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第14話 若き姫君の受難

「えっ……あ、あぁ……こちらこそお目にかかれて光栄です、女王陛下」


「カリムから話は聞いています。何でもザイファ財団の大部隊を僅か二人で壊滅させた旅人だと……面白い魔法を使うようで」


 彼女の優れた美貌に囚われていたがようやく腑抜けていた思考のまま慣れない貴族への挨拶をこなす。

 一挙一動が絵になる彼女は対面のソファーへと優雅に腰掛けた。


「アッハハ……そいつはどうも。しかし何故俺達を歓迎してくれたのですか? 助けたとはいえ、女王様に危害を加える輩かもしれないのに」


「それはないと考えます」


 間髪入れずセインは力強く答える。

 部下の言葉とはいえ、少しばかりお人好しじゃないかと考えていたソウジの考えに彼女の肝が据わった眼力が襲いかかる。


「この国にとって水というのはどんな物よりも価値がある。貴方方は一滴も配達の水に触れなかったと聞いています。それだけでも信用に値する。しかし聞いた話だけで全てを信用する事も難しい。ですので」


 セインは懐から翡翠色の鍵のような代物を持ち出すとソウジ達へと差し渡す。

 華奢な彼女の手にフィットするサイズのシリンダーが複雑に設計された鍵にソウジは興味を惹かれる。


(何だこれは……鍵か?)


「えっどういうこと?」


 美しい形をした鍵、だが二人が抱く感想は精々それくらしかないだろう。

 何の用途に使い、何に対しての鍵なのか、詳細がまるで見えない状況にソウジ達は各々が首を傾げ疑問符を浮かべるしかない。

 女王陛下の奇行に頭を悩ます中、鋭い瞳でこちらを睨んでいたセインは数秒の末に突如朗らかな笑顔に包まれた。


「なるほど……分かりました。貴方方はカリムの言う通り信用に値する者なのですね」


「はっ?」 


 獅子をも怯ます眼光は可憐なる少女へと柔らかくなり、理解が追いつかぬままセインの指示にソウジは翡翠の鍵を返す。

 今の何処に見定めの要素があったのか、混乱に包まれる思考は彼女から紡がれる言葉によりようやく判明した。


「失礼しました。私は今、貴方方の表情や目線を見ていたのです。もし財団の人間ならば多少なりとも表情が動く、しかしお二方は終始疑問符の顔を浮かべていた」


「え、えぇ……いきなり鍵を渡されてもどうすればいいのか分かりませんし」


「フフッ、種明かしをすればこの鍵は我が国が所有する貯水庫へと繋がる大扉を開閉する代物……と言えば予想はつきますか?」


「へっ? どういうことマスター?」


 種を明かされても尚、セインが行った見定めの方法を理解できないフレイ。  

 だがソウジは数秒の熟考の末に彼女の真意を読み解いた。


「まさか……あの財団は確か貴方達が持つ水を狙っていた。同時に財団側は貴方の鍵を認知している。だからもし俺達が奴らと繋がっているならば鍵を見てあんな腑抜けた顔をするはずがない……という事ですか?」   


 脳裏に過った考察を口にしたソウジにセインは不敵な笑みを浮かべる。


「御名答、これはレベロスの鍵。貯水庫の出入りを行う唯一の代物です。財団側に情報が漏れてしまっている現状ですが逆手に取ってこのような見定めに利用しているのです」


 流石は上に立つ存在と言うべきか。

 まんまと踊らされ見定められていた事実にソウジは畏怖を抱く。

 サリアとはまた違う不敵な雰囲気に「いい性格をしている」と彼は胸中で呟いた。

 一連の行動によって美貌に見惚れていた思考は段々と冷静さを取り戻したがソウジは彼女へとある違和感に気づく。


「なぁフレイ、若過ぎないか?」


「同感、マスターと同じくらい? 女王って言うよりお姫様じゃん」


 小声で語りかけたソウジの言葉にフレイは同意見を抱いていた。

 肝が据わり、威厳があるものの一国の女王というには幼さが垣間見える外見。

 身体の肉付きは成熟しきっておらずシワ一つない瑞々しい肌も中学生を彷彿とさせる独特の艷やかさを有していた。

 大人の美女であった女王サリアとは対局と言える存在に違和感を覚えているとセインは二人の困惑する姿勢に口元へと手を寄せながら苦笑いを見せた。


「やはり……一国の長が私というのは幼く見えてしまうものですよね。がこの地位についているのは」


「十五ッ!?」


「在位自体は六年目になりますのでからこの立場に」


「九歳ッ!? 一桁台から!?」


 恐らくは自分と同年齢。

 その考察は年下という斜め上の事実が勝り、ソウジは思わず立ち上がってしまう。

 若年の支配者がいても何ら可笑しい話ではない、だが僅か九歳から女王の座に就いたというのは日本人であるソウジにとっては現実味がなく驚愕を与える。


「コラッ貴様ら! 女王陛下に対しての不敬な態度は許さな「マイダス」」


「良いのですよ、若いのは事実であり、一種の愕然をお相手に抱かせてしまうのは当然なのですから」


「しかし! 何時までも己の若さを自虐的に思われる事を肯定すれば大国に舐められる事が続くだけですぞッ!」


「マイダス……静かになさい」


「ッ!」


「まぁマイダス宰相……女王陛下が言うことですしこれ以上の口論は止めましょう。ソウジさん達も見ていますよ」


 彼女の若さに驚きを見せるソウジの態度が癪に触り声を荒げた白髪目立つ初老の男。

 若き姫君を支える宰相のマイダス・アルコラは酷く顔にシワを寄せるがセインの一言に不本意ながら口を噤んだ。

 過保護な雰囲気は初対面だろうと分かる程に醸し出しており、カリムも必死に彼の怒りを嗜めていく。


「失礼致しました、こちらは宰相のマイダス、父の代からこの国を支える謂わば右腕に当たる者です。ご無礼をご容赦ください」


「別に構いませんが……助けて欲しいというのは? カリムさんから突然お話をもらった身なのですが」


「こちらのその件は認識しています。全くカリムも思い切りが良いことを……しかし一国の女王として恥ずかしながら我がマレンは未曾有の危機に陥っているのは事実です」


 歯痒い表情を浮かべながらセインは立ち上がると同時に自ら先導する形でソウジ達をある場所へと案内していく。


「この王宮は円形の設計がされています。理由は既にご理解頂いているでしょう」


「円形の中に貯水庫があると? 囲うような設計はオアシスを守るため」


「その通り、こちらです」


 少しばかり談笑をすれば直ぐにも屈強な門番が立つ大きな鉄扉へと辿り着く。

 再度取り出した翡翠の鍵を差し込んだ瞬間、シリンダーからは眩い魔法陣が顕現したと同時に解除を意味する音が鳴り響く。


「ようこそ、我が国のオアシスへ」


 開かれた先に広がった光景は実態を知っても尚、驚愕を与えるに相応しいものだった。


「なっ……!?」


「ワォ、凄っ!」


 中心部に存在する穴には大量の水が蓄えられており、作業員と思わしき者達は忙しなくポンプなどを用いて汲み上げると共に回収作業を行っている。

 周囲には魔力による防御壁が貼られ、侵入を許さないという意志を感じ取る。

 幻想的な雰囲気も醸し出す壮観な景色にソウジは思わず感動の声が漏れてしまう。


「ここは貯水庫、巨大な地下水が沸くオアシスを囲う形でこの王宮は造られているのです。我々が管理と国民や付近の協定を結ぶ村々へと適切な配布を行っており、これがなければこの国や付近の村々は滅びの道を辿る事になるでしょう」


「凄っ……これをあのザイファとかいう盗賊達が狙っていると?」


「ザイファ財団、三年前から暗躍する詳細不明の盗賊団です。神出鬼没に出現しては付近の村々への配達を妨害し、水の奪取を行う。今回の件もその一つです」


「全くけしからん奴等だッ! 姫様が均等に配布を行い皆の命を繋いでいるというのにあの輩共は……お陰で我が国への批判もッ!」


「よしなさいマイダス、これも私の責任、集う批判は甘んじて受けるのみです」


 マイダスは憤りを抑えられず怒りの言葉を隠しもせずに盛大にぶち撒けた。

 水が最重視される故に配達の失敗は死活問題にも直結せざるを得ず、彼女に対しても批判の声が集り始めているのが現状。

 それ程までに目の前に広がる楽園は政治をも動かす存在なのである。


「しかし何故ザイファ財団は……配達ルートは我々政府によって極秘裏に計画されています。ですが奴等はまるでルートを知っているかのように襲撃を行っているのです」


「ルートを知ってる?」


「それって機密バレバレってこと?」


 容赦のないフレイの直球な指摘にカリムは苦悶の表情で言葉を受け入れる。


「ッ……勿論厳重に管理は行っているのですが一体何処から仕入れているのか。私的には内部の犯行という可能性も」


「カリムッ! また貴様はそんな下らない考察をしおって、内通者? そんな不届き者がいるはずないだろうこれだから若造はッ!」


「ッ……も、申し訳ありません」


 内通者、その言葉を口にした途端、マイダスを含めて大半の者がカリムへと殺意の形相で睨みを効かせた。

 禁句とも捉えられる言葉を口にしたカリムは周囲の威圧に萎縮してしまう。

 重苦しい空気が場を支配するが一呼吸を置くとセインは一連のやり取りに表情を曇らせながらソウジ達へと言葉を紡ぐ。


「ソウジ様、だからこそ改めて貴方のお力をどうか貸して頂きたいのです。この財団の真実を突き止める協力を。望む対価は幾らでも提供致します」


 沈痛な面持ちでセインは深々と頭を下げながら切望を口にする。

 十五歳ながら国の為に恥を忍ぶ彼女の行動はソウジの決意を固めるには十分だった。

 報酬、後ろ盾、打算的な理由が全くない訳ではないがセインから感じる切実な思いが彼を動かす。


「……分かりました。俺達で良ければその願いを受け「女王陛下ッ!」」


 と、同意の言葉を口にした矢先。

 部下と思われる二人の大柄な男達はこちらへと足早に駆け寄る。

 片方は青髪から獣耳を生やす亜人、もう片方は知的さが垣間見える黒髪を生やした男。


「駄目です、捕縛した財団のメンバーは誰も首謀者を知らないと口を揃えて……ん?」


「やはりリーダー格を取り押さえられなかったのが手痛い状況です。このままではまた尻尾切りに……えっ!?」


 多少の差はあれど二人は目に映ったソウジとフレイの姿に驚愕を隠せない。

 珍獣でも見るかのように二人はソウジ達の全身へと視線を送り、知的さのある美丈夫は特にソウジの服装を目にしていた。


「女王陛下……まさかこの者達はッ!」


「ザイファの部隊を撃破したというソウジ様と……えっとフレイ様でありますか」 


 何故かこちらの名を知る者達にソウジは困惑の視線を送るがセインは冷静に事の次第を説明した。


「失礼、こちらは財務官のレハス・ヴァリヴァと外務官のサーレ・ムリーク。お二方の活躍は既に王宮内でも広まっていまして」 


「あぁ、だから俺達の名を……」


 言われてみればここに来るまでの間に侍女や護衛人など好奇の眼差しを向ける者はチラホラと散見していた。

 手を焼く財団に一泡を吹かせ、女王が協力を申し入れた存在、事の顛末を聞けば話題に上がるのは当然の事だろう。

 だが驚愕を浮かべる反面、獣耳が目立つレハス・ヴァリヴァは何処か納得していない様子で疑問を投げ掛けた。


「お言葉ですが女王陛下、貴方の判断と言えど旅人と協力関係を結ぶのは……そもそもこのような浮浪者二人があの財団を翻弄したなど信用出来ません!」


「お、お待ち下さい財務官! ソウジ様達の技量や人間性は私自ら見込んで」


「黙れ若造がッ! 貴様が出世欲しさに作り話の虚言を陛下に述べたことも否定しきれないだろう。もしくは財団から金を貰って我らを惑わし破滅させようとしているのか?」


「な、何故私がそのようなことをする必要があるのですかレハス財務官ッ!」


 繰り広げられる舌戦。

 どうもソウジ達を信用しきれてないレハスはカリムの言葉が全て嘘ではないかという容疑を掛けつつ疑念の目を向ける。

 サリアとは違い女王が全てという一筋縄では行かない状況にソウジは顔を歪め、またも不穏な空気が漂い始めていく。


「ちょっと待ちなよ、それは心外だな〜」


 だが亀裂が入る状況を即座に制止させたのはフレイであった。

 成り行きを静観していた彼女は物怖じを知らぬ強気な姿勢で彼の前へと立つ。 

 相変わらずの笑みだが何処か怒りを彷彿とさせる雰囲気は周囲を萎縮させる。


「財団なんて私達は知らないしあいつらを倒せる実力があると私達は命を張って言える。なんならここで試そうか財務官ちゃん?」


「ッ……な、何だとこの小娘!?」


 絶妙に腸を煮えくり返す煽り顔を放った彼女にレハスはたまらず仕置きとばかりに魔法を繰り出そうとする。

 だが、一手先を行くフレイは既に男の視界から消えると炎を纏った拳は彼の顔面スレスレの所で寸止めを行った。


「ッ……!?」


 突如迫った気迫にレハスは思わず尻もちをつき唖然の表情を見せる。

 衝撃波から放たれた風圧が周囲へと靡き、彼女の強さをこれでもかと醸し出す。


「こっちも誇り持ってやってんだよ。まっこう言う事だからさ〜少しは信用してくれると嬉しいかな、財務官ちゃん?」


「そこまでだフレイ、下がれ」


「はいは〜い」


 意趣返しに満足したフレイは大人しくソウジの咎めを受け入れる。

 同じくして部下の様相にセインはため息混じりで止めの言葉を発した。


「レハス、これ以上の不敬は私も容赦致しませんよ」


「女王陛下、貴方はまだお若い。その未熟な齢で判断されても困るのですッ! やはり我々に政治権を再び譲渡して」


「……話はそれだけでしょうか。私は命をも捨てる覚悟でこの立場にいる、全ての過ちは私が責任を負い私が罰を受け入れます。彼を受け入れたのも私の覚悟故の判断です」


「ですが!」


「お二方はレベロスの鍵を認知していなかった。私がこの目で判別を行っています。そもそももし財団と繋がり貯水庫や私を狙うとするのならとっくに実行しているのでは? 彼らはこの国の全てを壊せる距離にいる」


「ッ……それは」


「よしましょう財務官、これ以上感情的な啀み合いは余計な争いを生むだけです」


 怒涛の口撃に思わず言葉を詰まらせたレハスを咎めるべくサーレ外務官は嗜める。

 流石にこれ以上歯向かう言葉を口にすることはなくセインは再び深々と頭を下げた。


「幾度もの無礼を失礼致しました。ソウジ様、どうかこのお国を救うべく力になってください。助力が必要ならば何なりとお申し付けくださいませ」


 若き女王の受難に財団への翻弄、一つに纏まっている訳では無い重鎮達。

 ただならぬ展開の連続にソウジは目眩を起こしそうになりながら多難な予感に思わず誰にも聞こえぬため息を繰り出すのだった。

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