この街全てを巻き込むサレストの名を持つ赤子の怪物を使役する支配者。
ワルトの案内により導かれたのは彼女が去ったと思われる深淵のような底しれない暗闇を持つ洞窟である。
首筋へと冷や汗を流すワルトは震えるまだ未成熟の手で恐怖心をこれでもかと刺激する場所を指差す。
「僕達があの魔導師を最後に見たのはこのレミネンス洞窟です。僕のママやパパ、冒険者達はソウジさんと同じくあの光線を食らい……なすすべもなくあの魔導師に」
「皆幼児にされたってことか」
「はい、次々とまともに抵抗も出来ずに連れ去られてしまって」
この世界の冒険者が果たしてどれ程の実力を有するのかは不明だがあの光線はかなり素早く回避するのは難しい。
少しでも掠めればアウトとなれば尚更難易度は高くフレイやセラフでも僅かながらに触れた事が難易度の高さを裏付けている。
肌で体感したからこそ、全方位から集団で攻めていくエレンネという怪物が持つ脅威を理解できる。
「あの……本当にいいんですか? 相手は腕っぷしが多い百人を超える大ギルド団レクガスの冒険者が総出で相手しても敵わなかった存在、生きて帰れる保証なんて」
「命が欲しかったら君の願いなんてとっくに無視して逃げていたさ、死なんて覚悟の上で俺達はその先に進みたい」
「パラダイム・ロストですか……?」
「あぁ、君の父さんが調べている物は命を賭けてもいいくらい俺達も重要な話なんだ。だから君は安全にあの街で待っていてくれ。必ず両親を連れて帰る」
覚悟の眼差しと緊張に渇いた喉へと息を一気に流し込み力強い会話を交わすソウジ。
決意を感じ取ったワルトはこれ以上は愚行と引き止めようとした言葉を胸にしまう。
「……分かりました、僕達はこの街で待ってます。だからどうか……お父さんとお母さんを救い出してください!」
深く頭を垂れるワルトを背にソウジ達三人は洞窟内へと遂に足を踏み入れる。
瞬間、肌には不気味さを煽る纏わりつくような冷気が全身を覆う。
外気と隔絶された空間であるから故に温度は低く、氷柱と思わしき物体が突出する。
常人であればこのレミネンス洞窟に踏み込もうとする者はいないだろう、いたとしても精々好奇心に支配された者程度。
この場にいるだけでも負の感情は生々しく煽られ、屈しろと暗闇は誘惑を仕掛ける。
「さて……と」
しかしソウジ達にとってこの程度の恐怖はどうってことはない。
レクリサンド跡地の地獄や人造天使ヴェルドラとの戦いに比べれば屁でもなく、寧ろ心地よさまで感じる。
耐性があるのは良いのだが……それ以上の問題にソウジは頭を悩ませていた。
「どうすりゃいいんだよこの身体はァァァァァァァァァァァァ!?」
心配させまいとワルトの前では気丈かつ、大物に振る舞っていたが彼の姿が見えなくなった今、内に秘める不安を吐露した。
あの災厄の光によって引き起こされた幼児化による肉体の逆行。
ここまでの道中だけでも疲労が蓄積している事実は体力が大幅に落ちていることを否が応でも表している。
「ショタ化ロリ化光線って何だよ!? そんな展開予想出来るわけないだろッ!?」
冷静になればなるほどトンチキな能力に段々と怒りが湧き上がり、まんまと術中に嵌った事実は虫唾を走らせていく。
「う〜ん、まぁ起きたことは仕方ないし拳と根性で進んでいくだけだよマスターッ!」
「今回ばかりはその意見に同意します。熟考を重ねた所でこのディスアドバンテージをゼロに出来る保証などありませんから」
「クッ……屈辱的だ」
あどけなさに包まれる声で放たれたフレイとセラフが返した前向きかつ振り切った意見はごもっともだろう。
実際にどうする事も出来ないのだ、フレイは純粋な火力が武器であり、状態異常を無効にする能力など設定していない。
対するセラフも汎用性は高くとも同じく彼女の能力では呪いを回避する術はない。
(どうやら幼児化したせいで魔力も下がっているらしいからな……こいつも今じゃまともなキャラを生み出せない)
しかし制限のない創造の力を操るソウジが持つ創生の奇書であれば水掛け論で対エレンネのキャラクターを作り出せばいい。
勿論それは可能であり、ソウジも選択肢の一つにあったのだが……幼児化に伴う肉体及び魔力減少の弊害が力を使い物にならなくさせていたのだ。
「ボクガキミノチカラニナルヨ! サァミンナヲスクイニイコウ!」
悲壮感あるため息と共にソウジは一が八かキャラクターを創造するものの結果は残酷にも非情なものである。
生み出されたのは自らが設定した能力や容姿がまるで反映されていない最弱と言っても過言ではない小さな棒人間。
何故かカタコトの言葉を発する黒線の存在は自身の力に反して勇猛果敢に先陣を切ると洞窟へ踏み込んでいくが。
「ア〜レ〜!」
ちょっとした段差に躓いて盛大に空中へと投げ飛ばされると運悪く吹いた突風がそのまま闇の奥深くまで吹き飛んでいく。
「ウンギャァァ!?」
終いには暗闇へと落ちていったのか何処かで押し潰されたのか痛々しい棒人間の悲鳴が虚空に木霊したのであった。
やっぱり使い物にならない創生の奇書にソウジは棒人間へと黙祷すると共に己の非力さに絶望する。
「うん、やっぱ駄目だわ」
「どうやら現状ソレは使い物にならないようですね。現存戦力で攻め込む以外にパーフェクトな方法はないかと」
「クソッタレ……あのヘレニカとかいう外道魔導師、面を現したらギッタンギッタンにしてやる」
これまで聞かされた話に加えて腸が煮えくり返る戦法に踊らされている事実にご立腹なソウジはわなわなと拳を力強く握る。
と言っても幼児と化した今の肉体では力を込めても可愛いものにしかならないが。
「いいねぇ、真正面からぶん殴るのは私の一番好きなことだよ!」
「アホですか、相手は搦手のタイプ、真正面から挑めば馬鹿みたいに自爆必須です」
「馬鹿みたいに自爆!? ちょっと私の戦闘スタイルを貶してんのッ!?」
「何か悪いことでも?」
「あぁっ!?」
「はっ?」
幼くなろうと相変わらずの煽り合いに発展する二人の口喧嘩だが今回ばかりはソウジも咎める余裕はない。
寧ろ何処か安心感もある二人のやり取りを背に狂気の赤ん坊を支配する魔導師の元へとこの暗闇の聖域へと歩を進め始めた。
「さて……逆ハーメルンのイカれた魔導師は何処に潜んでいるのか」
巧みに子供を幻想へと誘ったかの有名なハーメルンの笛吹き男にも似る凶行。
純粋に真っ直ぐな殺意を露わにしたこれまでの敵とはベクトルの違う狂気さにソウジは額から汗を溢れ落とす。
フレイが指元から発火する炎は黒暗の常闇に光を与える中、彼等は道中何事もないはずがないとトラップに警戒心を抱く。
「キラララララララッ!」
そんな慎重な姿勢は直ぐにも的中し、闇からは奇っ怪な群衆が障壁として立ち塞がる。
コウモリを模倣した純黒に包まれる一つ目の集団は幼児と化した一行を視認するや否や、鋭利に尖った八重歯を煌めかせた。
「ニアル・ウェニカ、洞窟を含む暗所を生息地とする魔族です。あの歯には数分で肉体を腐食させる猛毒を有します」
念の為の予めワルト父の書斎に存在した魔族の成体データを含む書物をインプットしたセラフは巧みな解説を披露する。
並の人間ならば下手をすれば一年掛かっても可笑しくない量だがアンドロイドの彼女には赤子の手を捻る程に過ぎない。
(野生の魔族か、将又あの魔導師が仕掛けた魔族か、どちらにしろ慎重に動いて)
「フッフッフッ……邪魔すんなら殴り飛ばすのみだよマスターッ!」
「えっ? おいちょ待て!?」
ソウジが制止する暇もなくフレイは拳に炎を纏い、魔族の群れへと突貫していく。
彼女の性格やパワーを加味するとして先手必勝の戦法は間違ってはいないだろう。
あくまでそれは肉体が万全の状態であることに限っての話……だが。
「イグニス・ドライヴッ!」
「キラッ!?」
流石の身体能力、幼児ではまずあり得ない動きにより背後へといとも容易く回り込むと先制の一撃を放とうとする。
普段ならばルイーナレクスをも軽々と殴り飛ばす破滅的な火力を有しており、人間が食らえば跡が残るレベルの拳撃……だが。
ボッ__。
「あれ?」
「キラッ?」
余りにも呆気ない発火と広がる疑問符。
着弾直前に焔は空間へと消え去り、全員が目を点にし、目の前の光景を凝視する。
一拍の末にようやく好機だと察したニアル・ウェニカ達は反撃と大群による総攻撃を絶え間なく仕掛けた。
「うわっちょ!?」
完全に無防備だが底力からなる決死の相殺と共に後方へと下がったフレイは自身が持つ焔の脆さに絶句を抱く。
「駄目、全然火力出なぁい!?」
「馬鹿ですね、ここは私に任せて」
入れ替わるようにセラフは巧みなコインロールの後に迎撃用と短機関銃を生成。
幼児の手にも収まる重厚感を醸し出す銃は迷いなく大群へと襲いかかるが。
ポポポポポ__。
「……はっ?」
放たれたのは肉体をいとも簡単に引き裂く弾丸ではなく、敵など倒せるはずもない陳腐な火力しか持たないBB弾の嵐。
豆鉄砲も鼻で笑う威力にセラフは思わず銃口を見つめ、想定を超えた弱体化の事実にセラフは唖然とするしかない。
「……我が主人」
「あぁ大丈夫、分かってるさ」
振り返った幼き熾天使へと一呼吸の末に勇敢な笑顔を捧げるソウジ。
この状況で誰よりも前に立ち、自尊心に満たされてるようなドヤ顔を浮かべた彼が取った行動は。
「逃げろぉぉぉぉぉぉッ!」
恥も外聞も捨てた逃走だった。
響き渡る絶叫と共にニアル・ウェニカの大群を突き抜け一目散へも闇へ駆けていく。
まさかの展開に出遅れた魔族達は決死に彼等を追うもののフレイ達の妨害もあって遂には対象を見失う。
物陰へと身を潜めたソウジは感情をこれでもかと爆発させる。
「マジで無理! あのクソ魔導師どんだけ弱体化させたんだよ!?」
愚痴の一つでも吐かなければやってられないとはこの事だろう。
フレイもセラフも共に幼児化のせいで本領発揮に程遠い状況は憤るしかない。
だが怒り狂えば閃きが落ちる訳でもなく、ソウジは瞳をピクピク動かしながら必死に考察を巡らせていく。
(どうする……どうすればこの崖っぷちを切り開くことが出来る、どの道魔導師をぶっ潰さなきゃこの旅路はここで終わる……!)
魔族を相手取るのは論外、かと言ってこの弱体化した状態であのヘレニカが待つ最奥まで到達出来るかと問われれば至難。
セラフの言う通り、搦手を行使する相手の術中に嵌っている中で尚も真っ直ぐに挑もうとするのは愚の骨頂。
「チッ……前方にまたヤベェのいるしよ。あいつも魔導師が仕掛けた奴か」
後方にはニアル・ウェニカの大群、前方には更に危険を極める口元から涎を垂らす存在が道を盛大に塞いでいた。
「メリアン・ドライバーです、赤い巨体のフォルムに見合ったパワーを最大の武器とする熊型の魔族です。間違いなく鉢合わせれば惨殺は必須かと」
「ぐぬぬ……この身体じゃなきゃ直ぐに殴りまくりのフルボッコにしたいのにッ!」
咆哮を上げるメリアン・ドライバー。
飢えに満たされ餌さえあれば直ぐにも喰らい尽くそうと瞳を光らせ、周囲を警戒する牙はカタカタと小刻みな音を鳴らす。
ソウジ達は選択肢を迫られる。
このまま背後からのニアル・ウェニカの群れに毒殺されるか、目の前にいる血肉を求める巨熊に喰い殺されるのかと。
どちらにしろ、まともな死に様にならない事間違いなしなのだが。
「ッ……待てよ」
瞬間、危急存亡が迫る中、ソウジの思考には一つの発想がふと過る。
全く理論的でもない馬鹿な提案、と一瞬脳内会議で却下しそうになったがこの現状を打開できる戦法。
「セラフ、お前のコインが作る物に制限はないよな?」
「生命関連でなければ私のコインに制約を掛けることは神すらも出来ません。しかし現状は創造出来てもあの怪物を撃墜する程の武器は厳しいかと思いますが」
「違うさ、逆だよ」
「逆?」
「強い武器なんて求めてない。俺が求めているのは今をもっと弱体化させる使い物にならない雑魚な武器だよ」
遂に思考回路が壊れたかと思われても致しかないソウジの突拍子もない発言。
疑問符を浮かべるセラフ達だが彼の真意は直ぐにも結果として現れることになる。
「バゥァ……!」
思考力が低い代わりに本能的な察知能力が極めて高いメリアン・ドライバー。
どれだけ息を潜めようとも直ぐ様気配を察知し、赤き血肉へと一途に襲いかかる。
鉄製の防具だろうと容易に貫く破壊力と第六感の鋭さは上位クラスと言っても過言ではない魔族だろう。
「バゥ……?」
食うか、寝るか、どちらしか考えない純粋な存在だが今回ばかりは珍しく思考に疑問を浮かべ周囲を見渡していた。
何かを感じる、常に食らってきた血の匂いが微かに鼻腔を刺激するが視界には一人として捕食する獲物は存在しない。
もどかしい思いに舌を何度も出し入れしながら鼻を鳴らし、異常の正体を探すが見つかる事はないだろう。
「流石は本能が鋭い獣だな、異変そのものには気付いてるなんて」
滑稽ながらも察知能力の高さにソウジはメリアン・ドライバーを大きく見上げながら感心の言葉を口にする。
確かに獲物はこの場に存在、いや正に現在丁度真下を走っているのだ。
だが気付くことはなく、心の内にあるもどかしさを解消する術などない。
「へぇ〜これは面白いねマスター!」
「逆転の発想だ、何事も中途半端は身を滅ぼすだけだからな」
「なるほど、だから私にこのような銃を作らせたと、良いパーフェクトな論理です」
セラフの手には普段の秀麗さとは違う珍妙な光りをする銃が一丁。
別にこの現代的ではないフォルムに深い意味はなく、壊滅的な破壊力どころか殺傷力なんて物は全く有していない。
いや寧ろ……何処で使えばいいのか分からないガラクタの性能を持つ代物だ。
「撃たれた者を肉体を更に縮小させ全てのステータスを下げる、このサイズならば気付かれる事もありませんね」
「俺達には制限がある、強力な武器を出そうにも弱体化してしまい仮に作れても道中で力を使いまくるのは悪手そのもの」
「それでこの小さくなる銃にしたの?」
「そうだ、デバフを与えるガラクタの代物なら幼体でも完璧に生み出せると思ってな。肉体を元の幼体に戻せる機能付きで」
強い武器が使い物にならないのなら敢えて弱い武器を有効に利用すればいい。
彼がセラフへと要望したのは更に頭身を下げ肉体を脆くする弱体化の効果を持つ銃。
デバフ持ちの武器なら幼児化の影響を受けずに創造できるとソウジは踏み、万が一の体力温存とエンカウントの回避を両立する方法を取ったのだった。
「この塵サイズなら幾ら強力なモンスターでも見つけられない、まぁ一度見つかれば即座にお陀仏のハイリスクだがな」
「しかし驚きですね、我が主人は堅実的な考えの方と考えていましたが」
「堅実で誠実ならお前の魂を熾天使メイドのアンドロイドなんかにしねぇよ、相手が卑怯すんならこっちだって卑怯だ、このまま突き進むぞッ!」
目には目を、卑怯には卑怯を。
意趣返しの如く、道中に連なる魔族や罠などをミニマムサイズの肉体を行使し、スルリと打破を続けていく。
誰も血を吹き出さないある意味最も平和的な攻略法、今の彼等にとってこの魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界を突破する手段はこれくらいしかないだろう。
奇天烈さと残酷さが入り混じったこの終わらない混迷を打ち破るべく、ソウジ達は一途に突き進むのだった。
「ママ、ママ、ママ! クル、チイサイナニカガヤッテクル!」
「ママヲタオスキ! ママヲタオスキ!」
「コワイコワイコワイヨォォォ!」
禍々しさが支配する深淵に潜む空間。
周囲にはこの絶望を生み出したエレンネ達が浮遊し、ママと呼ぶ存在へと切り裂くような声を木霊させる。
常人ならば不快を極める状況だが青髪を靡かせる妙齢の存在は己の子供達をあやしながら口紅が塗られた唇に笑みを溢す。
「へぇ、幼児化しても尚、あの罠を攻略していくとは相当な手慣れのようね。そういう子は大好きよ、折角なら私の赤ちゃんにしてしまおうかしら」
妖艶かつ冷酷さを兼ね備えた彼女の興味は奮闘する彼等へと注がれていた。
己の権威を意味する玉座へと腰を掛けながら艶かしく舌舐めずりを行う。
美魔女の真横には巨大な檻が設置されており数多の幼き絶望に満たされている人影が彼女を睨みつける。
「いい加減にしろ……また罪のない人間を貴様は自分勝手にッ!」
勇敢にも一人の幼児の身体をした男は異論を唱えるが即座に手元から放たれた雷撃の魔法が彼を容易に吹き飛ばした。
「ぐぉぁっ!?」
「いけない子ね、子供はママの言う事をしっかり聞くべきなのよ?」
蔑む視線を向けながら吟味していた紅に染まったワインを投げ捨てると彼女は盛大に場の冷たい空気を吸う。
「フフッ……どんな面白い可愛い子供が着てくれるのか、楽しみだわァ……!」
深紫に輝く瞳は不気味な熱を帯び始め、歪な情慾に満たされていく。
彼等を向かい入れるべく浮かべる彼女のえみは妖艶且つ邪悪さに満ちた身の毛をよだたせるものであった。