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第29話 狂った母性

「ッ! ストップ!」


 トラップを掻い潜り、順調に場を突き進んでいたソウジ一行。

 名だたる魔族達をある意味撃破していく中で突如本能的な感性が誰よりも鋭いフレイは制止の言葉を口にする。

 何事かと疑問を投げかけようとしたソウジに彼女は口元に指先を当て、沈黙を促す。


「感じる、凄く大きくて凄くいや〜なものが混ざり合った雰囲気、多分あそこにいるんじゃないかな? 黒幕ってやつ」


 洞窟の最奥に辿り着き、彼女が指差した方向には二体の巨大な魔族による守護が行われている深淵の大扉。

 鎧を備えた獰猛な一つ目と筋肉質な体軀から残虐性を醸し出し、首輪で地面と鎖により結ばれている二足歩行の魔族。


「バレアグリス、亜人系統に含まれる中でも極めて危険性の高く知能の発達が特に低い本能的な行動原理を持つ魔族です」


「見るからに中ボスって奴らだな、雰囲気だけで強者なのが伝わる」


「あの首輪を見る限り、無理矢理飼い慣らされてこの場の守護を担当していると察するのが妥当でしょう」


 即座に行われたセラフは解説を耳にしながらソウジは徘徊するように大扉の前を無造作に右往左往する存在に緊張感を抱く。

 まさに強敵、ボス前に対峙する敵としては相応しい威圧感を有している。

 本来ならば相対して華麗に撃破するのがお決まりの流れとしての筋であり、ソウジも十分にそれは理解している。


「如何なされますか? 我が主人」


「決まってんだろ、無視ッ!」


 だが今回ばかりは訳が違う。

 とんでもなく潔い逃げの宣言と共に「知ったことか」とバレアグリスをガン無視で大扉へと突っ切っていく。

 昆虫すらも巨大となるサイズと化した素通りし、僅かに存在する大扉の隙間へとか弱き小さな身体を滑り込ます。

 邪道上等卑怯上等、手段は選べない彼等に迷いという概念など存在はしない。


 血の流れない中ボス戦を制したソウジ達はフレイが本能的に察する禍々しく闇々しい狂気の渦へと介入を始める。

 元のサイズへと戻った一行を待ち受けていたのは空気が澱む禍々しい負の気配。

 深淵の根源へ突き進むソウジ達は星を模った天井に散乱された遊具、一言で表すなら巨大な子供部屋と称するのが最適だろう。


「何だここ……子供の部屋みたいな」


 相反する雰囲気は得体のしれない恐怖心を痛烈に煽っていく。

 恐る恐る散らかった部屋へと足を踏み入れていくと彼の視界には漆喰の牢獄と中央に位置する権威を現した玉座が瞳に焼き付く。

 檻の中には自らと同じ幼児達、だが顔や肉体は幼くとも放たれる一人一人のオーラに大人と察するのはそう難しくはない。


「あらぁ可愛い子、私好みの勇猛で血気盛んで壊したくなる顔だわ」


 淫靡で甘やかな声が響き渡る。

 発せられた方向は玉座、視界が捉えたのは豊満な双丘に深蒼の髪をした美女。

 絶妙に肌を露出した黒を基調とした妖艶な鎧と深紫の剣を身に纏い、鮮血を想起させる深紅の双眸は不気味な光を帯びていた。

 甘く蕩けるような声質が更にソウジ達の危機感を煽るように部屋中に木霊する。


「何故その身体になっても尚、あの罠を切り抜けて来たのかは知らないけど貴方達、只者ではないようね」


「お前が……ヘレニカとかいう騎士か」


「如何にも、私の名はヘレニカ、子供を愛する慈愛の騎士よ、可愛い子供さん? 出来ることならその綺麗で柔らかい肌を何処までも堪能して食べてもみたいわ」


 スラリと伸びる脚を交差させ、片肘を付きながら蠱惑的にソウジ達を観察する元凶。

 類まれな美女、平素ならば素直にその美貌に見惚れる場面だが今回ばかりは全くときめかない所か、嫌悪感を抱く。


「キモいですね、アレ」


「気持ち悪いんだけど!? ドスケベな事しかされなそうッ!」


 同性だが性的な目線を向けるセクハラ美女にフレイ達は場の空気に飲まれることなく、ド直球に拒絶を口にする。

 舌舐めずりも光悦な瞳も、今は不快感を募らせる材料にしかならない。

 ヘレニカの名を持つ魔導師は歓迎するように幼き一行を迎え入れ、周囲には殺意に満たされるエレンネ達が浮遊していた。


「ママヲコロス?」


「コロス、コロス、コロス! コイツラゼッタイ二ママヲコロソウトシテルッ!」


「ワルイコワルイコ! ママノイウコトキカナイコハジゴクにオチロォォォォッ!」


 エレンネ達からは蠢く悪意が相変わらず発せられ不愉快極まりない状況だがサレストは愛しそうに叫ぶ赤ん坊達へと微笑む。

 その姿は彼女の容姿も相まって歪んでいながらも母親を彷彿とさせていく。

 一連の流れに無意識に蔑む表情を抱いたソウジへとサレストは光悦な形相を浮かべた。


「可愛いでしょう? 私の赤ちゃんは、幾度もの実験でようやくようやく理想化した私に従順な赤ちゃん達なのッ! さぁ可愛いと私を称賛しなさい」


「実験だ……? お前も魔族を好き勝手するあいつらと同じ人間か」


「人間……アッハハハハハハッ! 私をあの見窄らしい欲望に苛まれた下等と同義とするなんて面白い子達ね」


「何? まさか魔族か?」


「そうよかわい子ちゃん、私のような上位種族なら生命の生成など容易、魔族が魔族を作って育てるなんて不思議? でも貴方達もベットで激しくギシギシと目合い、生まれた子を育ている、それと同じよ」


「ッ……止めろ生々しい」


「あら? 男と女が✕✕✕して✕✕✕しながら✕✕✕と共に✕✕✕すると表現する方がお好みかしら?」


「余計に生々しくしてんじゃねぇよッ!?」


 蠱惑的な声からなる完全な下ネタ発言に思わず若干理性が揺らぎそうになるが辛うじてツッコミを入れる事で平静を保つ。

 変態的な性癖を持つ女という属性モリモリの存在にペースが乱れかけるソウジを落ち着かせるようにセラフは解説を紡ぐ。


「ワルト様の父上の書物を参照するとアレはパプレリス族、エルフ系列の派生に存在する上位種族であり、高い知能と人造の魔族を生み出せる魔法技術、人間に酷似するフォルムが特徴的ですが敵対的な性格です」


「エルフ? あの変態母性女が?」


「元来のイメージと相違してるのは私も同意致します。しかしこの世界は主人の想像よりも複雑な構図があるようです」


 よく凝視すれば確かにエルフ特有の長い耳など察せる部分が全くない訳ではない。

 人間にも友好的な森の守護者という妄想が完全に間違っていた事実にソウジは勝手に落胆をする中、ヘレニカは両手を広げ目的にも誘惑にも値する言葉を口にする。


「ねぇ貴方達、私の物にならない?」


「はっ?」


「本来ここで集めた素材はあの方への供物にするつもりだけど貴方達も生贄にするのは惜しい話、私はね、可愛い子供が食べたいくらい大好きなの、どう? ママがたっぷりの愛情で可愛がってあげるけど」


 あの方への供物、数多の幼児化させた人間を素材呼ばわりする不気味さ。

 眼前に位置する女の魂胆が段々と鮮明になる中でソウジは美女からの子供になれという誘惑に被せるように言葉を返す。


「絶ッ対に嫌だわッ! おっぱいに顔を埋めて甘えるバブみのママが欲しいなら自分でそういうキャラクター作るっての!」


 欲望混じりに放たれた拒絶の叫び。

 この緊迫した場面でも相変わらずの雰囲気な彼等に忠誠心がないと見たヘレニカは豹変したように冷たい瞳で睨む。


「そう、ママの言う事を聞けない素直じゃない悪い子は……消えなさいッ!」


 瞬間、開戦の合図を発した途端にママを守るべくエレンネ達は奇声と共に全方位からの強襲を開始する。

 口元には全てを狂わす幼き呪いを持つ光線が瞬時に蓄えられ、一斉に射程を整えた。


「凄いでしょう? 私の赤ちゃんは。魔族だけが有する特殊魔法による肉体の逆行、しかも今回は特別なチューンアップ付き、今度光線を浴びれば次は何もできない赤ちゃんにまで退行するかしらね〜?」


 彼女の言葉に呼応し、エレンネ達の光線は更に驚異的な光を持ち始め、全方位からの容赦ない強襲が始まる。

 一射だろうと触れるのはこのイカれた美魔女に支配されるも同然の極限下において初動を行ったのはセラフだった。


「終焉なき白練のナヴィガトリア」


 高速で謳われた詠唱と共に彼女のホルスターには大量のコインが補充されていく。

 終焉なき白練のナヴィガトリア、半永久的な戦闘継続を可能とするセラフが有する特殊コインの無制限による生成。

 謂わば、無尽蔵の弾薬と称しても過言ではなく、大量に生み出されたコインの集約を行うと一つの物体が空間へと姿を現す。


「乗ってください、案があります」


 六枚羽のスラスターを備えた小型戦空機にも似たフォルムを持つ飛行物体。

 即座に跨いだソウジ達と同時に瞬時に淡い光の粒子に包まれ、上空へと飛翔する。

 超高速で加速するウイングユニットは光線の速度を上回り、精密的な機動力を持つ機体はエレンネ達の光線を悠々と躱す。


「何……?」


 魔法構造の改造によって全ステータスを大幅に下げる効果を持つエレンネ。

 故にあの状態と化した存在は抗う術など残されていないはずなのだが現実は想定外を極めた事態が引き起こされていた。

 見たことのない翼の生えた鉄の塊を乗りこなす反逆者にヘレニカは不愉快そうに眉間にシワを寄せ始める。


「やはり例え弱体化しようと雑魚が集まればパーフェクトとなりましたか。我が主人の温存戦法のお陰で思い切りこの大ボスの場面で行使できる」


「なるほど重ね掛け! めっちゃ力は使うけどこれならカバー出来る!」


 フレイは称賛の言葉を口にする。

 数多のコインを重ね合わせることで弱体化された力を無理矢理底上げするというある意味のゴリ押し戦法。

 だが現状は最も有効と言える手法であり、セラフは飛行機械を司りながら反撃としてコインの重ね掛けによる武器を生み出す。


「フレイ、操縦を頼みます」


「へっ? えっちょこんなのやったことないんだけどッ!?」


「本能と直感が貴方が有する武器なのでしょう? 墜落したら抹殺します」


「……ハッ、無理難題押し付けんね君も! でもそういうの燃えちゃうじゃんッ!」


 ヤケクソ気味に入れ替わったフレイを尻目に生成したのは回転式の銃。

 幼児には見合わない武装のトリガーには指がかかり、躊躇なく乱射される銃弾の雨はエレンネ達を次々と撃ち落としていく。


 人の思考機能を優に超えた脳構造。 

 学習システム、バレエソニッカーによる瞬間的な記憶能力を持つセラフにとって直線的な光線など意味をなさない。  

 大暴れを見せるガトリング砲に合わさり、既に順応を見せるフレイの操作によってエレンネ達は立て続けに葬り去られる。


「可愛い赤ちゃんが……へぇ、やはり貴方達は違う、ここで潰さないと面倒な事になりそうねッ!」


 玉座から立ち上がるとヘレニカは吐息のような一呼吸の末に抜剣した禍々しい深紫の発光を放つ剣へと魔法陣を生成。

 周囲には焔が立ち並び、高速移動を行うソウジ達へと狙いを定める。


「炎連斬・改」


 刃先に焔を纏わせることで燃焼効果を持つ斬撃を生み出す、炎連斬・改。

 弓形に放たれた焔は飛行機械の後方から根絶やしにしようといやらしく付き纏う。

 変態だが一応は魔族において上位種族、並の存在では発動不可能な高出力の技を容易に行使することが出来るのだ。


「フィラメント・サングレーザーッ!」


 重複の有用性を理解したフレイは即座に連続詠唱による弱体化のカバーによって迫りくる高温のストーカーを迎え撃つ。

 大きくバフを掛けられた五つの巨大な焔はフレイの合図により、炎連斬・改を波のように飲み込み相殺を行った。


「反抗期は嫌いよッ!」


 数的有利だろうと優勢どころか後手に回っている現状にヘレニカは苛立ちを隠せない。

 対抗手段として次に取った彼女の行動は反逆者達をドン引きさせるものだった。


「我が子達、ママの為に誇りとして天命を真っ当しなさい」


「ちょ、マジかよッ!?」


 思わず発せられたソウジの仰天。

 指を鳴らしたと同時に自らの赤ん坊と称するエレンネ達は肉体に業火を纏い、まるで特攻するかのように超高速で襲い掛かる。

 一体一体からは断末魔が轟き、焼き付くされても尚、ママの為にと一斉に攻撃を行う。


「お前……こいつらは可愛い我が子じゃなかったのか!?」


「子供はママに従い育てられるもの、ならばその生命も未来も、私の好きに染めて終わらせてもいいの、それが母性でしょうッ!」


「イカれた母性しやがって……子供は親の言いなりでも兵器でもないんだぞッ!?」


「よそはよそ、うちはうち、人の教育方針に口出す資格など貴方達にはないッ!」


 少しでも油断すれば墜ちる気が気でない死闘の中、ソウジとヘレニカによる激しい舌戦が繰り広げられるが平行線の一途を辿るしかなく、彼女の愛は加速していく。


「さぁ! 私の可愛い赤ちゃん達、ママの為に死になさいッ!」


「アギャァァァァッ!」


 業火の特攻、その数は十体以上。

 焼き付くされる痛みを叫びに変換させていく狂気が渦巻く中でソウジ達は必死に回避行動を取り続ける。


「クソッ、気が狂うッ!」


「話し合いは無駄、やっぱ倒さないと終わらないみたいなようだね、セラフ! 君の生み出す銃なら彼女を狙えるよね?」


「私を誰だと?」


「毒舌貧乳の凄腕熾天使、私があの女まで近付ける、絶対に仕留めなよッ!」


 仲が良いのか、将又悪いのか。

 相変わらず独特な距離感が二人を包む。

 フレイの罵倒半分、称賛半分の敬称にセラフは不敵に口元で弧を描くとかつて人造天使を撃ち落としたレールガンを創造。

 迫りくる肉体の焔を交わしつつ、多重のコインによりデバフを無効化した銃口へと稲妻の蓄電を開始した。


「それは……我が子供達ッ!」


 論理よりも前に本能的な部分で危険を察知したヘレニカが放つ決死の合図によってエレンネ達は更に加速していく。

 だがもう遅い、熾天使が有する断罪の銃は空間を歪ます稲妻を備え、フレイは一目散にヘレニカへと急接近を行う。


「この距離なら、幼児でも仕留めれる」


 平原を分断するかの如く稲妻が迸る。

 風を切り裂きながら銃口から放たれた稲妻の塊は瞬く間に狂気の母性へと迫った。

 凄まじい反動はウイングユニットを大きく後方へとバランスを崩し、周囲の者全員が何事かと眼前の衝撃に愕然とする。

 まるでミスのない射線、ヘレニカの心臓部へと目掛けてセラフの一撃は襲う。


 勝った、誰もがそれを確信しただろう。

 事実ソウジも突風に苛まれながらあのヴェルドラを滅した破滅的威力を誇る電磁砲に勝利の笑みを浮かべていた。

 当たれば間違いなく相手を滅し、この距離ならば回避することは到底不可能。


「……鏡反射」


 だが……決着と思われた死闘はサレストの余裕を含んだ詠唱で瞬く間に変貌する。

 回避不可能まで迫った稲妻の塊は直撃ではなく、まるで避けるかのように彼女の横をのだった。

 肉体を横切った電磁砲は後方を激しく吹き飛ばし、玉座は木っ端微塵に崩れ去る。


「何……?」


「ハァッ!?」


「ッ!」


 相変わらずの底知れぬ威力、いや今だけはそこに注目すべきではないだろう。

 三者三様の驚きを見せるソウジ達、まるで幻想でも見たのかと唖然とする中、ヘレニカは支配者かの如く両手を広げ嘲笑った。


「フフッ、ハハッ、アッハハハッ! 言ったでしょう? 子供はママに逆らうことなんて出来ないとッ!」


 光悦と殺意、歪んだ本性が混じり合う姿は醜くも何処か美しさを醸し出す。

 異常な性癖を持つド変態の正気を忘れた美女は大きく瞳孔を開く。

 狂乱に塗れる母性の塊は一矢報いたと思われる断罪の稲妻を無へと化し、抗う子供達へと絶望を与える言葉を口にしたのだった。

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