結果、僕が連れて来られたのは、進路相談室だった。部屋の扉を開けた途端、埃っぽい匂いとじっとりとした空気に思わず
「いやぁ、まだ五月に入ったばかりだっていうのに暑いね。さ、藤峰くんそこ座って」
青柳先生は僕にそう言いながら、窓を全開にした。窓からは、なかの空気とさほど変わらない湿度の高い風がどろりと入ってくる。昼前まで降っていたはずの雨はいつの間にか止んでいたが、灰色の重い雲は以前、青空を完全に覆い隠していた。
「いやぁ、いきなり呼び出して悪いね」
「いえ……」
僕は言われたとおり、先生たちを正面に椅子に座る。教師ふたりと向かい合う構図が完成した。
なんだか、これから面談でも始まりそうな気配がして落ち着かない。
「さてさて藤峰。高校生になって一ヶ月が経つが、調子はどうだ? 慣れてきたか?」
「え、あぁ、まぁ……はい」
雨谷先生から本当に面談のような問いかけをされて、背筋が伸びる。
「藤峰は特待生だからな。そうそう。このあいだの中間考査、学年トップおめでとう。さすがだよ」
「あ、ありがとうございます」
不意に褒められて、頬が緩む。
「だけど、トップというのはなにかとプレッシャーだろう? 夏休み前には期末考査もあるし、特待生にとって成績はとても重要になるからな。それに君は親元を離れて寮でもひとりだし……なにか悩みはないか?」
雨谷先生に続いて、青柳先生が僕に言う。
ふたり同時に話しかけられてもな、と思いながら、
「……いえ、大丈夫です。勉強は楽しいですし、寮の生活にも慣れてきましたし」
と、返す。
「そうか。さすがだな」
「君は優秀で、生徒の鏡のような子だ」
「そんなことは……」
返す言葉に困って曖昧に笑っていると、それまで笑顔で頷いていた雨谷先生が突然神妙な顔をした。
「そこでなんだが、今日は藤峰にちょっと頼みがあってな」
「……頼み、ですか?」
先生たちは顔を見合わせて頷き合う。
なんだ、その意味深なアイコンタクトは。
「実はな、藤峰には三石と相部屋になってもらえないかと思って呼んだんだよ」
――相部屋?
「え……三石と、ですか?」
「あぁ、そうなんだよ。ちょっと三石には先生たち、頭を抱えていてな」
なんだそれ。なんでそんな話になっているんだ。三石と相部屋なんて、ぜったいにいやだ。
心のなかで叫ぶけれど、僕の顔は冷静にいつもどおりの笑みを作っている。優等生は、こんなことで動揺したりしない。
「遅刻癖のことですか?」
戸惑いがちに雨谷先生と青柳先生を交互に見つめる。すると、青柳先生が困ったような顔を僕に向けた。
「そうなんだ。ちょっと三石くんの素行には手を焼いていてね。このままひとりで生活させるのはちょっと不安があるんだよ。それにね、君たちは特待生同士だし、同じ境遇だろ? 同志として、相部屋でも仲良くできるんじゃないかと思って」
青柳先生が言い、すかさず雨谷先生が大きく頷く。まったくそのとおりだ、というように。
「三石はちょっと自由が過ぎるだけで悪い奴ではないからさ、それに、藤峰に特に懐いてるみたいだし。藤峰と同部屋になれば、多少は生活態度も改善されるだろうということで、職員同士で話し合ってたんだよ」
「はぁ……」
当事者の僕抜きでか。
というか、だれが僕に懐いてるって? そんなことない。ぜんぜんない。三石は僕を目覚まし代わりくらいにしか思っていない。ぜったい。
「で、どうかな。藤峰。藤峰がいやだって言うなら考え直すんだけど……」
そんなの、いやに決まっている。
だって、だれかと相部屋になってしまったら、僕の息抜きの時間がゼロになってしまう。
僕はひとりでいい。ひとりがいい。
それになにより、相手がいやだ。三石のことは、正直好きじゃない。
そもそも、なんで僕が成績に関係のないクラスメイトのことまで請け負わなくちゃならないんだ?
まるでみんな、僕を便利な道具みたいに扱って……。
悔しくて、腹が立つ。先生たちにも、三石にも。
……でも。
僕は、目の前の視界を潰すように目を伏せる。
いやとは言えない。だってそれが、僕の価値。
僕は委員長で、クラスメイトの面倒を見るのは僕の役目だから。
先生たちにもこうして期待されてるのだから、ちゃんとその期待に応えないといけない。
たとえ、どれだけ息が苦しくても。
顔を上げる。顔には、いつもどおり優等生の仮面。
「……いいですよ。毎朝寮に戻って三石起こしに行くよりは効率的ですし」
そう、僕は笑顔で了承した。