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第16話 真相は砂上に眠る

 舞台は王宮内へと切り替わる。

 久々の単独行動となったソウジは顎に手を添えながら自身が持つ情報を整理していた。

 とっ散らかっていた推理は段々と彼なりの構築が始まるものの、それでも出鱈目の域を抜け出せてはいない。


(決定打みたいなのがまだない……クソッ、歯痒くてたまらないぞ)


 間違いなく違和感はあるのだがどうも確信へと変わらない状況にソウジは眉間にシワを寄せながら頭を掻きむしる。

 熟考を重ねていくが踊らされている現状を覆す結論には結びつかなかった。


 煮詰まるしかない状況に立ち上がったソウジは宛先もなく王宮の散策を始める。

 星空と焔の灯りが照らす空間は実に幻想的で強張っていた根幹の心を解していく。

 リフレッシュも兼ねた行動から静寂が包む王宮内の廊下をただ只管に進み始めるが前方には二人の影が佇んでいた。


「全くセイン女王陛下も困ったものだ! 力はあれどあのような蛮人に頼るとは姫としての尊厳はないのかッ!」


「落ち着いてください財務官、これまでザイファの駆除が出来ていないのは我々の責任、彼らに文句を言う資格などありませんよ」


「だがあの若造の親衛隊隊長も含めてもっと支配者としての誇りを……ん?」


 一目見ただけで正体を理解出来る。

 レハス財務官、サーレ外交官、一悶着があったマレン王国の重鎮達は人目を気にせずに口論を展開していた。

 余り顔を合わせたくない相手にソウジは息を殺し逃れようとするが悲運にもレハスと瞳が重なってしまう。


「貴様はあの時のッ!」


(げっ……逃げれなかったか)


 怒り心頭で迫るレハスへと心で溜息を漏らしながらソウジは戦々恐々とした面持ちで相対した。

 瞳から迸る怒気は紛れもなく憎悪を孕んだものであると見て取れる。  

 付近にいた使用人や警備兵達は一触即発の空気に顔を引き攣らせた。


「貴様……ソウジと言ったな、例え女王陛下が認めようと私は貴様を認めぬぞッ! その陳腐な服に身を包む輩なんぞどうせ財団と手を組んだ刺客だと!」


「お止めください財務官ッ! 関係のない身なりを蔑むのもは侮辱行為ですよッ!」


 異常に怒気を増した声でサーレは再び憤怒を一方的にぶつけるレハスを咎める。

 彼だけが敵対心を剥き出している浮いているのかと思われているが現実はより深刻な状況に置かれていた。


「ねぇあれ? セイン様が依頼したっていう旅人、不思議な魔法を使うのでしょう?」


「と言ってもお人好しが過ぎない? カリム隊長を助けたとはいえ赤の他人でしょ?」


「また女王は感情だの表情だのを見て判断したのか。全くあれであの男が実は組織が差し向けた刺客とかだったらどうすんだよ」


「宰相とかは念押ししていたけどよ、やっぱりまだ政治権を持つのは早いんじゃないか? あんな少女にこの国が務まるとは」


(どうも警戒されてんな……ザイファの脅威が高まってる中で何処の馬の骨かも知らない奴が現れたらそうなるのは必然か)


 四方八方からヒソヒソと鼓膜に響く疑念を意味する声とセインへの批判の数々。

 だがこのきな臭い状況では警戒する疑念に塗れる空間ではこの仕打ちも当然だろう。

 腹が立たないと言えば嘘にはなるがソウジは怒りを抑え、冷静に応対を行う。


「確かに貴方の言う事は分かります。ですがこちらも女王直々に依頼をされた身、疑われるような事は決して行っていません」


「な、何だとこのガキがッ!」


「ガキだろうと大人だろうと! 目指すべき道は同じです、確かに俺は部外者ですよ。でも女王様とこの国を守りたい気持ちに変わりはありません。ここで争っても内通者の思う壺にしかなりませんよ」


 街に出てみて更にこの国の理解度が鮮明となったソウジは女王と同じく守りたいという強固な感情に包まれている。


「そんな言葉が通用するとッ!」


「認められないならくらいは差し上げても構いません。それが貴方に対する忠誠の意味になると言うのなら」


「なっ……!? 貴様正気か「俺は」」


「本気で言っていますよ」


 物怖じしない反論と決意にレハスは懐疑的な強気な姿勢は崩されていく。

 右目を差し出すという強烈な提案、だが創生の奇書の使い方次第では幾らでも失った部位を再生することだって出来る。  

 やり直しが効くからこそ信頼の為ならと襲いかかるであろう激痛は覚悟の上でソウジは力強くこの提案を放った。

 人一倍警戒心が強い彼はソウジの睨みから目を背けるとボソッと心境を漏らす。


「私達は築き上げてきたのだ……お父様の代からこの国を維持するべく、中立の楽園であろうとするべく、幼い姫君を守るべくッ! その聖域をこんな何処の馬の骨かも分からぬような奴に……踏み込まれるのは」


「お父様?」


「トゥラハ・ケイト……セイン女王陛下の父親に当たる存在、この国を他国からの脅威を防ぎ、中立的立場に置くべく尽力した偉大なる御方だ。幼い娘を残して志半ばで病死してしまったが」


 心酔にも近い相当な忠誠心を持っているのだなとソウジは内心分析を行う。

 嫌味で悪辣にも思えた姿勢は父の代から守り続けてきた聖域だからこそ外部の人間への当たりは非常に強かった。

 セインに対する言葉も国を守りたいが為の先走った事ではとソウジは理解する。


「……貴様が生半可な気持ちでこの場に立っていない事は分かった。だがこの問題は我らでも解決に至っていない事。そう安々と終わらせられる話ではないぞ」


 ほんの少しだけ態度を軟化させたレハスはソウジへ釘を刺すように忠告するとその場を足早に去っていく。

 一か八かの右目作戦は周囲の者達の度肝を抜き、向けられる懐疑的な視線も軽減の一途を辿った。


「申し訳ありません。レハス財務官は特にお父様を敬愛しており……亜人故に苦難な出来事も多かったようで。彼だけじゃない、ここに住まう者は皆、終わらぬ種族の争いから逃れたいと思う者達なのです」


 事の成り行きを見守っていたサーレは溜息と同時にこの国の価値を語る。

 言われてソウジは何処か周囲の表情には疲れているような一面が垣間見え始めていく。


「失礼、女王陛下からご紹介がありましたが私はマレン王国外務官サーレ、他国との協定や会合の職を務め、レハスと同じく父の代からこの国に仕えています」


 激情的なレハスとは対照的にサーレの挙動は礼節を極めており、長身からなるお辞儀は劇を鑑賞しているかのように美しい。


「全くザイファにも困ったものです。足取りが掴めない所か鍵の情報なども掴まれる有り様で皆の疲労も重なっており……しかし明後日に行われる珠栄祭にて財団は大きな動きを見せるのではないかと王宮の者の大半はそう考えています」


「珠栄祭?」


「マレン共和国で行われる五年に一度行われる国家の繁栄を祈る伝統的な祭典です」


 サーレは左手に所持していた紙を右手へ持ち替えるとソウジへ手渡する。

 珠栄祭……マレン王国にて代々開催されている国家の繁栄を祈る大規模な祭典。

 中枢区域には出店が並び、祭典用の催しなどが多数開催される国家レベルのどんちゃん騒ぎと言っても過言ではないだろう。

 国総出の規模故にセインを含む王宮関係者も出席は義務とされ、放棄の選択肢を取るのは冒涜行為だと激しく非難される。


 渡された珠栄祭の詳細及び、警備体制などの計画が細かく記載された麻紙には夥しい文字がぎっしりと詰められていた。


(珠栄祭……確かにこいつは相当規模の大きい祭典のようだな。五年に一度と言うのも理解出来る)


「国家規模の行事故に警備も各地に設置する為、貯水庫は手薄になります。勿論警戒体制は敷きますがそれでも……」


「祭りの中止は?」


「出来ません。珠栄祭は中立国家としての士気にも関わる行事です。中止にすれば少なからず国内で抗議……いや暴動を起こす者達も出てくるでしょう」


「なるほど、ザイファからすれば行動を起こすにこの上ない好機、ですね?」


「はい、恐らくカリムや女王陛下が貴方達を認可したのもこれが理由かと。あくまで想定ですが選択肢の一つとしては有効です。では失礼します」


 意味深な忠告を言い残した視線が低いサーレは再び丁寧な礼と共に立ち去る。

 珠栄祭、常識的に考えればこのタイミングは絶好の中の絶好と言える機会だろう。

 国総出の祭典かつ女王陛下自らが表に立つ、いや正確に言えば立たざるを得ない祭りの域を超えた行事。


(何なんだ……この違和感は。このまま珠栄祭だからと突き進んでいいのか?)


 だがソウジは納得には至らなかった。

 心の奥底に存在する疑念は全く晴れず、常識だからと身を委ねるのは危険だと己の本能が必死に訴えている。

 分かっている、だが分からない、矛盾した相反する感情が彼の中で蠢いていた。


「クソッ……何なんだよ……!」


 歯痒いで止まっている自分に怒りの言葉が漏れてしまったソウジは街並みが見える窓へと手を着く。

 段々と苛立ちが募り、理性を壊す昂る感情を冷却しようと必死に己を落ち着かせる中、透き通る声が両耳へと響き渡る。


「あら? ソウジ様」


 振り返らなくても分かる。

 だが念の為の確認として振り向いた先には薄紫の秀麗な髪が靡く天使が佇む。


「ッ……女王様」


「そんな固い言い方はされないで。セインと呼び捨てでも構いません」


 多数の使用人を引き連れていたセインは待機の指示を命ずると彼の隣へと足を運ぶ。

 近くにいるだけでも香水からなる甘美かつ女性的な匂いが鼻孔を刺激し、彼女の秀麗さはより際立つ。


「何か、真相などは掴めましたか?」


「いえ……ある程度の目星は付いていますがまだ確信には至っていません。ただここの者が言う珠栄祭に動きがあるというのは違うと俺は考えています」


「理由は?」


「確かに国家規模の祭典であり貴方も表に立たなくてはならない行事。しかし全員が警戒を行っている中で動きを見せるのはリスクが大きい。それに……こうこのままじゃ黒幕の思う壺って感覚が……何というか。珠栄祭をフェイクに使ってんじゃないかというか」


 パッとしない歯切れの悪い推理にソウジは思わず情けなさと羞恥心に満たされるがセインは何故か微笑を浮かべていた。

 突如向けられた微笑みに思わず心臓の鼓動は高鳴りを始め、困惑が思考を包んでいく。


「やはり……面白い視点から貴方は切り込めるのですね。私の直感に間違いはなかった」


「どういう事ですか?」


「あの鍵を用いた見定めの際、私は貴方に潔白だけでなくもう一つの可能性を感じていたのです」


「もう一つの……可能性?」


「貴方は面白い視点、柔軟な視点で物事を捉えられる人だと。常識のルールに縛られることはない。そうまるで異世界から来たかのような自由さを私は感じたのです」


「ッ……!」


 中立国家であり、女神アレルの息が掛かっていないセインは彼が異世界からの転移者だと言うことを知るはずがない。

 ソウジもその事は理解しているのだが予感とは言え、真実に辿り着いている考察へと思わず動揺を隠しきれなかった。


「この国は天地戦という種族の争いを放棄した者達が父の代から集まっている。故に協調性が高く考えも良くも悪くも纏っているのです。珠栄祭で動きがあると話題に上がれば誰もがそれを信じて疑わなくなってしまう」


 理想郷とも思えたマレンに蔓延る弱点。

 同じ思いを持ち、争いから逃れ、聖域の守る為の団結心が強いからこそ全体として盲目的な一面が存在している。


「私もソウジ様と同じく珠栄祭の考察は間違いではないかと考えていました。しかしここにいる者の大半は父の代からの継続であり私を若造だと認めない者も多い」


「だから俺に可能性を?」


「自分勝手なことは理解しています。ですがこの空気を打破できるのはしがらみのない貴方達しかいないと判断したのです。本来なら私が解決しなければならないのですが」


 誰かに頼らざるを得ない己の不甲斐なさに憂いた雰囲気のままセインは俯く。


「魔王ヴァルベノクに女神アレルの信仰、双方からの開放を意味する理想郷を守らなくてはならない唯一の後継者なのに私は……情けない女王です」


「……ん?」


 不意に漏れた彼女の弱音。

 だがそれはこれまでとっ散らかっていたソウジの違和感を急速に結びつけていく。


「待ってくださいセインさん、開放ってのはつまりこの国はアレルの信仰を行っていないという事ですか? つまりは彼女が登場する神話なども深くは知らない」


「えっ、えぇ……ここは天地戦の争いから逃れた者の集まり。人間主義を掲げるアレルの信仰は禁止されており、信仰する者など一人もいません。神話に関しても皆薄っすらとしか分からず詳しい者はいないかと」


(……そうか)


 繋がる。


(そういうことか)


 繋がり、そしてまた繋がる。

 あの街での出来事、王宮でのやり取り、全てが急速に繋がりを始める。


(だとすれば……あの挙動もッ!)


 散り散りだったピースは嘘かのように急速に組み立てられる。

 脳内で次々と点と点が線となり、そして一つのある物語へと結びつく。

 完成された結論、それは荒削りではあるが試してみる価値はある物であった。


「ソウジ様?」


 突如無言となったソウジにセインは心配の声を上げるが当の本人は一拍の末にある決意を抱くと少しばかり口角を上げる。


「セインさん、貴方の力を少し借りたい」


「えっ?」


「明日の早朝、全員を集めて欲しいのです、一つだけ確かめたいことがある。もし俺の考察が正しければ……この混乱をしかいません」


「私……だけ?」


「きっと皆、これが真実ならまともな心ではいられなくなる、そんな時に誰よりも動けるのは貴方だと思うんです」


「し、しかし……私は」


「若いからとか、そういう固定観念なんてクソ喰らえですよ。貴方はお父様の代わりでも傀儡でもない、一人の強いセインって名の誇り高い女王様だって俺は信じてます。じゃ、宜しく頼みます!」


「えっちょ、ソウジ様!?」


 彼が何を思い、何を確信したのか、セインは彼の胸中を理解できずその場を離れるソウジの背中を見送るしかない。

 だが苦境に立たされ迷える姫君には彼のある言葉が鳴り響いていた。


「私だけが……止められる」


 何処か勇気を奮い立たせるような彼の忠告はセインの心へと浸透し、希望の炎が微かに燃え上がり始める。

 吹き込んだ風が美しい薄桃色の髪を揺らすとセインはまだ知らぬ明日という未来を見据えるように目を伏せた。

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