その後、すっかり乾いた制服を着て、僕たちは廊下を歩いていた。
プールで騒いでいた僕らの声を聞きつけた先生に、無断でプールを使用していたことがバレてしまったのだ。
教室に行く前にこっぴどく怒られた僕たちは、夏休み最初の二週間はまるごと補習という処分を下された。
「あ〜もう最悪。せっかく優等生で通ってたのに補習とか……」
僕はキッと三石を睨んだ。
「お前のせいだぞ!」
これで特待生資格を剥奪されたら本気で笑えない。
しかも、夏休みは実家に帰るって話までしていたのに、お盆休みギリギリまで補習になった、なんて両親になんと説明したらいいものか。言う前に学校から連絡がいきそうだけど。
「ドンマイ! このくらい高校生ならふつうだって!」と、三石はあっけらかんとした笑顔で言う。
先生のお説教も、三石にはまるで効いていない。まったく、自由が過ぎる……。
「お前のせいで親に捨てられたらどうしよ」
わざとしょげたふりをして言ってみる。
「うわぁ、悪かったよ〜! 悪かったから泣くな〜」
三石が抱きついてきた。
いや、暑い。
「うそだよ。つか泣いてないし。でもまぁ……あとでアイスくらい奢ってよね、――コウ」
さらっと名前で呼ぶと、コウは目を丸くして足を止めた。僕も足を止めて振り返る。
「なにしてんだよ、早く行くぞ?」
「……あ、う、うん」
コウは慌てて僕に駆け寄りながら、きらきらした瞳で僕を見る。……ずっと見てくる。
「……なに」
聞きたくないけど、聞かないとずっと熱視線を向けられそうなので訊ねてみる。
「もっかい言って」
「は? なにを?」
「名前。コウって」
「ヤダよバカ」
じぶんから言っておいてなんだけど、やっぱり恥ずかしくてやめよう、と思ったところだったのだ。
「いーじゃん、ケチ! なぁ柚月、お願いもっかい! アイス奢るから!」
「ウザいウザい」
「ちぇ〜」
僕たちはじゃれ合いながら、ふたりそろって昼下がりの昇降口に入る。
静かな渡り廊下を歩きながら、あらためて思う。
肺に入ってくる空気が軽い。どうしてだろう。
ちらりととなりを見る。コウは空を見上げて、相変わらず「あち〜」と嘆いている。
そのだらけた横顔に、ふっと笑みが漏れる。
「……そっか」
コウのとなりだからか。
「ん? なに?」
「……いや」
「なんだよ?」
コウは不思議そうに首を傾げて僕を見ている。
みんなには言っていない秘密を教えてくれたコウもまた、僕の前でだけは少し喉のつかえが取れているのかもしれない。そうだといいと思う。
教室に入る前に一度立ち止まって、すぅっと大きく深呼吸をしてみる。
喉になにも引っかからない。まっさらな空気が肺に流れ込んできた。
それはまるで、呼吸のしかたを覚えたばかりの人魚のように。
コウのとなりで、僕は少しづつ呼吸のしかたを覚えていく。