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第13話 マレン王国

「じょ、女王陛下……?」


 これまでの経緯を踏まえると女王という言葉に余りいいイメージを抱いていないソウジは露骨に顔を歪ませる。

 一方的な追放どころか処刑までされているのだからこの反応は当然だろう。

 だがそんな事を知るはずもないカリムは捲し立てるように会話を続けていく。


「えぇ、我がマレン王国は付近の村部へと水提供を行っているのですが……最近はあのザイファ財団に襲撃される事件が多発し」


(ザイファ財団……あの盗賊達の名前か)


「だからこそ旅のお方にいきなりこのような提案をするのは失礼承知で協力を申し入れたいのです」


 余程深刻な事態なのか出会って直ぐの人間に助けを求めるという一見すると図太い奴らと思われても仕方ない。

 実際ソウジは彼らの願いに対して似たような感情を抱いていた。

 だがそんな失礼を承知してまで頼み込んでいる状況を拒否する訳にも行かず、思考を巡らせ選択を絞っていく。


(間違いなく彼らの状況、いやマレンとかいう国そのものの状況は深刻なのだろう、しかしまたも大きな話に巻き込まれるのは……ここでも追放だの処刑だのになったら)


 ただでさえ危うい立場であるが故にまたも創生の奇書だのをキッカケに非情な末路を迎える恐れにソウジは警戒していた。

 自分の悪い癖でもある慎重さに決断を下せずにいるが事態は全く予期していなかった形で事が進み始める。


「へぇなんか面白そうじゃん! いいよその願い聞いてあげようじゃないか!」


「はっ?」


 何の許可なしに炎の支配者は尊厳に溢れる仁王立ちで勝手に話を通していた。

 表情は可愛らしいドヤ顔に包まれ自尊心に呼応し、炎も噴き出す。


「本当ですか!? ありがとう……ありがとうございます!」


「やったぞ! あのザイファの数を倒せる人達だ、きっと財団そのものを!」


「えっ? いやちょ」


 反論する隙もなく歓喜に沸くカリム達にソウジは唖然とするしかない。

 困惑する心は段々と勝手に決断を下したフレイへの怒りへと変貌していく。

 堪らず彼女を近付けさせた彼は焦りの言葉を小声で口にした。


「お前勝手に何してんだよ!? 俺一言でも貴方の国を助けますって言ったか!? 言ってないよな? 絶対に言ってないッ!」


「えぇ〜困ってるんだからついでに助けて上げようよ、マスター薄情だな〜」


「助けたい気持ちはある! だが俺の立場はかなり危ういんだ! この危険な砂漠地帯でまたも魔神の子だの言われて処罰だの追放だのされたら」


「逆に考えてみなよ、マスター」


「逆……?」


 分かってないなと言わんばかりのニヤつきと共にフレイは言葉を紡ぐ。


「確かにマスターが言う危険もある、でも恩を売れるチャンスでもあって味方を作れるチャンスでもある、誰かを助けることに悪いことが起きるのはないんじゃないかな? まっ君次第だけど」


「それは……まぁ一理あるが」


「世は常に一か八かさ、上手くいけばマレンって国が後ろ盾になってくれるかもしれないし助けないのは胸糞悪いっしょ。なら思い切りと拳で突き進もうじゃないか!」


 キャラクターに自主性を与えたソウジの賭けはまたも功を奏することになる。

 自分が考えつかなかった視点にメリットを理解した彼はフレイをキッカケに彼らの願いを「分かりました」と聞き入れる。


「少しの水と食料をくれるなら俺達で良ければ話を聞きますよ」


「本当ですか……!? ありがとうごさいますッ!」


 瞳を輝かせ、神に出会ったかのように感謝の言葉と共にソウジの手を握るカリム。

 彼の案内により導かれた場所はソウジにとって二次元でしか経験したことのなかった幻想的な光景が視界に焼き付いた。


「マジかよ……こんな場所に楽園が」


 何も無いと思われていた砂漠地帯に聳え立つ様はまさに砂の都と言うべきだろう。

 大門をくぐると城壁に囲まれたマレン王国の美しい全容が明らかとなる。

 中心部に位置する円形型の王宮を囲うように作られた都は、家々から溢れた緑が織り成す鮮やかな情景がソウジを圧倒していく。


「マレン王国、約百五十年前に建国され、香辛料や潤水などを貿易品としたアスレ大砂漠に位置する新興中立王政国家です」


「中立?」


「天地戦はご存知でしょう。我が国は人間側と魔族側のどちら側にも加勢をしない中立的な姿勢を示しているのです」


 馬による先導を行いながらカリムは丁重に自らの国の詳細を赤裸々に明かしていく。

 砂岩を利用した建築物は、表面を頑丈な塗装で塗り固められ鮮やかな景観を生み出す。

 浮き上がった家屋が幾つも連なり密集する様はまさに都市の名に相応しい。

 しかし特にソウジが気になったのは。


「あれ……人間なのか」


 度々視界に映る亜人のような存在。

 エルフのように耳が長い者、立派な角が生えている者、肌色が青い者。

 明らかに人間ではない、言うなれば魔族とも取れる存在が普通に街を出歩き、人間達と営みを共にしていたのだ。


「マレン王国は多民族主義、王家の意向により魔族と人間に境目を作らず敵意がなければ移住権を魔族にも認めているのです」


(へぇ……随分と寛容的なんだな)


「私の両親もここの理念に感銘を受けて大国からここへ帰化したとの話です。私も自分自身でこの国を気に入り女王に拾われた形で親衛隊に入りました」


 何処か遠くを見つめながらカリムは自らの過去を赤裸々に明かす。

 サリエス王国にて散々「魔族は悪、魔王共々ブッ殺すッ!」という話を聞かされていた故にこの国は新鮮味に溢れていた。

 人類側は皆、魔族を恨んでいるのかと考察していた考えは全くの勘違いであったとソウジは受け入れるしかない。


「ん? あの場所は?」


 行き交う者達を興味深く観察するソウジの視界にはふとある東側に見える巨大な更地が視界に入る。


「あぁマレン王国が計画している集合住宅の建設予定地ですよ。最近では住居者も増えていまして外務官など役人からの推薦もあり、現在建設を行っているのです」


(つまりは天地戦においてどっちにも属さない中立的な姿勢の者が増加してるのか。まっ三百年も戦争が続いていたら関係のない場所へと逃げたくなる気持ちも分かる)


 一種の同情を抱いていると既に聳え立つ王宮へと到着を果たしており、案内された場所は天井が開ける応接間だった。

 砂岩などで造られた風情ある空間は少なくとも日本では経験の出来ない事だろう。


「只今女王陛下をお呼び致します。持て成しと言うには質素かと思いますが、お掛けになってお待ち下さい」


 朱色のソファーへと二人を促すとカップに注がれた真水からなる飲み物を差し出す。

 喉を潤し、カリムへと礼を述べるとソウジは周囲を興味深く見渡していく。

 まるで古代エジプトのような空間、伝記物にもよく目を通していたソウジは一種の憧憬を抱き、興奮という興奮に満たされていた。


「スゲェ……こういう場所、一度は生で味わってみたかった……!」


「マスター興奮してるね〜でもお城と言うには少し質素じゃない?」


「見た限り中小国の規模だからな。王宮だからって何処も豪華絢爛な訳じゃない。これはこれで味があっていいじゃないか」


 談笑を繰り広げる中で質素な物にこそ美しさがあるんだと日本人特有の美的センスをプレゼンしようとした矢先。

 ソウジの言葉を遮るように対面に位置する大扉の先から足音が反響を始める。

 段々と迫る足跡に二人は居住まいを正し、仰々しく扉は開かれた。


「ッ……!」


 視界に映るのはカリムや使用人と思わしき従者達の姿、華麗な民族衣装は目を奪うには十分だが今の彼の瞳にそれは映らない。

 更に後方に位置する桃色に靡く長髪を可憐に靡かせる美少女の姿が一撃でソウジの心を射止めたのだ。

 吸い寄せれそうなほど澄んだスカイブルーの瞳と雪のように白い肌、薄い桜色の唇は彼女の可憐さをより引き立てる。

 身に纏う薄桃色の露出したドレスはフリルがふんだんにあしらわれており、その華美さは見る者を魅了する他ないだろう。


「綺麗だ……」


 どんなに華美な物だろうと見劣りする彫刻を前にソウジは無意識にポツリと惚気の言葉が漏れてしまう。

 女王という立場ながら何処か庶民的な雰囲気を持つ娘は優雅なお辞儀を披露する。


「お初にお目にかかります、ソウジ様、フレイ様、私の名はマレン第五代正統女王トゥラハ・セイン。この度は護衛人達の命を救ってくださり感謝を申し上げます」


 この砂上に包まれる世界に咲く一輪の美しい花は天使の微笑みを捧げたのであった。

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