目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第7話


 六月、僕たちの街は梅雨に入った。

 三石と同部屋になってから、あっという間に一ヶ月。けれど、それだけ一緒に過ごせば、いやでも生活リズムができてくる。

 一緒に暮らして、つくづく思った。

 僕は、三石がきらいだ。

 マイペースという性格に、こんな弊害があるとは思わなかった。

 朝は今までより少し遅く出るようになった。

 僕がいつも学校に行く時間に合わせて三石を起こしたら、文句を言われたからだ。だから譲歩して、二十分だけ遅くしてやった。もちろん、遅くしたからといって、三石は起こさないと起きやしないが。

 放課後は、教室に三石がいるときは一緒に連れ帰って課題をさせる。うっかりして逃げられたときは、追いかけるほどでもないので放ったらかしておく。

 帰ってきたら机に縛り付けて、予習復習とまでは言わないまでも翌日提出する課題だけはやってもらう。

 しかし、それがまたひと仕事だった。

 ただ課題をさせるだけのことでも、三石が相手だと骨が折れるのだ。

 三石はとにかく集中力がない。

 帰ってきてしばらく駄々をこねて、ようやく机に向かったと思ったら三分と持たずに話しかけてくる。

 なだめてまた机に向かわせても、今度は一問解いたらお菓子を食べ始める。

 しまいには消しカスを手で払うつもりで、僕の机に消しゴムを投げてくる。「あっ! わりぃ!」とかなんとか笑って。

 それが、毎日。

 ポテチ事件のあと、僕たちの部屋では、梅干し事件とスマホ紛失事件が発生した。

 梅干し事件は、ポテチ事件の三日後に起きた事件だった。

 放課後、冷蔵庫を開けた三石が断末魔の悲鳴を上げたのがことの発端だ。

 冷蔵庫に入れていた三石の梅干しが、忽然となくなっているというのだ。この部屋には僕と三石しかいないのだから、そんなわけないのに。

「柚月、俺の梅干し食べただろ!!」

「……はぁ?」

 三石はあろうことか、梅干しを食べたのが僕だと疑っていた。僕を責めたてるその形相はまるで、大好きなおもちゃを捨てられた仔犬のそれだった。

 きゃんきゃんとうるさいのなんのって。

 話を戻すが、僕にはもちろん身に覚えがない。とんだ冤罪である。

「……食べてないよ」

 否定するけれど、三石はそれでも信用せず、不貞腐れている。

「うそだ! だってめっちゃなくなってるもん!」

「だから知らないって……」

 勘弁してほしい。子どもか。いや、犬か。

「なくなってるなら、お前が食べたんだろ」

 僕は部屋着に着替えながら、三石を宥める。

「食べてないよ!」

「昨日、食べたんじゃないの?」

「だから食べてないって! 俺が食べてないんだから、犯人はお前しかいないじゃん!」

 三石の言うとおり、この部屋には僕と三石しかいない。この数日のうちに、だれかをこの部屋へ呼んだということもない。

 つまり、犯人は僕か三石かということになるのだが、僕はひとのものを勝手に食べたりしない。ということは、三石が食べたということになる。というか、こんなことをいちいち考えなくてもぜったい犯人は三石だろ。

 僕はクローゼットの扉を勢いよく閉めた。

「だから僕は食べてません! よく思い出してみなよ。昨日じゃないなら、一昨日食べたんじゃないの」

「一昨日? そんな昔のこと覚えてねーよ!」

「たった四十八時間前のことですが!?」

 思わずツッコんでいたとき、脳裏に一昨日の映像が過ぎった。

「待って、あのさ……一昨日お前、夕飯のあと課題させてたら一回居眠りしたよな?」

「え? あー……そうだったっけ?」

 三石は記憶を辿るように、宙へぼんやりと目を向ける。

「そのあと、目を覚まして、それで腹減ったとか言い出して。冷蔵庫、漁ってたよな? あのときお前、なに食べてたんだ?」

 わざと〝冷蔵庫〟を強調する。

「えー?」

 三石は少しの間考え込むと、

「はっ……」

 一瞬、なにかを思い出したように僕を見た。

「…………」

「…………」

「…………さあて、課題でもしようかな」

 なにを思ったか、三石はしれっと僕に背を向ける。

「おい」

 三石の肩を掴む。逃がす気はない。こいつ今、確実になにかを思い出した。

「おーい、三石くん? ひとを疑っておいてそれはないんじゃないかな?」

 笑顔で三石をこちらへ向かせる。さすがの三石も、冷や汗を垂らしていた。笑顔をしまい、もう一度訊く。

「……なにか言うことは?」

「びゃっ!! ごっ、ごめんなさいぃ!!」

 ――はい、これが梅干し事件。驚くほどにくだらない。

 そしてそのあと起こったのが、スマホ紛失事件である。

 スマホ紛失事件が起こったのは、梅干し事件のさらに一週間後のことだ。

 学校から帰ってきた直後、部屋着に着替えた三石が叫んだ。

「――俺のスマホがない!!」

 また出たよ。

「……バッグにあるんじゃないの? もう一回探してみなよ」

 もはや驚きもしない。呆れ気味に返すが、

「見たもん! でもなかったの!」

 と、三石は子どものように、否、仔犬のように騒ぐ。

 どうせそこらへんにあるんだろうが、三石はぷんすか怒っている。これもまた僕のせいだと思っているらしい。

「分かったよ」

 仕方なく、カバンを見る。

「僕も見てみるけど、きっとないからもう一回お前もじぶんのカバン見てみろって…………あ」

 僕の所持品のなかになければ納得するだろう。そう思ったのだが。

 カバンのなかに、見覚えのあるスマホケースを見つける。

 なんと、信じられないことに僕のカバンのなかから、僕のものじゃないスマホが出てきたのだ。三石のものだった。

「……も、もしかして、これ?」

「あーっ!! 俺のスマホ! ほらぁ、やっぱり柚月が犯人だったじゃん!!」

 三石が僕の手元のスマホを指さしながら、得意げに言う。いや、濡れ衣もいいところだ。

「僕はこんなの知らない!」

 横暴だ、と抗議すると、三石は余裕のある顔をして僕を見返した。

「おやおや。犯人っていうのはね、必ずそう言うんですよ」

「…………」

 くっそムカつくこの顔。

「いやいやいや、そもそもなんで僕のカバンに三石のスマホがあるんだよ!? 怖いわ!!」

 僕は盗んでなんかいない! と、強く訴えるが、三石は尚も疑いの眼差しを向けてくる。

「そーれはお前が取ったから……」

 途中、不自然に三石の声が途切れた。

「……では、ないかもしれ……ない……?」

 怪訝に思って顔を上げると、三石が気まずそうに僕から目を逸らす。

「……三石?」

 名前を呼ぶと、三石が今度は野良猫のように肩をびくつかせる。

「ひゃいっ……?」

 さてはこいつ。なにかを思い出したな。

「怒らないから正直に言ってごらん」

 満面の笑みを浮かべて促すと、三石は記憶を辿るようにしながら呟く。

「……や、えっと……今日、帰り道……途中で靴紐が解けて……手にスマホ持ってたから、それで……目の前にあった柚月のカバンに、そっと」

 入れた、と言うかどうかくらいで、僕の血管がプチンと切れた。

「三石ィー!!」

「ぎゃあーっ!! ごめんなさーい!!」

 ――はい、これが、スマホ紛失事件。否、スマホ紛失濡れ衣事件。

 ポテチ事件同様、騒ぎ過ぎにより、寮監よりくどくどとした説教プラス食堂の掃除を与えられた。なぜか僕まで。

 三石は小学生だ。いや、小学生以下の犬だ。

 こいつといっしょになってから、いろんな事件が毎日起こる。しかしそれは、どれも原因はすべて三石。僕は理不尽に巻き込まれるだけ。

 おかげで息を吐く時間がなくなった。

 くだらないことで時間を潰すことが非常に多くなった。生産性のない会話とか、愚痴とか。

 でも、仕方ない。だって、僕がやらなければ、三石の世話はだれもやらないのだから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?