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第15話 楽園の営み

「らっしゃい! らっしゃい! おっそこのべっぴんさん少しどうだい? このお魚は新鮮だよ〜!」


「旦那ぁ、この野菜はどうだい? これ一つで一年分の栄養が賄える代物だ。お代はいらないよ!」


「そこのお兄さん、ちょっと寄っていかないかい? サービスするわよ?」


 ラインハルト第二歓楽街。

 王宮を巡る不穏を知らぬマレン王国が誇る最大の中枢区域は満点の星空に照らされながら喧騒と活気に包まれている。

 多民族国家らしく人間と魔族は賑々しく大きな啀み合いのないヒエラルキーを形成する楽園が築かれていた。

 入り組んだ道や道中で出店を展開する商人達の客引きは油断していれば道に迷いそうな程に激しい。


「いやぁ凄いねマスター! 右も左も私の大好きなお祭り騒ぎだよー!」


「歓楽街だからな、てかお前どんだけ肉料理食うんだよ」


「私は肉と拳の欲求が高いの! てかマスターが設定したんでしょ〜?」


「あぁ……そういえばそうか」


「えぇ忘れるって酷くない!?」


 振る舞われた香辛料の掛かった肉串を貪るように噛み千切りながらフレイは歓楽街に目を輝かせ渡り歩く。

 自身が設定した物ではあるがあの時は今際という極限まで追い詰められていた状態だったのもあり、ついついソウジも彼女の内容を忘れてしまっていた。


(黒幕はこの国にいるだろうが……一体何を考えているんだ? 貯水庫を狙うとしてもあんな巨大なものをどうやって……?)


 加えて今の彼の頭はセインを取り巻く陰謀にのみに向けられており、彼女への返答も何処か上の空である。  


「それより今俺達がここにいるのは観光をする為じゃない、情報集めだ、楽しむのは色々と済んでからだぞフレイ」


 セインの許可を得てソウジ達が下の町へ降り立ったのは何も娯楽目的ではない。

 王宮内だけでは多角的な視点から物事を捉えられないと考えるソウジは民衆のリアルな声を求めて外へと駆り出ていたのだ。

 人々の雰囲気、表情、目線、セインと同じく本質を見ようと次々に目を配らせる。


「俺達が今しているのはこの国を救うための一種の仕事だ、だからそう緩い雰囲気は」


「あっマスター! あそこに美味そうな肉があるよ! 行こうかッ!」


「ちょお前話聞いてるッ!?」


 とは言いつつも興味津々なフレイに振り回されているのが現状であり、またもやソウジは彼女の力に押されて肉屋へと突入する。

 不本意に入店した料理店はモダンな雰囲気が目立つ男気という豪快な雰囲気が蔓延する場所であった。 

 故に客層もガタイのいい男達ばかりであり、丸太のような肉を貪る女のフレイに物珍しそうな視線を向けている。


「ったく……お前の肉巡りをしてるんじゃないんだそ今は」


「えぇ〜でも肉食べたいし?」


「あのな……事件が解決したらそういうのは幾らでもやってやるから」


「まぁそんな気張らなくてもいいじゃん、マスターさっきから目線怖かったし」


「えっ?」


 口に肉を含めながら放たれた思いがけない指摘にソウジは思わず腑抜けた声を発する。

 一頻り噛み終えるとフレイは細長い指をピッと彼の目元へと差した。


「マスターのしたい事も分かるけどさ、睨みながらチラホラ周り見てんの不審者以外の何者でもなかったよ? 気付いてなかったのかもしれないけど結構な人、君のこと警戒した風に見てたしね」


「えっそうなのかよ!?」


「うん、だからさ〜あの女王ちゃんみたいな事したいならもっとフラットにならないと。ガード下げないと人の心なんて分からないってやつさ!」


「確かにそうか……ありがとうフレイ」


「もっと早く言えよ」というツッコミもあるが言われてみると表情が強張っていた事をようやく自覚し、自戒の心を抱く。

 ソウジとフレイ、互いに互いを支え合う様子は已に熟年夫婦にも似たようなものがあり、二人が主従の関係であるとは誰も気づくことなんて出来ないだろう。


「嬢ちゃんさっきからいい食いっぷりだな」


「女でそんなサイズを余裕で食える奴を見るのは初めてだぜ!」


 彼女の助言でソウジの警戒心がいい具合に解けた結果か、小柄な身体に絶え間なく肉を詰め込むフレイへと複数の大男達が興味本位で話を掛け始める。

 大工かはたまた傭兵か、彼らの肉体美に思わずソウジも見惚れてしまう。


「ふ〜ん、こいつは兄ちゃんの連れか? 随分と食べ頃盛りのべっぴんを連れてんじゃねぇか」 


「アッハハ……そいつはどうも」


「ねぇマスター、食べ頃って?」


「お前が知るのはまだ早い」


 どうやら下の知識はフレイに余りないらしく彼らの遠回しな口説き文句にもまるでピンと来ていない。

 半ば面倒臭そうなナンパに成りかけている空気だがこの好機を逃すまいとソウジは果敢に男達へと会話を試みた。


「すみません、この国においてセイン女王陛下はどういう評価を得ているのですか?」


「えっ? 女王陛下? またこれはいきなり変なことを……兄ちゃんの意図は知らんがあの姫君を嫌う者はいないと思うがな」


 中心格であろう大柄の白髪目立つ男は突然の質問に目をまん丸くするものの、セインへの評価を赤裸々に答えていく。

 彼の言葉に周囲の者は同意を表情に表し、彼らだけでなく店員や近くを行き交った人々まで賛同を示す様子を見せていた。


「あの嬢ちゃんよくやってるよ、まだ十五歳だろう? それで一国の指揮をするなんて残酷な世界にも程があるぜ」


「な? でもセイン女王はそこらの悪徳な貴族とか独裁の王様とは違う、常に皆の事を考えてるいい姫君さ、俺はこの空気感に惚れてここに亡命した身だしな」


「しかし最近はザイファ財団の件で批判が募ってるという話もありますが」


「あぁあいつらか? まぁ確かに多少批判はあるだろうけどそれでも女王の評価が変わることはないと思うぞ、それこそこの国を誤って滅ぼすなんて事にならない限りはな」


「そもそも悪いのはあの盗賊団だしな、早く壊滅させて欲しい気持ちはあるが」


 不満がない訳ではないが彼女の失脚を求めるまでは行かない僅かなもの。

 考えてみればここまでの道中もセインへの批判と取れる言葉が一切なかったのも彼女の高い支持率を物語っている。

 ザイファ財団は民が不満から引き起こしたクーデター……その説を脳裏に過ぎらせていたソウジは考えを改めざるを得なくなった。


「ここは中立国家だからな、財団の騒動が珍しいくらいには平穏は守られてるし水の配給もされてる。不満はないさ」


「何か変わった出来事とかは?」


「ないね、あっいや待て……言われてみると一つだけあるかもしれんな」


「ッ! それは一体?」


「う〜ん……ただで教えるのも味気ないってやつだ、そうだ、ここは腕相撲でもして勝ったら教えてやるよ」


「う、腕相撲?」


「折角だ、何事もただ教え合うだけじゃつまらないって話だろう?」


 出来ることなら直ぐにも教えて欲しいが尋ねた身故に強気には出れない。

 男達の娯楽に対する価値観にソウジは内心溜息を吐きつつ、どうすればいいかと思案を巡らせている時だった。


「おぉいいねぇ! 力比べは私も好きさ、やろうよお兄さん達ッ!」


「はっ?」


 結論が纏まる前にまたもフレイは勝手に相手の意見を呑み込むとギラついた瞳で進んで腕相撲の姿勢を取り始める。

 誰も彼女が名乗り出ると思っていなかったのか、持ち掛けた男達も思わず各々が困惑を顔に浮かべた。


「じ、嬢ちゃんがやるのかい?」


「他に誰がやるっての?」


「いや……一応俺は力仕事をしてる身だ、手加減出来るか分からないぜ?」


「いいのいいの! 私はそこらの女の子とは違うからね!」


「ちょフレイ、止めといた方が」


「マスターまでそんな事言うの? 良いから私を信じなって!」


 彼女をソウジが止める理由、それは身体的な心配ではあるが必ずしも彼女に向けられているものではない。

 寧ろ彼の不安は……対峙する男に対して向けられていた。


「そこまで言うなら……女だからって手加減はしないからなお嬢ちゃん? 俺はこの国でも有数の力自慢だぞ」


「いいねぇ、勝負はフェアじゃないと!」


「ちょ止めておいたほうが……」


「何だい兄ちゃん、この俺が女の子に負けると思ってんなら心外だなッ!」


 ソウジの忠告も聞く耳を持たず、彼女の挑発に乗る形で華奢なフレイの手を筋肉質な手で被せるように握る。

 明らかなるパワーバランスの差、十中八九はフレイの黒星を予想するだろう。

 だが周囲の下馬評は次に引き起こされた展開により痛烈に覆される。


「レディ……ファイト!」


 決着は、一秒も満たずに果たされた。


「へっ?」


 肉体ごと薙ぎ倒される感覚。

 開幕と同時に怪物でも恐れる力が筋肉繊維へと襲いかかり、男は腕だけでなく身体全体が宙へと浮き、地面へと叩きつけられた。

 勝負と言うには余りにも瞬殺過ぎる無慈悲な結末など誰が予想出来ただろう。


「ガハッ!?」


「イッ!?」


「「「ハァッ!?」」」  


 衝撃波と共に本来ならあり得ない鈍く激しい音が鳴り響き、木造の机は木っ端微塵に粉砕される。 

 唖然に満たされる周囲は全員が番狂わせを引き起こした脳筋美少女へと目を奪われる。

 次第にそれは拍手へと変わり、青褪めるソウジとは裏腹にフレイは賛辞の光景に盛大なドヤ顔を決めたのだった。


「やったやった勝った勝ったー!」


「馬鹿お前少しは手加減しろよッ!?」


「えっ? だって勝負なら常に拳と全力で」


「全力でやることが何も礼儀じゃないんだよ!? 机ぶっ壊れたじゃねぇかッ!」


 神の一部を纏う彼女が放つ全力。

 当然のようにフルパワーで行けば机が壊れるのは自然の摂理であり、寧ろよく机だけで済んだなという話だ。

 幸いにも本能的な部分で彼女は無意識に加減をしたのか男に目立った外傷はなく無事だった事実にソウジは胸を撫で下ろす。

 夫婦漫才を繰り出す彼らに放り投げられた男はただ茫然自失に見つめながらただ引き起こされた出来事に言葉を紡ぐ。


「な、何が起きて……今のは嬢ちゃんのパワーなのか!?」


「言ったでしょ? 私はフレイ・グランバースト、そこらの女の子とは話がまるで違うってね! じゃ聞かせてよ、君が持つ秘密ってやつをさ」 


「ごめんなさい、その彼女にも悪気があってこんな事した訳では……」


 一触即発の事態に陥るのではとソウジは即座に謝罪を口にするが男は次第に起きた現実を理解すると豪快に笑いを浮かべる。


「ハッ……ガッハハハハハッ! 嬢ちゃんめっちゃ強いじゃないか! 気に入ったぜ、兄ちゃんもいい女を連れてるなッ!」


 彼女の全力でぶつかった思い切りと桁外れのパワーは予想外に良い方向へと働き、男を満悦へと満たさせた。

 倒れ込む身体をゆっくりと起こすと彼は手招きを行うと隠し持つ秘密をソウジ達へと明かしていく。


「いいかよく聞けよ、俺が持つ秘密ってのはあの集合住宅地の事だ」


「住宅地? あの東側に存在する?」


「そうだ、最近はこの国に帰化する奴も増えてきてな、移住用に新たな施設の建設が予定れてるらしいが……噂じゃどうやら結構開発は難航してるらしいぜ」


「難航……? 理由は」


「さぁな、風の噂じゃ最初は建設計画は順調だったらしいぜ。だが一部の役人が中々本格的な開発に許可を出してないとかで進みが一気に停滞したらしいが」


(難航……待て、あの貯水庫のサイズを鑑みて考察すると)


 ザイファ財団と難航を極める建設地。

 一見関わりのなさそうな二つの情報だがソウジはある考察が脳裏に過る。

 フレイの怪力から始まった手掛かりに少しばかりほくそ笑むとソウジは男達へと感謝の言葉を紡いだ。


「ありがとうございます、色々と分かってきました、行くぞフレイ」


「えっもう!? も〜じゃまたね怪力くん、いいパワーだったよッ!」


 せめてもの詫びと創生の奇書にて机を再生するとソウジ達は騒ぎに包まれる空間を足早に抜け出し裏路地へと入り込む。


「ねぇマスター、何か分かったの?」


「あぁ、あの人達の発言で黒幕が何を考えているかってのが段々と読み解けてきた。まっまだ犯人は分からないがな」


「ふ〜ん、名探偵みたいだねマスター」


「それは買い被り過ぎる肩書だ、もう少しだけ情報を集める、それまでフレイ、お前は好きにやっていてくれ、じゃな」


「えっちょマスター!?」


 フレイの助言と怪力により得られたこの騒動と黒幕を読み解くに繋がる鍵。

 己の思考を整理すべく、着実に迫る真実を捉えるべくソウジは彼女を放置し、王宮へと駆け出した。

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