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第3話

 三石の首根っこを引っ掴んで、なんとか教室に連れていくと、ホームルームは既に終わっていた。

 教室に雨谷先生の姿はなくて、それを確認した三石はセーフ! と無邪気に笑っている。

 なにがセーフだ。完全にアウトだ。

 笑いかけられた僕は、苛立ちのあまり三石を無視して自席についた。

「みんなおはよー」

 三石は僕を気にする素振りもなく、さっきまでの気だるそうな態度から軽やかな足取りで自席へつく。

「三石ー! お前おせぇよ」

「わりー。だって眠くて」

「ったく、そろそろ真面目に来ないと単位落とすぞ〜」

「マジかぁ。それは親に怒られそうだからダルいなぁ」

 クラスメイトたちと何食わぬ顔で談笑する三石に、いらっとする。

 本来ならば、とうの昔に三石は単位を落としているはずだ。今無事にここにいるのは、僕が叩き起して学校に連れてきているからなのに。

 それなのに、三石の寝坊ぐせはまるで治らない。たぶん、本人は治す気がない。

「三石〜。今日放課後カラオケ行かねぇ?」

「カラオケ!? 行く!!」

 三石は、クラスメイトたちの誘いに目を輝かせて飛びつく。三石はいつも、こういう話にはすぐに飛びつく。僕の説教には、ちっとも耳を傾けないくせに。

「三石くん行くなら私も行く〜」

「じゃあみんなで行こーぜ!」

 三石は、当たり前のようにクラスの中心にいる。

 理由は分かっている。

 三石はじぶんの気持ちに正直で、裏表がない。

 だからみんな三石が好きだし、僕と違って、遊びにも誘われる。

 三石がちらりと僕を見た。

 ヤバい、こっそり見ていたことがバレた。慌てて逸らそうとしたとき、三石が僕に笑いかけた。

「柚月も行かない? カラオケ!」

「え……」

 その瞬間、どくんと心臓が大袈裟に反応する。

「今日の放課後、みんなでカラオケ行くの。お前っていつも勉強ばっかじゃん? たまには羽伸ばそーぜ!」

 まっすぐ僕に向けられた笑顔にどうしようもない安心感を覚えながらも、同時に、胸の奥が軋んだ音を立てる。

「……僕はいいよ。誘われてないし」

「俺が誘ってんじゃん! なぁ、行こうよ! 柚月がいないとつまんないよ!」

 ……よく言う。誘うだけ誘って、どうせ輪に入ったら僕の相手なんかしてくれないくせに。

 華やかに盛り上がるカラオケの隅で、小さくなってぬるいジンジャーエールを啜るじぶんが容易に想像つく。

 だから、思わず言ってしまった。

「……お前だけだろ」

「ん?」

「あいつらが誘ってるのは、お前だけだろって」

 苛立ちを含んだ声で言い捨てる。

 気まずい沈黙が落ちた。三石はじっと僕を見つめたあと、不貞腐れたように小さく「あっそ」と言って、それ以上誘ってはこなかった。

 罪悪感と寂寥感で心臓が絞られるような悲鳴を上げたが、僕はそれに気付かないふりをした。

 これでいい。僕は間違っていない。だって僕には、遊んでる暇なんてないのだから。



 ***



 一日の授業が終わり、放課後になると、僕は職員室へ向かっていた。雨谷先生に呼び出されたのだ。

 もちろん僕には、呼び出される心当たりなどない。

 渡り廊下を歩いていると、校門のところに三石たちの姿が見えた。男女数人で、楽しげに話しながら学校を出ていく。

 ――マックからのカラオケかな。

 足を止めて、みんなの後ろ姿をじっと見つめる。

 べつに、羨ましくなんかない。

 だって、僕にはやるべきことがある。

 特待生として入った僕は、みんなの見本としてしっかり勉強しないといけない。

 芸能人である兄のためにも、真面目な弟でいないといけない。

 親にはできた息子だと、先生にはものわかりのいい生徒だと、クラスメイトたちには頼れる委員長だと思われないといけない。

「……僕は特待生だから」

 だから僕には、遊んでいる暇なんてないのだ。

 今日だって、雨谷先生の用事が済んだら、早く寮に帰って勉強しなくちゃいけない。

「……僕は……」

 喉がつかえ、苦しくてたまらない気持ちになった。きゅっと唇を引き結ぶ。

 僕は、ではない。

 ……僕だけじゃない。特待生なのは、三石もだった。


 職員室に入ると、僕は雨谷先生の姿を探した。

 僕たちがふだん生活拠点としている教室三つ分くらいの広さはある職員室。たくさん並んだデスクのひとつに雨谷先生の姿を見つけて、「失礼します」と挨拶をしてからそこへ向かう。

 パソコンをいじっていた雨谷先生は、僕に気が付くと「あぁ」と軽く手を挙げてパソコンを閉じた。

「藤峰。わざわざ放課後に悪いな」

「いえ」

「実は、三石のことで頼みがあってな。青柳あおやぎ先生、ちょっとよろしいですか」

 雨谷先生が学年主任の青柳先生を呼ぶ。

 青柳先生は雨谷先生と僕を一瞥すると、あぁ、となにやらひとりで納得したような顔をして、僕たちのそばまで歩み寄ってくる。

「こんにちは、藤峰くん」

「こんにちは……」

 青柳先生は、柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてくる。僕は戸惑いつつもぺこりと頭を下げた。

 青柳先生はそんな僕に柔らかく微笑むと、

「じゃあ、ちょっと場所を移動しようか」

「え?」

 ――わざわざ話す場所を移動?

 なんだろう。

 これからどんな話をされるというのだろう。職員室でできない話なんてあるのか。

 ものすごくいやな予感がしながらも、僕はふたりについて行くしかなかった。


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