深く生い茂った森のなかを、鋼色の騎士が疾走する。
槍のような突き剣とシールドを構えた騎士は荘厳な翼から炎を吹きだしている。
その体躯は人間を優に超える十メートル近く。人型搭乗兵器フーサリアだ。
追跡する同様の
――狩られる立場だということにも気付かずに。
閃光が走る。前方を走行していた追跡機が爆発したのだ。
頭上からの奇襲に、簡易レーダーでは対応できなかったのだ。
「真上からだと?! あいつが乗っている機体は
有翼重機兵の名は、それだけで戦場のパイロットを畏怖させる機体の名であった。
翼状に展開されたフーサリアの特性はその推力を活かした突進力。スラスターによって浮上して、数十センチメートルほど浮いた滑走は最大加速五百キロメートルを超える。
「まずい。俺達の
ハザーは惑星開拓用ロボットから発展した、全長十メートルほどある大型人型兵器
軽装機兵は機動力に優れた最新の兵種だった。高速移動も前足部底面と踵底面にあるローラーによって行われる。
「情報だとただの整備士だったというじゃないか。なんだあの装甲は! ハザーですらないぞ!」
フーサリアは複合装甲による防御を主体とした旧世代機で、構成する部品の多くがロストテクノロジーによって構成されている。
今はイオンビームを使った荷電粒子砲主体の兵装とプラズマバリアが主流となっている。装甲よりもより機動性と運動性を向上する機体を大量配備する方式が好まれる。
現行技術では大きな破損は修理不可能であり、高コスト機といえた。
「ええい。所詮前時代の旧式機だ! 迎撃しろ!」
驚愕している一機の軽装機兵が突進してきた有翼衝撃重機兵が持つ巨大な長剣によって突き倒される。
しかし真の衝撃はそのあとだった。
轟音とともに放たれたプラズマ弾は、貫通した装甲の内部を破壊する。
「は? プラズマ弾を放つ突き剣だと?」
良く見ると斬るための機能はない。剣と砲が一体化している奇妙な武器だ。
「物理なら装甲を覆っているプラズマバリアも意味ないだろ? 時代遅れも悪いもんじゃない」
フーサリアのパイロットが不敵に笑う。
彼らが乗る軽装機兵は文明衰退期を経た果てに製造された量産機だ。装甲表面は砲弾やビーム対策に磁場と低温プラズマを組み合わせたバリア被膜を張っている。
「撃て!」
反撃するためにライフル型のイオンビームガンを構えて発砲するが、厚い装甲に阻まれ、致命傷にはほど遠い。
「効かないな」
有翼重機兵のパイロットが宣言する。黒髪で黒い瞳。東洋系の顔立ちで、がっしりした体躯の青年だった。
無造作に長剣を突き、先ほどの敵機体同様、内部からプラズマを叩き込み上半身を爆発させた。
「お前…… まさか
パイロットは答えない。テラフォーミングを終えた煌星に済む人々にとって、地球人とは異星人に等しい。
「接近戦なら!」
別の軽装機兵がサーベルを抜き、襲いかかる。有翼重機兵は身を屈め突進し、突き刺した。
「お前らに追われているんでね。弾は節約しないとな」
「くそ!」
狂ったように乱射する軽装機兵をまず両腕部を斬り落とし、コックピットめがけて剣を突き刺すフーサリア。
「お前で最後だ」
彼の有翼重機兵はライフル状の兵装を構えていた。
「逃げ切れると思うなよ……」
「そうだな」
刺し剣からプラズマ弾が放射された。それはプラズマ弾というよりはプラズマ放射だった。
放たれたプラズマ弾はハザーのプラズマシールドと複合装甲を貫通して爆発した。
「だが今はその時じゃない」
最後の軽装機兵は、動かない。燃料に引火し、 爆発した。
有翼重機兵は敵機がもういないことを確認し長剣を肩のラッチにぶらさげる。
「地球生まれだが、育ちは正真正銘の
まさか現行の地球人に間違えられるとは思わず、パイロットは苦笑した。
地球は人類が住む文明の祖だが、かつての太陽圏大戦でいくたびも戦場となって荒廃している。
「アンジ。すごい」
後部座席にいた少年がパイロットに声をかける。舌っ足らずの声で、アンジと呼ばれた青年に感動を伝えようとする。
黒髪に蒼い瞳。ヴァルヴァと呼ばれる人工生命――遺伝子改良を施された亜人の少年だった。
「機体性能のおかげさ。――お前だけでも安全な場所に預けたいんだけどな」
事の発端はこの少年を助けたいと思ったことだ。
ヴァルヴァは人間よりも寿命が長く、優秀な頭脳と肉体を持つ。だが人間社会を発展させるために製造された亜種の人間であり、過酷な差別や単なる労働力として扱われる場合も多い。
労働力とはおぞましいことに性産業も入る。最悪なことに物々交換にまで使われることがあるという。
当然人間とヴァルヴァ同士の争いは頻繁に起こっている。今彼が戦っている理由もその一つだ。
ヴァルヴァは工場で今なお生産されているが、扱いが良いといえる地域は少ない。
ヴァルヴァが統治する街へ移動し、少年を保護してもらうことがアンジの目的だった。
この少年は失敗作といわれるタイプの一つ。同じヴァルヴァに預けないと、アンジ自身が安心できない。
「ぼく。アンジといっしょにいたい」
少年は哀切ささえ込めて、願いを口にする。
「はは。そうだな。俺もだよ。リヴィウ」
リヴィウと呼ばれた少年は、心の底から嬉しそうに破顔する。眩しい笑顔だった。
嘘ではなかった。本当に――