翌週から、早速三石との相部屋生活が始まった。
もともと僕がひとりで使っていた部屋はふたり用だったため、僕の部屋に三石が引っ越してくるかたちになった。
部屋は十畳ほどで南側に大きめの窓がひとつあり、窓に向かって机がふたつ並べられている。さらにそれぞれの机の両サイドにベッドがある。
「おっじゃまっしまーっす!」
三石は部屋に入ってくるなり、元気よくベッドにダイブしようとした。
「待て待て待て待て!」
三石の腕を掴み、慌てて止める。三石は半分ベッドに倒れ込みそうになりながら、片足立ちで静止した。
「おわっ、なんだよ!?」
三石が振り向く。
「なんだよじゃないよ。暴れんなってば。埃っぽくなるから」
「えぇ〜? 少しくらいはしゃいだっていいじゃん!」
三石は不満げに口を尖らせると、ベッドにぼふっと腰を下ろした。結局埃が立つ。
僕は顔の前に飛んできた埃を手で振り払いながら、ため息をつく。三石の奔放さには、もはや呆れを通り越して感心してしまう。
「なんでそんなに楽しそうなんだよ……」
「なんでって、そんなの決まってんじゃん! 今日が俺と柚月の記念日だからだよ!!」
「勝手に記念日にすんな」
「いいじゃん! とにかく俺は今、めっちゃ嬉しいのです」
意味が分からない。
「……なんで僕なんかと同じ部屋になって嬉しいんだよ」
べつに特別仲がいいわけでもない僕なんかと。
「え、だってさ、これからはずっと柚月といられるってことじゃん? 嬉しいだろ、そりゃ?」
「…………」
こんなこと言っていたってどうせ、いちばん仲のいい圭司と同部屋になったほうが三石は喜んだだろうに。
「……調子のいいやつ」
三石は呆れる僕を気にもせず、落ち着きなく部屋のなかを見回している。
「にしても柚月って几帳面なんだな〜。部屋んなか、めっちゃ片付いてんじゃん! すげえな!」
三石がくったくなく笑う。まっすぐに好意を向けられた直後だったせいか、どきっとした。
「……べつに、このくらいふつうだろ」
「ふつう!? これが!? いやいやいや!」
三石は信じられないものでも見るかのような眼差しで僕を見た。
「ふつうじゃねーだろ!?」
「……大丈夫だよ、これからはこれがお前にもふつうになるから」
「は? どゆこと?」
きょとんとする三石の前に、僕は仁王立ちする。
「それじゃさっそくだけど、三石。話がある」
「んー?」
三石は僕の横をすり抜け、僕のベッドからクッションをひったくると、抱えるようにしてまたじぶんのベッドに座った。
「なになに?」
本当に落ち着きがない。僕はため息を漏らしつつ、話を始める。
「今日から共同生活を送るに当たって、ルールを決めようと思う」
僕が言うと、三石が怪訝そうな顔をした。
「ルールって、なんの?」
「同じ部屋でお互い気持ち良く過ごすためのルールだよ」
ほかになにがある。
「えーなにそれ。べつにお互い楽しく過ごせればよくない?」
「よくない。ぜったいよくないよ」
各々自由に、なんてなあなあにしたら、十割僕が我慢を強いられる未来がはっきり見える。
ここはぜったいに引いてはいけない、と僕の全身が叫んでいる。
「はい、まずここ見て」
僕は部屋のちょうど真んなかに貼られたテープの上に仁王立ちをして、ベッドに腰掛けている三石を見下ろした。すると、三石が僕の足元を見る。
「ん? なにそのテープ」
「仕切り。ここからそっちがお前の部屋で、ここからこっちは僕の部屋。お互い、この線より先には干渉しないこと」
本当はカーテンかパーテーションで明確に区切りたかったが、時間とお金がなく断念した。
「えぇ!? それじゃ俺、柚月のほうに行けないってこと!?」
「うん。そのための線だから」
「なんでよ!? やだ!」
「やだって……」
さっそく、三石が駄々を捏ねる。始まった。
「それこそ、なんでいやなんだよ。お互いプライベートはちゃんとしてたほうがいいだろ?」
「やだやだ! だって俺、柚月と同じになりたくていろいろ頑張ってたんだもん!」
「は?」
「これじゃ、同じ部屋になった意味ないじゃん!」
「いや、じゅうぶんあるよ……」
少なくとも、僕にはある。これから三石が、朝、僕と同じ時間に起きて準備をしてくれれば、僕がもう一度学校から部屋まで起こしに戻る手間がなくなる。
「やだぁ!」
三石がベッドに座ったまま、足をバタバタさせる。あぁ、埃が……。
「と、とりあえず落ち着け、三石。べつに難しいことは言ってないだろ? 要はここを越えなきゃいいだけ」
「……なんのために?」
バタ足をやめ、三石が訊く。
「プライベートを大切にしたいからだよ」
「……柚月は俺をきらいってこと?」
「いや……」
「そうなんだろ?」
「……違うよ」
「きらいじゃないならこんな線いらないじゃん」
「…………それは」
こうもまっすぐ不貞腐れられると、答えに困る。
「……たとえ同室でも、僕の生活の邪魔をされたくないの」
「えぇーなにそれ。そんな理由? もしかして柚月、意識高い系目指してる?」
三石がぷっと笑う。こいつ、いちいちムカつく。
「うるさいな……」
こっちはこれでも気を遣ってやってんのに。
僕は三石をきっと睨んだ。
「それなら聞くけど。そもそもお前、僕と同部屋になった理由は分かってるよな?」
「もちろん!」
三石がはっきりと頷く。
「まぁそうだよな」
さすがに先生から聞いているのだろう。寮に入って二ヶ月足らずで部屋替えなんて、余程の理由がなければ有り得ないことだ。
「言ってみろ」
「ぼっちで可哀想なお前を、クラスに馴染ませるためだろ?」
「違う!!」
あやうく三石をぶん殴りそうになった。
「特待生のくせにお前の生活態度が悪いから、僕が面倒を見るようにって言われたの!」
あと、僕はぜんぜん可哀想じゃない。
「えぇ、なにそれ」
三石は本気で意味が分からないといった神妙な顔をしている。僕のほうがその顔をしたいよ。
「俺、めちゃくちゃ優等生のつもりだったんだけど」
「おっとマジか」
耳を疑う。
優等生? え、三石のどのへんが?
「なにもおかしくないし、お前はだれがどう見ても劣等生だからね? 自覚してね」
「ひどっ!」
「まぁそういうことだから、三石は基本僕の言うことを聞くこと。分かった?」
「わん」
急に犬になった。まぁ素直に言うことを聞いてくれるのならなんでもいい。
「よろしい。じゃあまず明日の課題やるよ。僕もやるから準備してください」
さすがに部屋替えまでさせられれば彼のなかで危機感も生まれるだろう、と思った僕が甘かった。
三石は元気よく、
「あ、課題はパス!」と言った。
……聞き間違い?
「今はおやつ食べたい気分だからムリ。それに俺、課題とかやんなくても勉強できちゃうし」
三石は、カバンをぽいっとフローリングに放り出すと、ベッドに寝っ転がってポテチを豪快に食べ始めた。
それを見て、僕は気を失いそうになりながら、声にならない悲鳴を上げた。
「待て待て! ベッドの上で食べ物は食べたらダメだろ!?」
「へ? なんで?」
三石は口の周りに食べかすをつけたまま、怪訝な顔をして僕を見る。
「そこは寝るところでしょ!? 食べかす落ちたら掃除大変じゃん!!」
「べつによくね?」
「よくねぇよ!!」
なにがいいんだよ!
青筋が立つとはまさにこのことだ。
「つか俺、生まれてからずっとベッドの上で飯食ってきたんだけど」
目が点になる、というのもこのことだ。マジで。
「いったいどんな家で育ってきたんだよ!!」
「おっ! もしかして柚月くん。俺ん家に興味あるの? 今度来る? いつでもいいよ!!」
「うるさい。黙れ。話を逸らすな。というかまずポテチを食べるな!!」
三石が部屋に来てほんの数分。僕は既に何回大きな声を上げたか分からない。