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第27話 創造主は幼児に還る

 昔々あるところに……と始めるべきか。

 この森林地帯に位置するレーナスの街は大国エルセリオン連邦が統括する内の一つに値する自治区。

 ハリエスと同じく女神アレルの信仰を強く推す国家の傘下ではあるが神聖王メルガス・ヴァルフィの姿勢によりハリエス王国ほど信仰の強制力はなく無神論者が多い街だ。

 田舎町故にその傾向は顕著、ある意味マレンと似た立場におり、天地戦には参加せず中立的な姿勢の色が強い。

 栄えた街であれど大国の都市に比べれば規模や防備は雲泥の差であり、魔族の大群でも現れればいとも簡単に蹂躙されてしまう。


「ですがそれでもここにはよく駐在場所として強い冒険者の人や隊商が来てくれるお陰でこの街は栄えてるんです」


 そんな田舎街だが住民同士は仲睦まじく、また立地的に魔族討伐の中継地点となる故に付近の冒険者ギルド、レクガスの本部から腕っぷしの冒険者が駐在する事が多い。

 本来の目的ではないにしろ、実質的に彼等が魔族からの脅威を振り払う役目となり、街は金や寝床、食料を与え、冒険者は代わりに魔族を守る相互関係が生まれていた。

 マレン王国とは詳細は違えど、争いとは然程無縁の中立的な平和がこの街にも保たれていたとワルトは言う。


「でも……それでも……それでも」


「あのエレンネという怪物の前には腕の立つ冒険者でも無意味だった……と?」


 言葉を詰まらせたワルトに助け舟を出す形で投げられたソウジの発言に彼を含め子供達は首肯を行い、肯定を示す。


「前触れなんてありませんでした、ある一人の魔術師が突如街に現れて……僕達の……パパとママを連れ去って」


「攫った? 理由は」


「分かりません……相手が一体何のためにそんな事をするのか」


(変な話だ、普通こういう攫う展開は子供を攫って大人が嘆く場面に陥るのが定番だが)


 ワルトの涙腺は段々と潤いを始め、抗えないやるせない絶望に悔しさを露わにする。

 詳細が語られずとも彼等の苦労は理解することは容易だろう。

 あのトラウマを植え付けるような怪物に喪失した両親という精神的支柱、そのダブルパンチが子供にとっては残酷過ぎるというのは周知の事実だ。


「ヘレニカ……そうあの女の騎士は僕達に名乗ったんです。エレンネという怪物を使って僕達の親や救出に向かった冒険者達を」


 言葉で発さずとも彼等の怯える表情が敵の強大さを物語っている。


「他に助けは?」


「最初は冒険者達も救出に来てくれましたが段々とエレンネの噂が広まると干渉する人も減ってしまって……僕達はヘレニカに監視されてる状態になってしまって」


「監視?」


「子供だけの街、誰もいないより子供だけいる方が相手の興味を惹き……新たな大人を連れてこれるって舞台装置に」


「つまりは利用されていると」


 不快そうに眉間にシワを寄せたセラフの言葉にワルトは頷く。

 子供だけの街、その真意は予想よりも遥かにどす黒い思惑が背景に存在する。

 ソウジ自身も聞かされる内容に感情を前面に出さずとも内に眠る感情は沸々と着実に煮え滾りを始めていた。


(だいぶそいつは……鬱展開だな)


 この年端もいかない子供に対しての仕打ちはまさに外道、ライトノベルならばかなりヘイトを買うキャラだろう。

 大人を攫い、更に攫う為の罠として子供達を恐怖の支配下に置かれる街に設置するというのは常軌を逸している。

 情報収集として訪れた美しき街に潜む闇の底は深く、不愉快を極めていた。


「そいつは、許せないかもね〜どんな理由があろうとさ」


 ふと背後からは幼年の者と戯れていたフレイの力強い声が鳴り響く。

 振り返った先には相変わらずの笑顔ながらも怒りが醸し出しており、呼応するように髪先にある炎は燃え上がっていた。 

 答えは決まっていると言わんばかりの視線を送る彼女にソウジは笑みで返していく。


「理性的に考えてもこの蔓延る闇を放置するという選択肢を取るのは適切ではない案件だと考えます、我が主人」


 追随する如く優雅に足を組むセラフも創造主へと殴り込む選択肢を促す。

 二人の後押しはソウジの内に存在する決意を着実に固めていた。


「分かってるさ、もしかたしらこの悪夢の元凶がパラダイム・ロストの情報を持っている可能性もあるからな」


「パラダイム・ロスト……?」


「ん? まさか知ってるのか!?」


 ソウジの発言に何か思い当たる節があるような様子を見せるハイド。

 まさかこの子供が知るはずがないと高を括っていた彼は面食らい、昂った感情で姿勢を前面へと傾ける。


「えっあっ……は、はい、実は僕のパパは考古学者であって少し前にママと調べ事とそれっぽい名前の話をしていたような気が」


(考古学者……筋は通ってる)


 パラダイム・ロストは古代兵器の類、考古学に知見がある存在が調べていても何ら可笑しい話でもない。 

 明確な利益も生まれた事実にソウジの心は完全にある選択肢へと傾き、その意志は強固な者へと変貌を遂げていく。


「分かった、俺達で良ければ君の街に蔓延る事件を解決させて欲しい」


「ッ! ほ、本当ですか……!?」


「あぁ、男に二言はない、丁度俺も君のお父さんが調べているものに興味があってな、クズ魔導師もついでにぶっ飛ばしてやる」


「あ……ありがとうございますッ! 本当に、本当にありがとうごさいますッ!」


 絶望の振り払いに感極まってかワルトは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも感謝の弁をソウジへと向ける。

 打算も含めて彼等を救わない選択肢など取るはずもなくヘレニカと名乗る騎士の討伐は既に決定事項であった。

 己が執筆していた作品も街を救う展開は度々存在し、模倣している状況にソウジは何処か自分が主人公のように錯覚して不謹慎ながら心を若干興奮させる。


「大丈夫、俺達が絶対にお父さんとお母さんを救出しに行く。あのエレンネとかいう怪物どうってことないさ、ってちょっと光線に当たっちまったけど」


「えっ?」


「ん?」


「へっ?」


「はっ?」


 そう、皆を安心させるべく自虐も交えて会話を投げ掛けた時だった。

 ハルトだけでなく場にいる子供達全員がソウジの発言に目を見開き、唖然と困惑が混じる形相で顔を青ざめさせたのは。


「あの光線ですか。私も爪先に若干触れましたが外傷の反応はありませんでしたね」


「私も少し肩に触れたけど痛くも痒くもないし、この炎に比べたらあんなの全く屁でもないってやつよ!」


 続いて発せられたセラフとフレイの言葉に更にハルトの顔は血の気が引いていく。

 誇張なしに世界が終わったかのような絶望が表情筋へと侵食し、身体を震わす。

 まるでこちらが禁忌を犯してしまったような彼の顔はソウジの思考に焼き付いた。


「ど、どうしたんだ?」


「……しまったんですか」


「えっ?」


「当たってしまったんですか……たった少しでもあの光線にッ!?」


 明らかに直撃すれば一溜りもないだろうと察せる眩く禍々しくも結果は肩透かしを極めていたあの光線。

 肉体には傷一つどころか神羅織を含めた装束にも傷は存在しない。


「あぁ、まぁでも別に三人とも掠めた程度だし別に外傷とかもなくて「駄目です!」」


「駄目なんです、ほんの少しでもあの光に当たってしまうとッ!」


 好青年で穏やかだったはずの彼はこちらの発言を被せる勢いで感情を爆発させ、ソウジ達へと詰め寄る。

 その只ならぬ剣幕に後退りしながら話を聞くも当の本人であるハルトは落ち着く気配がない。


(何なんだ一体……あのエレンネが放った光線に何があるって言うんだ、別に毒みたいな効果がある様子もないのに)


 と、異常の域に達している彼の様子に困惑を抱くソウジだがハルトが焦りに満たされている理由は直ぐにも判明することになる。

 いや、自らの肉体を持って痛烈に体験することになったと言うべきだろうか。

 顎に手を当てる彼だがふと浴びせられる目線に顔を上げるとフレイとセラフは驚愕の表情に包まれていた。


「ん? どうしたお前ら」


「えっちょ……マ、マスター……!?」


「これは……どういう」


「はっ?」


 理解出来ないという言葉を体現したような唖然に満たされている形相。

 瞬間、ソウジの視界は変化を遂げ、フレイ達の肉体が急速に巨大化していく様が己の瞳へと深く焼き付く。


「ちょ、なんかデカくなってないか?」


「マスター違うよ! 私達がデカくなったんじゃなくて……マスターがなったんだよッ!?」


「へっ?」


 鼓膜へ響くフレイの悲鳴にも似た回答。

 何事かまるで理解が追いつかないソウジだが己の身体へと視線を落とすとただ事ではない事態が広がっていた。

 ブカブカとなった神羅織、自らの手はまるで子供のように小さくあどけない。  

 段々と声色も少年特有の高音へと変化し、喉仏は瞬く間に萎んでいく。

 青年へと成熟しかけていた肉体は見る影もなく、代わりに幼さ丸出しな体型へと変貌。


「って……お、お前ら?」


「ん? うわっ!? 何これッ!?」


「これは……一体」


 彼だけではない。

 僅かに時間差を置いて幼児みたく縮んだソウジに続いて美少女二人もみるみると背丈が縮み、骨格は幼稚に変化していた。

 精神年齢は維持したままなのが高校生と言うべき体格は瞬く間にあどけないか弱い生き物へと姿を変える。

 ようやく彼等は理解する、あの悪辣な赤ん坊の怪物が放った無害と思われる光線が持つ効果と恐ろしさを。


 真の意味、それは触れた相手の肉体年齢を幼児にまで下げてしまう能力。

 ショタ化するという斜め上の効果は流石のソウジでも考察が及ばなかった。

 幼き頃の記憶がふと蘇る姿にソウジは焦りに満たされつつもあの光線がこの事態の原因という事実を自覚する。


「なっ……なっ」


 幾ら否定しようが目の前にあるのは現実、夢でも幻でもない紛れもない真実。

 わなわなと震える掌をもう一度見返すとやはり豆粒のように小さな手は己の肉体だと事実を再確認せざるを得ない。

 試しに頬を抓ってみても残ったのは現実を知らせる痛みだけである。


「何じゃこりゃァァァァァァッ!?」


 歪んだ空気が支配するこの美しき街、幼少期へと巻き戻った肉体に驚愕を示すソウジの絶叫は痛烈に響き渡るのだった。

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