目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第17話 理想郷の真相

 早朝五時、多くの商人や露店関係者は既に起床し仕事の準備に取り掛かっている時間帯であった。

 とは言うもののまだ国は寝静まっており、昇り始める朝日も相まって景色は秀麗に包まれている中、事態は急転を迎える。

 静まり返った中枢区域をバックにこの状況を生み出したソウジは爽快に切り出す。


「皆さん、よくぞお集まりいただきました」


 探偵ドラマさながらのセリフ。

 ソウジも何処か意識しながら見合わない誇張した演技を込めて周囲の空気を掴む。

 不敵な彼に視線を送る集められた者達、女王のセイン、宰相マイダス、親衛隊隊長カリム、財務官レハス、外務官サーレ。

 更には何事かと集まった使用人や親衛隊の部隊全員がソウジへと疑念の瞳を向ける。


「何だね朝っぱらから……こちらも珠栄祭の最終確認もあり暇ではないのだが」


 不満の口火を切ったのはレハスだった。

 眉間にシワを寄せながら何の理由もなく召集された現状に不服を露わにする。 

 周囲の者も口には出さずともレハスに同意を示す無言の肯定を繰り出す。


「ご迷惑をお掛けしたことはここに謝罪します。しかし今回の件は「ねぇマスター」」


「何でそんな似合わないキザやってんの?」 


「うっさいな黙ってろ!? コホン……今回の件は今日中に話さなければならない事だと俺は考えているのです」


 横槍を入れたフレイに思わず素が出てしまうが気を取り直すと再度ソウジは自称探偵モードのカッコつけた雰囲気へと戻す。

 周囲は「何を見させられていらんだ」と呆れた視線を送るが次に彼が放った一言により場には息を詰まらせるような緊張が走る。


「ザイファ財団、彼らを指揮する黒幕が狙う日は珠栄祭ではない。父上を尊敬し、一つのことを深く信じてしまうこの国の弱点を利用して実行日を敢えて油断している前日や後日などに仕掛けると俺は考えています。そして黒幕はこの王宮内に存在する」


「ッ……!?」


 断言にも等しい強い口調で内通者と真っ直ぐに繰り出したソウジに全員が衝撃に満たされていく。

 唖然の表情は次第に誰がこの国を陥れる黒幕なのかという恐怖と疑念が入り交じった物へと変貌を遂げた。


「ソ、ソウジ様それは本当なのですか?」


「この中に黒幕が……?」


「そ、そんなはずがないでしょうッ! 馬鹿も休み休みに言いなさいッ!」


 カリム、サーレ、マイダスと立て続けにソウジへと多様の声を投げ付ける。

 女王として冷静を装い静観を貫いているセインも真実への切望を隠しきれてない。


「第一に黒幕の目的は女王陛下の失脚を狙っていると俺は読んでいます」


「私の失脚……?」


「セインさん、貴方には血の繋がるご家族や子供はいらっしゃいますか?」


「いえ……両親は子宝に余り恵まれず生まれたのは私一人だけであり、子供もいない愚か婚約も行っていません」


「そう、貴方さえ失脚すれば正当な後継者は存在しなくなる。例えば貯水庫を破壊でもすれば簡単にこの国の長を引きずり降ろせるでしょう。ここは良くも悪くも水が全てを決めますから。黒幕はその混乱に乗じて国家を乗っ取ろうとしたと考えています」


「はぁッ!?」


 度し難いにも程がある考察に空気は急速に殺気走った物へと変化を遂げる。

 それもそうだろう、協調性が非常に強い関係故に内通どころか国家転覆を狙う者がいるという話は信じ難いのだから。

 当然のようにレハスやマイダスはソウジへと批難の声を荒げていく。


「な、何を言うか貴様ッ!? 我が国でそんな愚行をする必要性が何処にあるッ!」


「この内部に国家転覆を狙う者がいるですと……!? 馬鹿な事を話すのもいい加減になさいッ!」


 怒りに塗れる気迫はまさに鬼であり、気を抜かしていれば思わず萎縮し、これ以上の反論をソウジは止めていただろう。

 だが腹を括った勢いに身を任せる彼にはその程度の脅しに怯むことはなかった。


「確かに普通の者ならこの国を破滅させるなんて魂胆に陥ることはないでしょう。しかしもし黒幕が……何かに染まっていたら?」


「染まる?」


「詳しく言うのであれば……真の黒幕はアレル教に染まっている」


 アレル教……人類史上主義を掲げる魔族の淘汰を目的とした女神アレルを絶対的な母体とする巨大宗教組織。

 多民族主義と相反する思想はマレン王国にとっては邪教そのものであり、名前だけでも嫌悪感を示す者も多い。

 顔を歪ませる周囲を見渡すとここでソウジは一か八かの賭けに出る。


「ところで皆さん、俺が着てるこの装束、なんだか分かりますか?」


「装束……?」


 ピンと来ていないセインは首を傾げ誰もがこの純白を基調とした羽織物を目にしても特に疑問を抱く視線は見当たらない。


「これは神羅織、アレル教が崇拝するアリシオン神話に登場する三十の神々が着用する代物をモチーフにした装束です」


「神羅織……言われてみれば確かそんな物があったような……って、えっ? 何故ソウジ様がそのような物を?」


「お明かししましょう、俺は元々ハリエス王国女王サリアによってこの世へと転移をさせられた者、魔王魔族討伐の命を受け、英雄としてアレルにより神の力の一部を得た者です。邪神と定められ追放された身ですが」


 瞬間、親衛隊だけでなく使用人、役人までもが反射的に魔法陣を顕現すると同時に目の前の存在を潰そうと臨戦態勢を整える。

 全てを理解した訳じゃない、だが女神アレルの恵みを受け、アレル教を崇拝するハリエス王国の刺客という事実だけでも警戒を抱くには十分過ぎる素材だった。

 一触即発の雰囲気が場を呑み込み、フレイも対抗として拳に焔を纏わせ始めるもソウジは直ぐ様彼女を制止する。


「貴様が……アレル教の刺客ッ!?」


「ふざけるな……俺達を淘汰する気かッ!」


「出てけこの邪教の刺客ッ! アンタがこの場にいる刺客なんてないッ!」


 レハスを含めた亜人などの魔族出身は人間主義を掲げるアレル教を特に嫌悪しており、形相は殺意に満たされていく。


「俺を殺したいのなら止めはしません。ですがこの話が終わってから決断を行っていただきたい」


 一歩間違えれば殺し合いにも発展しかねない場の空気は実に居心地が悪い。

 気丈を演じるソウジも思わず冷や汗が溢れるが吐息に近い呼吸と共に精神を整えると再度自らの世界に全員を引き込む。


「今の反応で何となく理解できました。この場にいる者は俺の衣服を見ても言われるまでは気付かず民衆もコレに気付く者はいなかった。当然です、マレンはアレル教の信仰を禁止し、天地戦から逃れる為にやって来たこの国の住人ならルールなくともアレルを信仰しない。しかし一人だけいたのです、この神羅織を初対面から注意深く見ていた存在が」


 反論する隙を許さず畳み掛けるように真実を突き詰める。

 この惨憺たる悪夢の真相、漆黒に塗れる存在を鋭い瞳でソウジは痛烈な睨みを放った。


「貴方ですよね? サーレ外務官」


「……えっ?」


「サーレ外務官ッ!?」


 一斉に視線が彼へと注がれると本人は瞳を激しく揺さぶらせる。

 知性を表していた端正な顔は大きく変貌し、無意識に彼は半歩だけ後退った。


「視線や表情ってのは結構大事なんだってセインさんに教わったよ。アンタ、チラチラ見過ぎてたんだよ。この神羅織をまるで知っていて畏怖するような表情でな」


「い、いきなり何をソウジ様?」   


「アンタだけは俺の目線よりも少し下にいつも視線を向けていた。レハスさんがこの装束を貶した時、人一倍怒っていたしな」


「なっ、出鱈目に過ぎませんッ! それに考えてください、私の役職は外務官、国家維持の為に他国やアレル教を信仰する国々に出向き関わることは多い! 知っていても何ら可笑しい話ではないッ!」


 ケイトの代から仕える重鎮の一人。

 閉鎖的かつ盲目的とも言えるこの世界故に各々の関係性は深く信頼感は根強い。

 だからこそ、彼の唱えた推理に困惑は瞬く間に蔓延し、中には「そんなはずがない」と感情的な反論を荒げる者も現れる。


「ソウジ様、貴方が何を思い今時の結論に至ったのかは理解しかねますが正に愚の骨頂。私は潔白、濡れ衣は止めてもらいたい!」


 反転攻勢と優雅な所作と共に己の無実を高らかに宣言を行う。

 だがソウジは「待ってました」と言わんばかりに相手を怯ませる不敵な笑みを浮かべ、得体のしれなさを演じていく。

 敬語を解除し、敢えて少しばかり荒げた口調で畳み掛けるように攻め込む。


「あぁそういえば……俺達がザイファの集団を討伐した時、取り逃がした財団の男はこんな事言ってたな「あの服は神羅織の」って」


「そ、そんな事言っていませんッ! 私はただ「あの服まさか」と……ハッ!?」


「自分で言ったな? 今のはブラフだよ」


 突発的に発した明らかなる動揺。

 即座に気丈に振る舞おうと表情を整えようとするが既に後の祭り。

 周囲の空気は段々と正反対へと傾き始め、信じて疑わなかった者達まで彼の表情と焦りに懐疑心を抱き始める。


「それにアンタはフレイの名を発するのに少しばかり時間を有した、俺が思うにアンタはあの戦地で彼女が発したバルミリオンって言葉とフレイの言葉を混同したせいで名前がスッと出てこなかった」


「確かに……あの時サーレは彼女の名前を発するのに数秒程の沈黙がありました。まるで情報を整理しようした表情と共に」


 人の本質を深く見るセインも聞き逃しをすることはなく、彼が一瞬だけ見せた不穏な動きを鮮明に記憶していた。

 証拠ではなくとも複数の証言者がいる現状は間違いなく相手を追い詰めていく。


「ソウジとフレイ、互いに三文字の言葉で片方だけ詰まるなんて可笑しい話だろう? 別に言いづらい名前でも覚えづらい名前でもないしな、つまりアンタはあの砂上の決戦で逃げ果せた男の正体だ」


 加速する美丈夫への疑念、若年であるセインやカリムや既に威圧を込めた睨みを効かせるが四面楚歌に陥る存在は激昂を轟かせる。


「……証拠は? 証拠はと聞いている。貴様が言うことは全て証拠のないただの空想的な推理に過ぎないッ! 言い詰まった? チラチラ見てた? そんなの全て言いがかりだ! 言いがかり! 言いがかり! 言いがかり! 言いがかりィィィィィィィィッ!」


 壊れた機械のように同じ言葉を放ち続ける様相は普段の姿からは到底考えられず一種の狂気にも似た物が彼を支配する。

 堪らず全員が顔を引き攣らせ、また言いがかりという物言いにも一理ある現状にサーレは表情を強気に満たしていく。


「……あるさ」


「はっ?」


「証拠ならある、アンタの中に」


 柳に風と冷静に放たれた反論。

 呆れも含まれた瞳を投げ付けたソウジは慈悲を与える間もなくトドメの一撃を放つ。

 瞬間、理性的ではない彼へと急速に迫ると乱雑にサーレの衣服へと掴みかかった。


「な、何をする貴様ッ!?」


 予期せぬ奇襲に魔法を発動する暇もなく彼は為す術もなく床へと押し倒される。

 必死に猛り狂うサーレの抵抗が襲いかかるもソウジは無情に左肩部分の衣服を引き裂き、肉体を露にさせた。


「なッ!?」


 悲鳴にも似た絶叫が相次いで轟く。

 無理もないだろう、彼の左肩は酷い火傷に満たされているのだから。

 傷は塞がれているものの、完治と言うには程遠く拳面のような凹みの跡がくっきりと残っている。


「やっぱりな、アンタは昨晩俺へと珠栄祭の紙を渡す時にわさわざ右手へと持ち替えた。だから思ったのさ、フレイから食らった炎をアンタはまだ完治出来てないってな」


「こ……これ……は」


「フレイの拳撃は跡が残る程の威力を誇る、他の盗賊達も全員、アンタと同じ彼女の拳面が残っていた。あの時リーダー格の男は逃走の際に左肩へとフレイの一撃が被弾している。これこそ何よりの証拠だ」


 倒れ伏せる彼の身体から手を離すと完全な確信へと変わったソウジは冷たい視線による蔑みを意味する見下ろしを行う。

 沈着に物事を進めようと心掛けてはいるものの、一連の行動や言動に立腹な彼の瞳は相手を悪魔と錯覚する程に背筋が凍る感覚を抱かせていた。


「まだ、反論はあるか? 何を理由にそうなったかは知らないがどの道アンタは皆が守ってきたこの国を売った裏切り者だ」


 あくまで演技として発していた強気で粗暴な口調も今では心からの怒りが声色に乗せられている。

 暴かれた真相と謀反者、誰もが否定的な瞳を向ける中、乱雑にはだけた衣服を直した存在はゆっくりと立ち上がる。


「……あー」


 沈黙の空間に響く気の抜けた声。

 突如、髪を激しく掻きむしったかと思うと両手で顔を覆い隠す。

 整合性のない一連の奇行と言える行動に誰もが困惑を抱いていると。


「ベロベロバァァァァァァッ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァッ!」


 高らかな笑いと幼稚染みた妙ちくりんな挙動が全員の思考へと深く焼き付いた。

 下品に舌を出しながら煽り顔を浮かべる様は滑稽を極めているが同時に知的な平素との歪なギャップが恐怖心を与えていく。


「あぁもう、クソ王女と同じガキだからって油断してたわ、ガキはガキらしくこの国と同じく馬鹿みたいに生きればいいのに」


 演じていた仮面の内に眠る素顔は忠誠心の欠片もない傲岸不遜な態度だった。

 同一人物なのかすらも疑わしい変貌ぶりに翻弄される周囲を嘲笑うかのように彼は白旗を意味する言葉を放った。


「そうさ、俺こそが黒幕ってやつ……だ!」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?