「貴方、手の怪我は大丈夫?」
「えっ? あぁ……軽い傷程度で」
「なら良かった、後で手当てしてあげる」
一方、ソウジを窮地から救った最後の女神と称されるエルフ耳の少女は滑空を行いながら心配の言葉を投げ掛けていた。
暫く追っての攻撃が止んだことは相手が追撃を諦めたことを裏付けており、ソウジは天空にて安堵の息を吐く。
だが安全圏に辿り着いたからこそ驚天動地なこの状況への疑念は加速する。
「……助けてくれた事はありがとう、だがアンタは一体誰「降りるわよ」」
「えっ降りる?」
「もうすぐ私の基地に辿り着く、ここだと目立つし場所を変えて離しましょう」
そう自分と年齢は変わらないであろう若々しい肌にエネルギッシュな風貌。
力強さは何処かユズにも似ている様子にソウジは親近感を覚え始めるがまたも肉体には急降下による衝撃が襲う。
彼女が疾風の如く速さで迫るのはグランドシティ内部に位置する緑が生い茂る森のような広大なエリア。
「ハルラ人工森林地帯、貿易利用の為の植物採取用に妖精王が設立した区域よ、監視の目が行き届かない分、好きに利用してるけど」
解説と共に迷わず緑の世界へと突っ込むと草しかない地面の一部は彼女の指鳴らしと共に隠し扉の容量で隆起を始める。
中は滑走路のように広く、手慣れた動きで少女はハングライダーを着地させた。
即座に扉は閉まり、各所から暖色の光りが灯り始め、静寂な空間にはただ息を呑む音だけが響き渡っていく。
「これは……アンタの拠点?」
「そう捉えてくれていいわ、主に魔力を付与した鉄製による外壁で守られてる故に簡単には破られないから安心なさい」
パラグライダーから降り立った彼女は飛行によって乱れた秀麗な髪を直すと改めて神羅織に身を包むソウジを凝視する。
彼もまた謎めいた目の前の存在に感謝と疑念という相反した感情が激しく蠢く。
流れる沈黙の空気だが先に打ち破ったのは後方から流れた声々だった。
「姫ッ!」
勇猛なる躍動を見せた少女を姫と称する屈強な整備士と思われる男達は一斉に彼女の元へも駆け寄る。
テイストの違い過ぎる双方だが共に人間とは違う事を示す長い耳を有していた。
「大丈夫か、怪我とかは!?」
「無事で良かっ……って何だハングライダーの損傷は!?」
「いいいい今直ぐ救急室へ! 姫が死んじまったら俺達何に縋りゃいいんだよ!」
「ちょっと待って皆! 別に私は大丈夫よ、そんなに心配されるほど私は脆くないわ」
よほど慕われているのか半ば涙目で駆け寄り安否を心配する彼らを若干呆れつつも笑顔で少女は答えていく。
ようやく落ち着きを取り戻したかと思われたが次の彼女の発言は再びその場にいる者達を混乱に陥れていく。
「しかし姫、どうしてそんなにもハングライダーが損傷しているんだ? 普段の子供達の奪還ならここまでのダメージは」
「あぁ……ちょっと緊急でね、子供を安全圏に誘導した後、妖精王に殴り込んだのよ」
「「「妖精王に殴り込みッ!?」」」
「馬鹿な何でそんな事を!?」
「しかも単騎でなんてッ!? いや姫の実力は理解してるがそれでもあの騎士団に!」
「命を大切にしてくださいよ姫ェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」
「あのクソ野郎、姫を傷付けるとかマジでぶっ殺してやるッ!」
阿鼻叫喚とはこのことだろう。
勇猛な美女と心配性な筋肉達という不可思議な光景にソウジは思わず眉を顰め、彼女は小さくため息を吐く。
「場所……変えましょうか、ここだと賑やか過ぎるから」
「あ、あぁ……そうだな」
「って姫その者は人間!? 何故ここに、そうか姫の命を頂戴にここへとッ!」
「止めなさい、彼は私が助けた存在、機体の整備よろしくね」
ようやく男達は人間であるソウジの存在に気付き、一部は襲いかかりそうな雰囲気を纏うが即座に姫によって鎮火させられる。
半ば暴走気味の暑苦しさが蔓延する滑走路から脱出するとソウジは更に奥に位置する長廊下へと歩を進めていく。
二人には暫く沈黙の時間が続いたがやがて先導する彼女は口を開くのだった。
「貴方の名前はソウジよね? 女王サリアが統治を行うハリエス王国が異界から転移させた存在、全くこんな若い子達を勝手に呼び付けて急に闘えだなんてあの女王様もどうかしてるわ」
「知ってるのか?」
「妖精王がきな臭い動きを見せてたから私も調査網を敷いていたのよ、神羅織を着た絶大な力を持つ者が現れたってね。散々に言われてるけど一応は
「……ん?」
瞬間、ナチュラルに発せられた彼女の言葉に思わずソウジは足を止める。
透き通るような美声も相まってつい聞き流しかけたがそうもいかない。
「ちょっと待て! ヴァーリエン族ってあのアヴァリスが言っていたテロ行為の」
「はっ? テロリスト?」
ヴァーリエン族。
かつてパフレリス族と対を成す種族であったが内乱の末に敗れたことで恥の象徴と烙印を押された人ならざる扱いを受ける存在。
彼らと同じエルフ特有の耳、何処かセラフが撮影した蹂躙される者達とも似た風貌。
同時にソウジは記憶の戸棚からアヴァリス言葉を思い出す、
ソウジの言葉に一瞬だけ身が竦むような鬼の形相を見せるが直ぐにも納得が行った憂鬱なため息を彼女は吐くのだった。
「あぁ……彼らからすれば確かにそうかもしれないわね、でも私達はレジスタンスの行動だと考えているわ」
規律を直した勇ましい少女は足先から脳天までに純粋な興味深い視線を向けるソウジへと自らの素性を声高々に明かすのだった。
「はじめまして異界から連れられし英雄、私の名はユラ・アスノ、サーレスト政権による支配に抗うレジスタンスのリーダーよ」
「ユラ……アスノ」
美しさと勇ましさを両立させた容姿に見合った名前にソウジは無意識に復唱する。
凛とした瞳はまさに力強い芯を持つユズを彷彿とさせる戦乙女の雰囲気を纏う。
曇りのない鋭い姿には恥の象徴と同時にテロリストと罵られているとは思えず、女神という二つ名を持つに相応しい。
「最初に言っておくけど助けたのは温情とかじゃない、あいつに貴方の持つ神の力まで奪われたら一巻の終わりと思ったからよ」
「創世の奇書のことか?」
「そう、妖精王直々に招かれたなら耳が痛くなる程に自分達の凄さをアピールしてきたはず、グランドシティは優れた技術を持つ国だって。でも……あいつらはただの盗っ人よ」
歩きながらドスの効いた声を吐いたユラは眉間にシワを寄せると内に存在する激しい怒りを露わにしていく。
口調は穏やかではあるが殺意にも近い威圧を隠し切れることは出来ず、思わずソウジは生唾を飲み込んだ矢先、二人はある鉄製の扉へと到達した。
「待ってて、色々と細工してあるから」
ユラは独自の解読魔法を用いて、暗号を素早く読み上げていくと頑丈な扉は轟音と共に左右へと開き始める。
パフレリス族に介入されない為の巧妙な措置が解除されると途端に右方左方から響く声が明確に鼓膜へと入り込んだ。
「マザー!」
刹那、暖色のランプが全てを照らす大広間からはユラの姿を見るや否や、大勢の幼児達が彼女の健康的な膝下へと一斉に駆け寄る。
後方には老若男女が位置し、ユラの登場に歓喜の声を次々に上げていく。
マザーと称されるには余りに若すぎるがユラは特に気にすることはなくまるで女神の如く慈愛の笑顔で子供を撫でていった。
「皆、もう怪我は大丈夫?」
「うん! マザーに助けられてお陰で皆こんな元気だよ!」
「良かった……マザーがいなきゃ私達」
「マザー愛してる! 大好き!」
彼女の質問に子供達は絶え間なく感謝の言葉や愛の言葉を投げ掛けていると代表して初老の男はユラへとゆっくり歩み寄る。
「おぉユラ……無事で何よりだ」
「お爺ちゃん毎回言ってるでしょ? 絶対にここに帰ってくるって。でも心配してくれてありがとう」
「そちらの方は? 見かけない顔……いやその耳を見るに人間か?」
「あぁ……彼はソウジ、人間だけど私達に敵意はないから安心して。寧ろ彼も私達と同じあいつの被害者だから」
ヴァーリエン族は一斉にソウジを興味深い眼差しで凝視するがパプレリス族と明確に違うのは悪意がないことだろう。
まるで動物園の見られる側のような状況に困惑しつつも蔑む様子は伺えない彼らにソウジは安心感を抱いていく。
「えっとこの人は私の祖父、後ろにいるのは私と同じ一族の同胞達よ、まぁあいつらから言わせれば……悪しきテロリストの生き残り達ってとこかしら」
自虐的を交えて素性を明かしていくユラは同胞達との会話を終えるとソウジを人気のない会議室らしき場所へと引き連れる。
グランドシティの形容が分かる地図が目立つ部屋にて長机へと腰掛けるとユラは一息をつくと言葉を紡いだ。
「ごめんなさいね、色々賑やかで。結局貴方と落ち着いて話せるのはここくらいになってしまった」
「別にそれは構わないが……盗っ人ってのは何なんだ? それが俺を助けた理由?」
「……もしこのグランドシティの技術及び、奴ら騎士団が持つ技術が全て誰かから強引に奪ったものだとしたら?」
「えっ?」
「ここに来たのなら私達とあいつらの内戦の話も聞かされたはずよ、かなり依怙贔屓な内容だろうけど」
「支配権を巡る内戦の末にヴァーリエン族を討ち滅ぼし、妖精王は絶対なる素晴らしい統治を行った、そんな感じで聞かされてる」
「やっぱり……まぁ当然か、私達からすれば嘘で塗りたくられたクソみたいな歴史ね」
ド直球にクソだと罵倒したユラはグッと拳に力を込めていく。
初めから何処か誇張されてるとはソウジも薄々感じていたが実態は彼の予想すらも遥かに上回るもの。
「結論から言えば奴らの技術は全て元は私達ヴァーリエン族が生み出したもの、グランドシティの技術も奴らが持つ特殊な武器も、それをあいつが……妖精王が強引に内戦という形で奪取を行った」
「なっ、てことはあの翡翠の騎士が有していたあの技術も!?」
「私達の技術よ」
「あのエフィリズムの瞳も!?」
「私達の技術、でも本来あれは自国防衛の為に生成されたもの、人を好きに消し去る用途に切り替えたのはあいつ」
「マジかよ……あんなに自慢しといて誰かから奪ったものだったのかよ」
「ふざけてると思うでしょ? でも技術力はあっても純粋な武力で言えば奴らの方が上、元はここも多民族国家だったけど妖精王が台頭して一年前に敗戦を喫してから私達はこうして追われる身」
明かされていくこの国のからくり。
嘘で塗りたくられた栄光。
グランドシティの技術に潜む闇。。
そんな奴らのいいようにされたのかとソウジは自身の愚かさに沸々と怒りが滾る。
「でも、何故って思うでしょ」
「何が?」
「何故そこまで知っていてもっと早く自分達を助けなかったのかって、言ってくれたらあの二人も助けられたって」
「それはッ! そう……だが」
「その批判はご尤も、幾らでも私を罵ってもらって構わない。でも私もあいつと同じように本当に神の力を有するのか疑って信用しきれなくて貴方を利用してたのよ」
「利用!?」
「あの子供達……マザーって駆け寄って来たかわいい子達が理由かしら」
ついつい微笑ましくなってしまう朗らかな笑顔に包まれていた光景。
エレニカとは正反対の慈愛に満ち溢れる関係だがソウジは段々と彼ら彼女らの存在に何処か既視感を覚え始めていく。
何処かで見たような……いやしかしあんな子供達とは初対面、だがどこかであの子供達を見たことがある。
「アッ!?」
瞬間、点と点が繋がったソウジは周囲の者がビクッと身体を震わす程に声を上げた。
「ッ!? ど、どうしたの急に?」
「見たことがある……そこの子供、セラフが撮影した写真にいたあのッ!」
独自の調査とセラフが提示した写真に存在していた蹂躙の写真。
直視するのも不快だったあの画像、アレに写っていた子供の面影が脳裏に過る。
見覚えがある素振りを見せるソウジに子供達が不審者のような疑念の視線を向けるがユラは彼らを嗜めると疑問の声を放った。
「どういうこと? あの子達を知ってるというの?」
「セラフ……あぁいや俺の仲間がこの国の調査と撮影した写真の数々にこの子達がいたんだ、丁度連れ去られるような場面で」
「……そう、どうやってその場面を見れたのかは知らないけどきっと貴方の見たものはこの子達に間違いないわ」
何故知っているのかと疑問に思いつつも神の力を有するのなら当然かとユラは一人で自己完結を行った。
「敗戦後、私達は各地に散らばざるを得ず、逃げ場所を作っていていね。中には子供達だけしかいない所も、国外に逃れるのが一番だけどそう上手くもいかない、私達はそういう身を隠したり捕まった子を保護してる」
「つまり……妖精王直々、しかも幹部騎士の模擬戦ともなれば騎士や民衆も闘技場に集まって警備は普段よりも手薄、子供達の奪還はやりやすくなって俺が見たのは捕まった子達ってことか?」
「概ね正解、民衆が集まる故に監獄警備の騎士も出動せざるを得ない。この子達を助けるにはここぞとないチャンスだったのよ」
「捕まった奴は?」
「直ぐに処刑されるならマシ、ほとんどは極秘の形で魔法研究の為に度し難い実験の材料にされる。それが怖くて奴らに寝返る者だって存在するわ」
「材料って……人の心はないのか!?」
「敗者に権利なんてない、この子達を救出した後、闘技場が騒がしかったから少しだけ様子を見に行ったのよ。そしたらあの光景に出会して……妖精王が瞳まで使うって事は貴方の力は本物なんだと私も判断した」
「だから俺を助けたと……神の力が奪われれば自分達はより窮地に立たされるから」
「そうね……このままあの男の好きにさせたら不味いことになると思って貴方を助けた、でも……だからって貴方の仲間を見殺しにした免罪符にはならない、ごめんなさい」
深々と頭を下げるユラ。
不満が全くないわけではない、事実として彼女が何らかの形で一言でも警告を投げ掛けてくれれば結果は変わったかもしれない。
だからと言って「ふざけんなこの非道なクソ女ッ!」と罵る気にもなれず、やるせないようにソウジは頭を掻く。
「……起きたことは仕方ない」
「えっ?」
「俺の幼馴染の言葉、思うところがないと言えば嘘になるがそれでもここで罵った所で何にもならない。たとえ真っ直ぐじゃなくても助けてくれたことは事実、ありがとう」
フレイ達を喪失した今、ソウジの支柱となるのは再びユズの考えだった。
起きたことは仕方ないと前を向く彼女の常にあった潔さがこれ以上ユラへの憎しみを増幅させることを遮断する。
まさかの感謝の言葉にユラは目を丸くするが直ぐに冷徹な雰囲気は解け、穏やかな笑みを浮かべていく。
「まさか……感謝されるとは思ってなかったけどそう思ってくれてるのなら嬉しいわ」
「ここで怒り狂っても何にもならない、そもそも俺自身のミスだからな。あいつらを失っちまったのも……もう戻らない」
「えっ? 戻るわよ?」
「へっ?」
「ん?」
「はっ?」
「いやだから、別に戻るって」
過ちによって失ってしまった仲間への懺悔……を口にしようとしたがユラの言葉によってそれは呆気なく無意味となる。
何を言っているんだとソウジは若干睨みを効かせた瞳を向けるが彼女にフザけた様子も嘘をつく様子を見当たらない。
「あぁそっか……どうせ妖精王が貴方をへし折って屈服させる為に色々誇張したのね、全く虫酸が走るわ」
心の底からのため息を盛大に吐くと反逆の女神は奪われてしまった絶対なる力の真実を明かすのだった。
「結論から述べさせてもらうわ、貴方のお仲間さんは死んでいない」