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第13話

 その日の放課後から、それぞれ種目別の練習が始まった。

 僕は野球なので、校庭集合だ。真夏の陽射しはインドア派の僕にはなかなかこたえるが、バリバリ運動部のメンバーたちは、教室にいるときよりずっと楽しそうだ。水を得た魚とは、まさに彼らのことを言うのだろう。

 僕は、同じ野球部メンバーである石田とともに、キャッチボールの練習から始める。

 一年に割り振られた場所は体育館のすぐ近く。そのせいか、取りこぼしたボールを取りに行くと、開け放たれた窓から体育館の練習風景がわずかに見えた。

「おい三石! 今のお前だろ! 取れよ!」

「わっ……わりい!」

「どんまーい!」

「おーい三石、いったぞー!」

「あー……どんまい!」

 ボールを拾いながら、ちらりと体育館のほうをちらりと見る。

 なんだろう。やけに三石の名前が聞こえてくるような気がする。

 気になって覗いてみるが、日差しが眩しいせいで体育館のなかはよく見えない。

「おーい、藤峰! 早くー!」

「あ、はーい!」

 まぁ、たまたまだろう。違和感を聞き流し、僕はじぶんの持ち場へ戻った。

 それからしばらく、僕と三石は放課後別行動をすることが多くなった。

 それぞれ球技大会の練習があるからだ。種目によって練習時間はまちまちで、熱心なグループは下校時刻ギリギリまでやっていることも多い。特に三石たちバレーグループは、かなり本気で練習に打ち込んでいるようだった。

 うちの高校は進学校ということもあり、全体的に努力家で真面目な生徒が多いのだ。

 とはいえ、あまり練習に熱を出し過ぎてもいけない。練習後が自由というわけではないからだ。寮に帰ったら、勉強しなければならない。

 期末考査のあと、両親から成績が下がったことを追求する連絡はなかった。

 学校からのメールを見ていない、ということはないだろうから、単に忙しくて連絡できなかったのだろう。

 僕の成績が下がったことを言及されなくてよかったと思いつつ、でも、だからといって安心もできない。

 これ以上成績が下がることは許されない。

 最近は特に、球技大会の練習やら三石の世話やらで勉強時間が減っている自覚がある。

 練習が早く終わったときくらい、みっちりやらなければ。

 それに今日はまだ、三石が帰ってきていない。集中できそうだ。

 しかし、部屋着に着替えて顔を洗うと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 長いあいだ陽射しに当たっていたせいか、身体がかなりだるいし、目眩もひどい。

 ……少し休みたい。

 本音がちらりと胸をよぎり、慌てて追い出す。

 僕は特待生だ。みんなの見本になるべき生徒であるべきなのだ。

 心のなかでじぶんに言い聞かせて、机に向き合った。


 しばらく勉強していると、がちゃ、と扉が開く音がした。振り向くと、三石がいた。

 その表情はげっそりしていて、どこか元気がないように感じる。

「あぁ、三石。おかえり」

「あぁ……うん」

 三石は言葉少なに返事をすると、ベッドにダイブした。ばふっと埃が立つ音がする。

「おい、あんまり埃立てるなよ」

「おー……すまん」

「練習、お疲れ。バレーは結構本気度高めだな」

「んー……」

 いつもうるさくて仕方ない三石が、枕に伏せたまま動かない。本当に疲れているようだ。口数が少なくて、大変助かる。僕はこれ幸いと勉強に戻った。

 しばらくして、ぽつりと三石が言った。

「なぁ……そっちは楽しい?」

「……え?」

 わずかに反応が遅れる。顔を上げて振り返ると、三石はうつ伏せのまま、顔だけを僕のほうへ向けている。

「野球。楽しい?」

「え……うん」

 いきなりなんだ、と思いつつも頷くと、さらに質問が飛んできた。

「石田といっしょだっけ?」

「……まぁ、そうだな」

 三石のいうとおり、石田とは同じチームだ。べつに示し合わせたわけではなく、たまたまだが。

「……柚月ってさ、石田と仲良いよな」

「え」

 そうだろうか?

 自覚がなく首を傾げていると、三石がひとりごとのように呟く。

「……そっかぁ。楽しーんだ。……いいなぁ」

「……なんだよ、三石はバレー楽しくないの?」

 聞き返すと、三石はわずかに口を尖らせて言葉を濁す。

「べつにそういうわけじゃないけど……俺も野球がよかったなって」

「はぁ? お前がじぶんでバレーがいいって言ったんじゃん」

 選ばせてやったのに、その文句はあんまりじゃないか。思わずムッとして、口調が若干強くなる。

「それはそうだけど……」

 しかし、三石はまだなにか言いたそうに口を尖らせている。

「だけど、なんだよ」

 無理に胸のなかに留めていた黒いなにかが、ぶくぶくと沸騰するように、喉元にせり上がってくるのを感じた。すると三石も、苛立ったように言い返してくる。

「だから俺はバレーがやりたかったんじゃなくて、柚月といっしょがよかったの!」

「はぁ?」

 三石のそれは、まるで駄々をこねる子どものようだった。

「そんなの、先に言ってくれなきゃ分かんないだろ」

「言ったじゃん! 俺は柚月といっしょがいいって言ったよ!」

 たしかに種目決めのとき、三石はそう言っていた。でも、

「ほかのメンバーが決まってから言われたって困るよ!」

 言い返すと、三石は項垂れるように俯く。

「それはそうだけど……」

「言うならもっと早くに言えよ。球技大会がこの時期だってことくらい、ふつう考えたら分かるだろ」

「それは…………つか、なんだよふつーって」

「ふつうはふつうだろ!」

 言葉に詰まる三石に、僕は畳み掛けるように続ける。

「とにかく、バレーはじぶんで選んだんだから、ちゃんと文句言わずにやれよ」

 その直後だった。三石が僕を睨んだ。

「……んだよ、文句って。文句ばっかなのは、そっちじゃん」

「はぁ?」

 今のは聞き捨てならない。不機嫌をあらわに三石を睨む。すると、

「……もういい」

 三石は不貞腐れたように呟き、僕に背を向けた。

「おい、課題は……」

「あとでやるってば! 話しかけんな」

 珍しく、三石が声を荒らげる。いつもと違う様子に、僕は思わず口を結んだ。

 ……なんだよ。

 三石はいらいらしているのか、あからさまに僕を無視する。

 不機嫌な態度をとられて、次第に僕も苛立ってきた。

 そもそも、なんで僕が三石にキレられなきゃならない?

 こんなに面倒見て、気だって遣ってやって、おまけに球技大会の種目だって、よかれと思って選ばせたのに。

 いろんな感情が綯い交ぜになって、僕は手のひらを強く握り込んだ。

 もういい。知らない。

「勝手にしろよ」

 鼻息荒く言い捨てて、僕は勉強に戻った。

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