「あ〜、あち〜」
ごりごりに強い陽射しを浴びながら、三石が文句をボヤく。そのとなりで、僕はため息を漏らした。
「わざわざ言うなよ。余計暑くなるから」
「だって暑いんだもん、暑いって言いたくなるじゃん」と、三石は口を尖らせる。
「子どもか」
「子どもだよ!」
「都合によりな」
「そのとおり!」
にっと無邪気な笑みを向けられ、つられて僕も笑う。まったく、三石は相変わらず自由だ。
「なぁ、夏休みどーすんの?」
問われた僕は、すんっと空を仰ぐ。
「……たぶん、帰るかな。親が家族旅行計画してるみたいだから」
「そっか」
「三石は?」
「俺は実家すぐ近くだし、帰ったり帰んなかったりって感じだろーなぁ。あっ、でもお盆は姉ちゃんも夏休みだから、いっしょに出かけるんだ! いいだろ!?」
そういえば、以前三石は姉がいると言っていた。
「仲良いんだな、お姉さんと」
三石と、未だ見たことのない三石のお姉さんの姿を想像して、口元を緩める。微笑ましい光景が脳裏に浮かんだ。
「昔はそんなことなかったけど、今はすげー仲良しだよ!」
無邪気な笑みを浮かべる三石に、僕も思わず笑顔になる。うそのない笑顔は伝染する。これも、最近三石に教えてもらったことだった。
「柚月もだろ?」
え、と目を丸くする。
「なにが?」
「兄貴と仲直り。したんだろ?」
「なっ、なんで知ってんの!?」
驚愕の顔を向けると、三石がにやりと笑う。
「へへっ! さっき、俺が着替えてるとき柚月が珍しくスマホばっかいじってるから、こっそりうしろから覗いた」
「勝手にひとのスマホ覗くな!」
「だって気になったんだもん」
「なんでおまえが僕んちの兄弟喧嘩を気にすんだよ!」
「だって〜」
思ったことが口に出るところは相変わらずだけど、何気ないそのセリフに意味を探しかけているじぶんにハッとする。
三石の言うとおりだ。
ついさっき、僕は水月とメッセージでちゃんと話をした。お互いの立場からものを見るとなかなか分かり合えないものも、お互いの話をしっかり聞いてから話し合えば、仲直りはそう難しいものではなかった。
……礼のひとつでも言ってやるか、と三石を見て目を疑う。
「って、あぁっ!? お前それ、なに食べてんだよ!?」
三石は、見覚えのある可愛らしい袋を手に持っていた。クマの絵が印字されたラッピング袋だ。
指摘すると三石は、明らかにしまったという顔をして、僕に背を向ける。
「おい!」
三石の肩を掴んでこちらに向かせる。
「やっぱり! これ、僕が丸木さんからもらったやつ! なんでお前が食べてんだよ!」
それは、僕が丸木さんからもらった手作りクッキーだった。
「だ、だって腹減ってたんだもん!」
三石が逃げる。それを僕は追いかける。三石は運動があまり得意じゃない。だからすぐに追いついた。片方の手で腕を掴み、もう片方の手を三石の腰に回して受け止める。すると三石が驚いたような声を上げ、振り返った。
「おまえ、やっぱり足遅いな」
ちょっと笑ってからかってやると、三石は顔を真っ赤にして、「うっ、うるせぇ!」と叫んだ。形勢逆転だ。
すると僕にからかわれたことが相当恥ずかしかったのか、三石はこれ見よがしに丸木さんのクッキーを袋を傾けて勢いよく口のなかに流し込む。
「あっ! おまえ!」
激しい咀嚼音と、三石のにやっというなんとも腹の立つ笑みに僕はため息をつく。クッキーは、もう空だった。べつに甘いものが好きというわけではないし、三石に食べられたこと自体はいい。ただ、せめてひとつだけはじぶんでちゃんと食べて、感想とお礼を本人に伝えたかった。しかし、そんな思いも虚しく、クマさんは三石の胃のなかへ消えてしまった。
「まったく、仕方ないな……」
呆れて笑っていると、それに気付いた三石がそっと僕の顔を覗き込んできた。
「……お、怒った?」
その顔を見て、僕はついおかしくなって笑ってしまう。だって、目の前の三石は完全に、イタズラがバレて怒られる直前の仔犬のそれだ。
「そう思うならやんなきゃいいのに」
「だ、だって……柚月、丸木さんと仲良いからちょっと寂しくて」
「えっ?」
まさか寂しいと言われるとは思わなくて、ちょっと驚く。
「そ、そう?」
「そうだよ! だって柚月、俺にはすぐ怒るくせに、丸木さんといるときはよく笑ってるし……」
拗ね始めた三石に、動揺を隠せない。僕が丸木さんと仲良い? そうだっただろうか? まったく自覚していなかった。
「……てか、僕と丸木さんが仲良くしてると寂しいんだ?」
ちょっとからかってやるつもりで言ってみると、三石は口を尖らせて呟いた。
「……そりゃそーじゃん」
「……ふぅん」
そうなんだ。……ふぅん。
「って僕、そんなに三石に怒ってる?」
「まぁな。あ、でもみんなに向けるのと同じ顔されるくらいなら、俺は怒られてたほうが特別って思えるから怒っていいよ!」
「はっ?」
なにそれ、どういう理屈?
「ただし、みんなには怒るなよ!」
「怒んねぇよ!」
というか、三石にだってそんな怒ってるつもりなかったんだけど……。ちょっと反省しながら、三石を見る。するとやっぱり三石は不安げな眼差しで、こちらを見ていた。
「……どうした?」
「……や、その……」
三石の目が泳ぐ。
「クッキー、ぜんぶ食べてごめん」
「……ん。もういいよ」
そう言って笑みを浮かべると、途端に三石はホッとした顔をする。
まったく、拗ねたりビビったりほっとしたり。こいつは今日も忙しい。というか、ひとの表情ってこんなにころころと変わるものなのか。
三石と出会うまで、知らなかった。
「ただし、お前からも丸木さんにちゃんと礼言えよ」
「うん! 分かった!」
三石が素直に頷く。本当に、人懐こい犬みたいだ。
でも……だれにもかれにも懐く犬だと考えると、ちょっと気に入らない。どうせなら、僕だけに懐けばいい。……なんて、ばかみたいなことが脳裏に浮かんで、慌てて首を振る。
「ほら、早く行くよ」
「ん」