「死んで……ないッ!?」
彼女の言葉はソウジに取って希望の光。
普通ならば歓喜に包まれる場面だが余りに淡々と発せられた故に喜びよりも驚きが勝ってしまい上擦った声が飛び出す。
「死んでないって……あの死んでない?」
「それ以外何だと言うのよ、エフィリズムの瞳は対象の相手を細胞レベルで分解させる、逆に言えば強制的に分解させるだけ、殺してはいないの」
「てことはフレイやセラフは生きていて細胞粒子に残留思念として魂はまだ残っているってことなのか!?」
「察しがいいわね、実態は消し炭にしたように見せかけているだけ。長くはなるけど私達の技術なら分散した細胞を結合することだって出来る、まぁそれでも相手を強制的に無力化する驚異の力に変わりはないけど」
「……ガチで?」
「ガチ、本来はこっちが開発したんだから信頼に値するはずよ、私達からすればあいつの偉そうな説明なんて鼻で笑う話よ」
終始迷いない自信に溢れる彼女の口調にソウジは確信に変わっていく。
様々な感情が混同しているが溢れ出る安心感からか壁へと寄りかかり、そのままゆっくりと崩れ落ちるのだった。
「ハッ、ハハハッ」
「ちょ、ちょっと大丈夫? ごめんなさい、最初に言っておけば良かったのを」
「いや……ありがとう、お陰でまたやる気が漲ってきた」
過程なんぞどうだっていい。
今はただ自分の過ちがやり直せる事を知れただけでも十分であった。
創世の奇書がどこまでの可能性があるのか不明瞭な以上、それを使わんでも再生可能という確かな事実は喜びを与えていく。
「まぁ……貴方が元気になったのなら何よりだわ、取り敢えず私達レジスタンスはあの瞳と貴方の奇書を奪還する。それだけが唯一の勝ち筋だから」
困惑しつつもユラは劣勢に立たされる自分達が持つ唯一の勝ち筋を明かす。
エフィリズムの瞳に創世の奇書、共に不条理な強奪を行い権力を高める妖精王へと彼女は僅かな希望に未来を託す決意を抱く。
「ソウジ、この悲劇は元々私達の醜い内乱から始まった物語、これ以上貴方が巻き込まれる必要はない、ここは安全、貴方は子供達と一緒に待機を「ユラッ!」」
たとえ神の力に選ばれし者だろうと運命を理不尽に狂わされた子供に過ぎない。
更には新たな厄災に巻き込んでしまった事に罪悪感を抱く彼女が放とうとした言葉は突如響いた大声に遮られる。
扉は豪快に開かれ、ビクッと反射的に振り返った先には血気に溢れた闘志を瞳に宿す存在が息を荒くしていた。
「フェザー……? どうしたのノックもなしに開けるなんて貴方らしくない」
「諜報からの情報だ、どうやら騎士団が動きを始めている、それもいつもの数倍、いやあれは全勢力だ。今回で確実にこちらを潰しに来てるぞッ!」
「ッ! 全勢力……クッ、創世の奇書の完全獲得を狙っているというの、子供達には?」
「まだ言ってない、変にパニックを引き起こすだだろうからな」
フェザーと呼ばれる逆立つ青髪が目立つユラと同じレジスタンスの言葉に空気は瞬く間に悍ましい緊張に包まれる。
「どうする? あの数じゃ流石に……ここが見つかれば皆殺しか実験材料行きだ、妖精王だって直々に出動したと諜報部隊からの報告が上がって……ってお前はッ!?」
数秒の末にフェザーはようやくソウジの存在へと気づき驚きを抱く。
「その耳は人間……まさかユラが助け出したって言うあの女王サリアが転移させた神の子!?」
「あぁ……えっと彼はフェザー、私と同じレジスタンスの主力よ。こっちはソウジ」
血気盛んさが垣間見えるソウジとは正反対とも言える気質を持つフェザー。
自らの正義に燃える猪突猛進の雰囲気は壮介を彷彿とさせる。
いやイメージだけならば問題はなかったのだが……良くも悪くも振り回されない性格も壮介と瓜二つであり。
「貴様……諜報部隊からあの妖精王と密会を行ったと聞いたぞ、そうやって俺達の懐へと忍び込んでこのまま踏み躙るつもりかッ!」
「はっ? いやそんなこと」
「黙れッ! ユラが救助したとはいえ妖精王と密会していた事実は疑うには十分! 裏であいつと繋がってるのではないかッ!」
中身も彼と似たような素質があった。
猛々しく吠えるフェザーにソウジは眩暈を覚えそうになる。
腰部に備えたナイフで今にも刺しそうな激昂っぷりを見せ、怒りを露わにしていく。
本来ならばフレイ達が咎めに入るが今回ばかりはそうもいかない。
「ウェザー! 落ち着きなさい、ここで歪みあったって何も変わらないわ」
「しかしユラ! こいつが妖精王と密会を行っていたんだぞ、裏で繋がって俺達を潰そうとなっても可笑しい事じゃ」
瞬間、全てを言い切ろうとしたフェザーの首元には鋭利な刃が寸前まで迫る。
彼を襲い掛かった刃先の方向には鬼気迫る形相でナイフを向けているユラの姿。
全く対応できない、ソウジに至っては反応すら出来なかった卓越した動きは歴戦の戦士であることを物語っている。
「ッ!?」
「ソウジもまた私達と同じ妖精王のまやかしに騙された被害者よ、あれが全部演技とはとても思えない、万が一は責任は私が取る。今すべきことは仲間割れじゃないわ、この局面をどう乗り切るかと言うことよ」
彼女の力強い言葉にフェザーの焦りに満たされる怒りは鎮火され、冷や汗と共に髪を掻き上げていく。
「悪い……だが俺達はお前ほど冷静になれない、どれだけの同胞が死んだ? どれだけの同胞があいつらの実験になった? どれだけの同胞があの兵器に巻き込まれた!? この砦が失われたら俺達は終わる、あのクソ野郎のせいでッ!」
錯乱気味だった感情は収まるが同時にフェザーから再び湧き上がった怒りは過去の惨状を痛烈に物語っている。
出会って間もなくとも彼が辿ってきた道筋を察するのは妄想が得意なソウジにとっては容易なことであった。
「……錯乱してしまってすまなかったな人間、俺は彼女ほど落ち着けないんだよ。仲間にもこの事を伝えてくる。会議の取り仕切りは頼んだぞユラ」
燃え尽きたフェザーは皮肉交じりの言葉と共に歪んだ形相でその場を去りゆく。
再び静寂に、だが騎士達が迫っているという事実に場には緊迫が付与される。
「冷静……か、そんなのまやかしよ」
「ユラ?」
リーダーという立場なら当然のように持たなくてはならない場を纏める冷静さ。
トップの在り方は痛いほどに理解してるソウジだが彼女は何処かセインを彷彿とさせる感情が混じり合う瞳を開けた。
「貴方は親っているの?」
「えっ? あぁ……一応は。元の世界に帰らないと二度と会えることはないが」
「そう、辛いと思うけどまだ血の繋がる愛すべき人がいるのはとても素晴らしいことだわ。私はもういないから」
「どういうことだ?」
「私の親はヴァーリエンの中でも有数の戦士でね、妖精王が率いる騎士団とも戦える数少ない人物、私はあの人達の背中を見てずっと育ってきたわ。でも……目の前で見せしめとして殺されたわ」
「目の前で殺された……!?」
「奮闘しても結局あいつらの物量と強奪した技術や剣技の前じゃ覆すほどの力は存在しなかった。捕まって……こちらの心を折るために両親はあの宮殿の屋上で……私の目の前で身体を切り刻まれたわ。終いには骨すら残らない程に焼かれて」
惨たらしい内容は思わず吐き気を催す生々しいものである。
目の前で両親が切り刻まれ焼き殺された、いくらユズや壮介などの意志が強い者でもまともな精神を保てないだろう。
「何も出来なかった、死にたいと思ったことも気が狂いそうになったのも何回もあった、でも……それじゃ無念が晴れることはない。これ以上あんな悲劇は見たくない、だからこそ私は冷静でいるしかないの。このレジスタンスのリーダーとして」
強靭な精神という訳では無い。
彼女もまた、か弱い存在なのだ。
気丈に振る舞いながらも弱さも有する姿はセインにも重なるものがあり、ユラは血管が浮き出る程に拳を握る。
「あいつを倒すまでは……私が泣くことは許されない……!」
心の底へと抑え込んでいた感情は急激に湧き上がり、彼女の形相は深刻と化す。
レジスタンスの精神的支柱であるユラ、常に弱さを見せてこなかった存在だがソウジへと無意識に本音を吐いていた。
種族が違うからか、それとも彼自身の雰囲気か、つい愚痴を漏らしてしまったユラは数秒の沈黙の末にハッと瞳孔を開く。
「ご……ごめんなさい、こんな聞くに堪えないことを貴方に……何か貴方といるとつい話してしまったというか、今のは忘れて」
透明なる涙で滲み始めていた瞳を乱雑に腕で擦ると反逆の女神と称される戦乙女は再び気丈の仮面を被った。
「とにかく奴等の狙いは創世の奇書、恐らくは貴方が持つ万年筆が目標、神の力まで完全に奪われれば私達は希望を失う、貴方はここで待機して、万が一があったら子供達と共に脱出を「待ってくれ」」
「俺も……協力させてくれないか?」
髪を掻き上げたソウジは被せる形でユラの意向に反した言葉を口にする。
思わず目を丸くした彼女へと覚悟を決めた表情で決意を紡ぐ。
「その話を聞いてここで隠れ続けるなんて出来ない、俺達だってあいつらにいいようにやられてしまった。だから俺もアンタ達が歩んできた悪夢を終わらせたい」
「何を……妖精王が奇書を持つ以上、貴方が持つ神の力は使えないのよ!? それに貴方の体力では……奴らに」
彼女の言葉は正論だろう。
事実、驚異的な力を司るとはいえ、今の彼は戦闘経験がまるでない少年。
どれだけ強い意志があろうと足手まといになるだけなら足枷にしかならない。
透かさず放たれた咎めの言葉にソウジは顔を歪ませるがふと懐に感じる違和感が彼の苦悩する思考へと伝染する。
「ッ! いや……使える、万が一にこうしておいて良かった」
ソウジは違和感の元である神羅織の懐からくしゃくしゃに纏められた紙を取り出す。
怒涛の展開に忘れていたが彼は仕込んでいたのだ、万が一に備えた秘策を。
乱雑に根元から破られている頁のような代物にユラは唖然に包まれる。
「それは……創世の奇書の頁……!? 一体どこで」
「ここグランドシティに来る前、もしもと三枚の頁を予め懐に避難させていたんだ。自分が忘れそうになっていたが。相手はきっと俺が力を使えないと高をくくってるだろうよ」
「で、でもどうするというの? エフィリズムの瞳は数十分もすれば次装填を終える。恐らくはもう発動可能……貴方が何かを創造してもまたあの瞳に消されてしまえば」
そう、あの忌々しい妖精王を攻略する最大の難所はやはり奇書で創造された存在だろうと消し去るエフィリズムの瞳だろう。
初見殺しという卑怯な手法ではあるがソウジ達も一度は出し抜かれてしまっている。
もしキャラクターを生み出そうとあの瞳で消されれば一巻の終わり、数枚しか頁がない以上はチャンスも限られる。
あの抜け目のない絶対的な力を持つ存在を攻略するのは至難を有するのだ。
「ッ……そうだ、あぁすれば」
瞬間、詰みかけの状況の中で電流のような何かがソウジの思考に走る。
これが吉と出るか将又凶と出るかは分からない、だが試す価値はある可能性に彼は微笑を浮かべていく。
「ユラ、俺の作戦に乗ってはみないか?」
「貴方の……作戦……?」
沸々と滾る怒りからなる反撃の狼煙。
この悲劇を終わらせるべく、パラダイム・ロストへの未来を切り開くべく、ソウジは瞳へと闘志を宿らせるのだった。