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第6話

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 『逢魔おうま寺町じちょう』――。

 ネット上では存在自体が都市伝説とまで言われているらしいが、普通に存在する街だ。

 東京都と埼玉県の県境に位置し、都心に比べると寺院や石碑が多い。駅は一つだけであり、街の中を巡回しているバスの利用者の方が多い。

良く言えばレトロで閑静、悪く言えば過疎化した田舎町。しかし学校もあれば病院もあり、夜になると高校生が戦闘を繰り広げたり、街そのものに結界が張られていて出入りが出来ないわけでもない。

 それなのに『逢魔おうま寺町じちょう』は街そのものが都市伝説と言われている。その理由は――

「都市伝説、妖怪、幽霊……あらゆるオカルトの類の目撃情報が絶えない。まるで住民の中にそういった存在が紛れている、或いはナニカに導かれて、そういう奴らが集まってきているみたいにね」

 場所は黄國おうこく高校の近隣にある自然公園。

 放課後になった途端、僕は半ば強制的に菊知君に連れられて、公園のベンチに腰かけている。

 男子高校生同士が公園のベンチに腰かける事自体は珍しくはないかも知れないが、僕と菊知君では持っている物が違いすぎるせいで無駄に目立ってしまう。先程から通りがかりの女子高生や女子児童、散歩中のお婆ちゃんや飼い犬までもが菊知君に目を奪われる。

 ――お婆ちゃんや犬も攻略可能なのか。

 しかし運命の出会いのように菊知君を見て目を輝かせる彼女達だが、その後、必ず僕を見て真顔になるのは何なんだ。

 ――物凄く居心地が悪いな。

 そんな事を僕が考えていると、菊知君が少しだけムスッとした顔で言った。

「……って、レイちゃん。ちゃんと聞いてる?」

「あ、ごめん。聞いてるよ」

「ならいいけど」

 その時、菊知君の目が少しだけ妖しく光った。

「俺の事、無視するなら……殺しちゃ……」

「一言一句、逃さず聞かせて頂いているであります!」

 今のは危なかった。

 菊知君の機嫌を損ねたら、首が飛ぶ気がする。

「ははっ、やっぱりレイちゃんは面白いな」

 それは玩具としてという意味だろうか。

「き、菊知君こそ、何者なの?」

「あー、やっぱそれ聞いちゃう?」

 分かっていたが、軽いな。

「んーレイちゃんでも分かる言葉でいうと、陰陽師? かな」

「え!? 陰陽師って安倍晴明みたいな、あの陰陽師!?」

「レイちゃん、詳しいね」

「じゃあ、昨日、トンカラトンを倒したのも……」

「親父狩りと妖怪狩りって、似てない?」

「……あ、うん」

 やっぱり陰陽術関係なかったか。

「実家は陰陽師の家系なんだけど、俺の爺ちゃんが元軍人で、戦い方とか仕込まれていてさ。だから、昨日のは純粋に暴力かな」

 何そのサラブレッド。

 菊知君曰く、祖父が元軍人で、陰陽師の家系である祖母に婿養子に入ったらしく、物心ついた頃にはトンカラトンのような怪異を相手に物理攻撃をしたり、陰陽術で調伏したりして遊んでいたらしい。

「じゃあ、菊知君がこの街に来たのは、陰陽師として怪異を祓うために……」

 暴力的な言動が目立つせいで忘れがちだが、菊知君がした事はトンカラトンの討伐だ。

 陰陽師の家系と言っていたから、きっと修行の一環として――

「は? 違うよ。何で俺がそんな面倒な事しなきゃいけないわけ」

 菊知君はさも当然のように言った。

「……え? で、でも、この街はたくさんの怪異が集まる街なんでしょ? だから陰陽師として派遣されたとか、そういう修行とか……」

「レイちゃん。それは流石に漫画の見過ぎだよ。陰陽師の修行なんてほぼ座学だし。そもそも今、令和だよ? 化け物退治で食っていけるわけないじゃん」

「じ、じゃあ、何で……」

 僕がそう問うと、菊知君は静かに微笑んだ。

 そして「よっと」という掛け声と共に両足で大地を蹴ってベンチから跳び上がり、少し離れた位置で着地した。

 その時、タイミングを見計らったように、どこからかお寺の鐘の音が聞こえた。夕刻を知らせる鐘の音だ。

 そして、それが合図だったように薄い桃色だった空から光が消え始めた。

 ――何で急に……さっきまで明るかったのに。

 夏にしては早い。いや、そもそも何でこんな正確なんだ。

 まるで朝と夜を区別しているみたいで――

「……っ」

 僕は息を呑んで、立ち上がった。

 ――何だ、この感じ……

 風の音に紛れる笑い声、夕闇に混じる視線。それも一つや二つではない。気配を認知した途端、徐々に増え始めている。

「さて、ようやく黄昏時になったか。怪異どもの時間だ」

 黄昏時――昼と夜の狭間の時間帯。薄暗いけど、まだ完全に暗くなる前。

 「誰そ彼」とも書き、人の顔の識別がつかない事から言われている。

 神隠し、未知との遭遇――そういったものが現れるのはいつも「黄昏時」と言われており、魔物に遭遇する、不吉な雰囲気を持つ事から「逢魔が時」とも呼ばれて――

「……逢魔が寺町って、まさか……」

 嫌な考えが頭に浮かんだ。

 ――いや流石にそれはあり得ないだろ。菊知君だって言っていたじゃないか。漫画じゃあるまいし……

「なあ、レイちゃん」

 菊知君に名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げると――夕闇を背負った菊知君が僕に微笑みかけていた。妖しい色気のようなものがあり、一瞬心臓を掴まれたような感覚に襲われた。

 美しいけど、怖い。

 怖いけど、知りたい。

 知りたいけど、関わりたくない。

 そんな都市伝説の魅力に似たものが、菊知君にはあった。

「まだ言ってなかったな。どうして俺がレイちゃんに話しかけたのか……俺は……」

 菊知君がそこまで言った瞬間、夕闇から人の手のようなものが伸びてきた。それも一つや二つではない。青白い手が蛇のような動きで菊知君に迫る。

「菊知君、後ろ!」

「レイちゃんに……」

 菊知君は振り返らず、僕だけを見て言う。

 そして無数の手が菊知君に触れるか触れるかの刹那――菊知君が右手を後ろへとかざした。

「出ろ」

 そう菊知君が呟くと、見覚えのある錆びた刀が現れた。

 ――トンカラトンから強奪した刀!

 あの時はとても大きく見えたが、今は菊知君の体格に合わせているように細身で、錆びも少ない。

 菊知君は刀を右手で構えると、一文字に振るった。

 菊知君の周りまで迫っていた腕は刀に触れると、ハサミで切られた紙のように形を失い、やがて消滅した。

 しかしそれで全てではない。夕闇から一斉に手が伸び、菊知君に向かう。

対する菊知君は刀を振り回しながら、自ら手の大群に向かっていった。

 正面から群れを成して向かってくる腕を斬り落とし、すれ違う様に腕を刻み落とし――踊るように処理していく。

 僕はただ見ている事だけしか出来なかった。

 こんなあり得ない光景を前にしたら誰だってそうなると思う。

 ただ一点、他の人と違う所があるとしたら――僕が笑っていた事くらいだろう。

 怖い気持ちは変わらない。それと同じくらいドキドキしてワクワクする好奇心に思考が支配され始めた。

 そして無数に見えた腕は恐怖を媒体にでもしていたのか、僕の好奇心が恐怖心を上回ると、徐々に数を減らしていった。

「さて、レイちゃん。ここからは君の出番だ」

「え!? 僕!?」

「俺は怪異は判るが識らない。だから怪異は判らないが識っているレイちゃんに、サポートして貰いたいんだよ」

「えっと……どういう意味?」

「だから……お、ちょうどお出ましのようだな」

 菊知君が加虐的な笑みを浮かべた。

 ちょうど黄昏時も終わり、夜の空気が世界を浸食し始めた。

 僅かな光源を夜闇が呑み込み、暗さを増していく。

 そして奪えない唯一の光源である月光の真下に、唐突にその気配は現れた。

 ――ナニカ、いる?

 徐々に暗闇に目が慣れてきた頃、それは僕らを見た。

「目撃情報は下校時間。標的は一人でいる子供……つまり一番可能性が高いのは、黄昏時の公園。やっと会えたな……『口裂け女』」

 特攻服に似た白いロングコートに、影と同化しそうな程に長い黒髪。

 そして顔の半分以上を覆う大きなマスクと、刀と同じくらいの大きさのハサミ。

「く、口裂け女!?」

 有名な怪異であり、知名度ならトンカラトンより上だ。

 僕達よりも古い世代では集団下校を呼びかける程に世の中を震撼させたとも言われており、オカルトブームの火付け役と言っても二言はない。時代と共に姿を消しても、その怪談は今も語り継がれている。

「怪異の強さは人間の恐怖と認知度。口裂けはその点、全てにおいてのトップ。陰陽師の間でも逃げろって言われているくらいに、その強さは計り知れない。俺達の最初の敵としては、ちょうどいいと思わない?」

「お、俺達って……」

「チャリのおっさんの事も詳しかったし、レイちゃんなら、あの姉ちゃんの事も詳しいっしょ? とりあえず、アイツの倒し方、教えてよ」

「へ!?」

「レイちゃんが知識係で、俺が狩る係。二人で、この街にいる怪異、狩り尽くそうぜ!」

「……む……無茶言うなやっ!」


 その時、僕は初めて自分の意見を言った気がした。


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