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第5話

 菊知君は顔がいい。

 彼曰くロシアとのクォーターらしく、背が高い上に足もスラリと長く、僕とは腰の位置が違う。

 男の僕から見ても近付かれると一瞬ドキッとするくらいだ。菊知君に一目惚れする女子生徒は多く、教室の半分はホームルームの挨拶でハートを狩られた。今朝転校してきたばかりなのに、その噂は全校に広がり、興味本位で彼を見に来る女子生徒で廊下は大渋滞だ。

 しかし――

「どうして腕を斬り落としたら、いけないんだろう」

「また急にどうしたの?」

 昼休み。それぞれが友達と雑談しながら食事している、安全かつ平穏な時間だった。彼が来るまでは。

 何故か菊知君は僕に付き纏い、二人で行動する――というよりも彼に付け回され、当たり前のように隣にいる。そのせいで、影が薄いモブキャラの僕はたった半日で主人公の友達ポジションに昇格し、無用な注目を集めるようになった。「あんな奴いたっけ?」という不名誉な言葉と共に。

 ――こんな事なら、影が薄いままで良かった。

 何故なら、彼が集める注目はいつも不穏だからだ。

「さっき、知らない女の子から、電車で痴漢されたって相談されてさ。一緒に帰ってほしいってお願いされたんだけど……」

「あぁ……」

 どういう意図で菊知君に相談したのか察し、僕の中で同情心が芽生える前に摘み取られた。痴漢の話は本当かも知れないが、それは人選ミスだ。

 それに、菊知君がその子の意図に気付く事はない。何故なら――

「……その場で痴漢の腕を斬り落とせば、全部丸く収まるのに、何でやらないんだろう」

 罰が重い。

 今朝の太田君とのやり取りから、菊知君の持つ危ない空気を察した一部のクラスメイトは目を合わせないように必死に俯いている。

 ――菊知君はずっとこの調子だ。

 発想がいちいち物騒であり、大半のクラスメイトの評価は「ミステリアス、或いは中二病」である。

 それでも低評価にならないのはその外見のせいか。

 結局世の中は顔なのか――くそ、羨ましい。

「だって、よく考えてみなよ。出来心でやってしまったのなら、その手が悪いのだから、その手を斬り落とせばもう二度と痴漢なんて出来ないし。抑止力にもなると思うんだけど……日本の法律は何故かそれを許してくれない。本当に不思議だな」

「菊知君は極端すぎるよ」

 そう僕が返すと、菊知君はニコニコと笑顔を向けてきた。

「ふふっ……やっぱりレイちゃんは面白いね」

「え?」

「普通だったら、みんな、笑い飛ばすのに……君は真面目に返してくれる。まるで、俺が本気でそういう事をするみたいに」

「……っ」

 僕は息を呑んだ。

 ――もしかして、これは僕を試している?

 昨夜のアレを目撃した僕が、他の人に話さないか。或いは、既に話していないか。

「えっと……それは……」

「大丈夫。俺達、友達でしょ? ちゃんと信じているよ、レイちゃんの事は」

「あ、ありがとう」

 僕には「誰かに話したら、テメエ、殺すぞ」と聞こえた。

「実はレイちゃんには色々聞きたい事があってさ」

「僕に?」

「うん、君に」

 と、彼はさり気なく僕のお弁当から玉子焼きを奪いながら言った。

 ――なんか、知らない間に、だいぶお弁当食べられているんですけど。

「でも君とはフェアでいきたいから……だって、折角出来た友達なんだし。だからさ、君が俺の疑問に答えてくれるなら、俺も君の疑問に答えてあげるよ」

「え……」

 思わずキョトンとした顔で声を漏らすと、菊知君は吹き出すように笑った。

「なに、その反応……傷つくなぁ。友達でしょ、俺達?」

「え、あ、はい……じゃなくて、その、聞きたい事って……」

「そのままの意味だよ。あるでしょ? 君も、俺に聞きたい事」

「……」

 思わず黙ってしまった。

 確かに、ある。

 昨夜の一件。あれは僕からしたら謎だらけだった。

 都市伝説のトンカラトンが存在していた事。

そして存在していた事に全く驚かず、喧嘩でもするように襲いかかった菊知君。

 僕からしたら、トンカラトンと同じくらい菊知君も謎だ。

 まるで彼そのものが都市伝説のようで――知りたいけど、知ったら後戻り出来なくなりそうで怖い。

それも彼の魅力なのか。

彼を見ていると、少しの恐怖心と大きな好奇心が胸の中を渦巻く。

 それを言葉にしたら、きっと質問なんて言葉だけでは片付かない。

「き、菊知君は、何が知りたいの?」

「んー色々あるけど、とりあえず……」

 一瞬驚いたような顔になった後、菊知君は言った。

「教えてほしいんだ……『逢魔おうま寺町じちょう』の事を」

 菊知君は胸の前で両腕を組んで、僕の顔を正面から見つめながら言った。

 転校生なのだから、新しい街について知りたいと思うのは普通なのだろうが、何故か僕は彼の言葉に違和感を持った。

 そして、その感覚は正しかったようで――あの夜と同じく、加虐的で、底知れない闇を宿した赤褐色の瞳が僕を見て嗤った気がした。

「都市伝説が巣食う街、『逢魔おうま寺町じちょう』の事をね」


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