは血相を変える。

 彼が身を粉にして働きながら目立たないように暮らしていても、探していた少年の名だ。


「リヴィウから聞いていた容姿とかなり違っていて…… 申し訳ない。探すのに手間取ってしまった」

「リヴィウを知っているのか?」


 少女は首をこくんと縦に振り、アンジの疑問に答えた。



「長い話になる――アンジはほとんどの給料をリヴィウに送金していたはず。違うか?」


 少女は淡々とした口調で辛抱強い宇言葉を紡ぐ。


「……どうしてそれを。参ったな」


 事実を少女に言い当てられ、言葉もなくなる男に、少女は軽く嘆息をつく。

 少女はアンジの真意を見抜いたかのように、不敵な笑みを浮かべる。


「一ヶ月? 二日の間違いのはず。私があなたを雇う。リヴィウの話はそれから」

「雇う? 俺なんかを?」

「当面の仕事は手配する。アンジの得意分野である整備の仕事。他の整備士との同居生活になるけれどそこは我慢して欲しい」

「仕事があるのか。タコ部屋か。そのほうがありがたい」


 変に小綺麗な仕事につくより、慣れた油まみれの整備をやるほうがましだ。


「わかったよ。あんたに付いていく。――リヴィウは元気なのか?」

「整備工場に案内するまで、リヴィウのことを含めて話そう」

「頼む」


 少女が辿り着いた場所は機兵の駐機場だった。


「荷物を取りにいこう」

「そんなものはない。事情は知っているんだろ?」


 少女はその言葉を聞いてほんの一瞬、痛ましい視線になる。


「あなたのことはずっと探していた」

「手間をかけさせた。悪行が多いから命も狙われているんでね。各地を転々としているんだ」

「そんなにやつれて」

「リヴィウが知っている頃よりはイケメンになったと思うんだがね」

「そんな不健康な痩せ方はダメだ」


 少女はアンジの言い分をぴしゃりと遮る。アンジは話題を強引に変えた。


「ハザーの最新型か。スミロドンだったか」


 アンジにも見覚えがある形状の機体だった。煌星の会社が開発した、機動力の高い機体である。

 背面に備えた大型スラスターが、人型兵器とは思えぬ機動を可能にする。


「移動には便利な機体だ」


 機兵の座席は可変式のタンデム式だ。少女は前方の操縦席に。アンジは後部座席に乗り込む。かなり狭いが緊急用の座席なので我慢する。

 いざとなったらパイロットのサポートも可能なぐらいの機能はついている。


「目的地は離れている。到着するまでに情報を整理しようか」


 アンジは特務機関か何かの兵士に尋問されているかのような気分になった。


「あんたは俺のことをどれだけ知っているんだ? 五年前までは誘拐犯にして大量殺戮の罪で服役していたんだ。怖くないのか」

「英雄の間違いでは?」

「とんでもない」


 アンジは必死に首を横に振って否定した。


「あなたのことはリヴィウから詳細に聞いてる」


 少女が詳細という部分に力を込めた。

 リヴィウ。アンジが探そうと思っている少年の名前だった。


「移動しながら話しましょう」


 アンジは同意して、スミロドンのコックピットに乗り込む。リヴィアは前部座席に、アンジは狭い後部座席に乗り込んだ。



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