「いっつ……何が起きたんだ?」
手放してきた意識を取り戻したソウジは朦朧とした思考のまま身体を動かす。
生きている事に安堵を覚えつつ、徐々に感覚が鮮明になり、彼は恐る恐る瞳を開いた。
「はっ?」
視界に広がる光景を表すのなら異世界。
冷たい大理石が広がる円形の広間、周囲には何人もの紅のローブを身に纏った人と思わしき人物が囲んでいる。
至る所に柱が立つ宮殿のような場所に空いた口が塞がらないソウジは咄嗟に周囲へと視線を回す。
「うっ……ここは……?」
「ユズ! 無事か?」
「ソウジ……?」
後方には同タイミングで起き上がったユズがおり、目立った外傷のない様子にソウジは胸を撫で下ろす。
彼女だけではない、壮介を含めあの時教室にいた全員がこの場へと倒れ込んでいた。
「って、ちょ何この服!? 制服は!? スマホもないしッ!?」
「服……?」
一人の女子生徒の言葉によりソウジ達はブレザーの制服が変貌している事実に気付く。
少なくとも現代の衣服とは違う、まるでゲームの世界に飛び込んだようなシルク生地の羽織物が全員に装着させられていた。
何処か神聖感もある上質かつ異様なデザインは装束を彷彿とさせる。
オタクであるソウジは何処か親近感を覚えるがそれ以上に目の前の状況に危機感を覚え警戒心を抱く。
「それは
騒がしくなる者達を嗜めるように一人の女神のような美女がこちらへと歩み寄る。
「良くぞ来ました、勇敢なる神の子達」
秀麗な紫の長髪を靡かせ王冠を被り、白鳥のように純白の衣装を纏う存在は誰が見ても女王と察せる風格を持つ。
成熟された大人の色気が放たれ、男達は思わず息を呑み込んでしまう。
ただただ見惚れるしかないソウジ達へと美女は穏やかな微笑みを向けたのだった。
「私の名はハリエス王国第三十六代女王、サリア・ヴェネクス・ツバウェル。貴方達の転移を私達は心から待ち望んでいました」
ソウジ達が連れられたのは謁見の間。
左右には従者と思わしき老若男女が何十人も存在し敬意を払う顔を向ける。
綺羅びやかを極めた空間に誰もが周囲を見渡している中、紅き宝石が埋め込まれた玉座へとサリアは優雅に腰を掛けた。
「改めまして私の名はサリア、この王国にて女王の地位に就く者です。あぁこの世界の識字や読解については既にこちらの魔法で対応済みですのでご安心を」
淡々と話を進めようとするが居ても立っても居られなくなったリーダー格の壮介は強気に声を荒げる。
「おい待て! これはどういうことだ? 貴方が俺達に何かをしたと言うのなら今直ぐにあの教室へと返してくれ!」
「そ、そうだ! 勝手に話を進められても」
「というか誰!? 私達に何をしようとしているのッ!」
彼をきっかけに「ふざけるな!」「誰なんだお前は!?」と阿鼻叫喚の声が瞬く間に広がり中には罵声も飛び交う。
段々と周囲の従者の目線が殺意に満たされていく中、制止するようにサリアはゆっくりと細長い手を挙げる。
「混乱するのも無理もありません。ですが今は私の話を最後まで聞いてください。批判はその後に受け付けましょう」
「「「ッ……」」」
女王という言葉が伊達ではない威圧感。
美しくも力の籠もった眼力に全員が言葉を詰まらせ怒りを鎮めざるを得ない。
困惑が場を包んでいるがソウジは内心「異世界もので見る女王様そのものだ」と一種の感動を沸かせていた。
「貴方達は選ばれたのです。この世界を救う、魔王ヴァルベノクが率いる魔王軍を討伐できる神の力を持った者達として」
女王から語られる物語は余りにも壮大。
言葉の節々には魔族を絶対に許さないという意志を感じ、穏やかな口調ながら何処か殺意のような物を醸し出す。
要約をすればこの世界は大きく人類側と魔族側の二つに分けられ、三百年もの歳月を掛けて未だに覇権を巡り天地戦と呼ばれる戦争を繰り広げている。
一進一退を繰り返す勢力伯仲が続いていたがバルレクス遺跡の戦いと呼ばれる大規模な戦闘により戦況は大きく変化してしまう。
「しかしハリエス王国随一の戦士、アノニラス・ハイドが戦死したことで我々人類側は不利な立場に立たされているのです」
アノニラス・ハイド。
ハリエス王国だけでなく同盟国にも影響を及ぼす随一の魔法剣士。
一部では神格化もされており人類の精神的支柱にもなっていた存在の戦死、それは最悪の影響を周囲へと与えてしまう。
士気低下による混乱もあり魔族側による勢力の加速、苦境に立たされている状況下で状況を打破する起死回生の一手としてソウジ達は召喚されたのだ。
「だからこそ我々は新たな英雄が必要としているのです。人類の希望となる英雄を。私達はアレル様の導きを信じた」
「アレル様……?」
視線を後ろに向けたサリア。
彼女の玉座の背後に存在する神々しく生き生きとした球体の形をした物質。
転移した彼らを祝福するように不気味に煌めく姿は得体のしれない威圧感を与える。
「アレル様とはこの世界を作りし創造神の一人であり人類が信仰する神であり唯一の光、この球体はアレル様の力と意志を宿りし崇拝物、私達は祈ったのです。この世界の未来を導く存在が現れることを。そして遂にアレル様は私達へと救済を与えてくれた」
「まさか……それが俺達だと……?」
察しの良い壮介が放った質問にアテナを心の底から心酔する様子を見せるサリアはゆっくりと首肯を行う。
「貴方方は神の子、アレル様が自らの力の一部を与えようと全宇宙から選定を行い選ばれたという事です」
「何ソレ、神の子とか知らないけど要はウチらにその魔王とか言う奴と戦えとかって言うの?」
「左様、この世界を破滅へと導く魔族達からどうか我らをお救いして欲しいのです」
「はぁ? 何様? そんなんどうでもいいから早く返して欲しいんですけど」
世にも珍しいギャルと女王の会話。
身勝手な行いと捉えたハズキは髪を回しながら不服そうにサリアを皮肉る。
恐れ知らず、だが筋の通った発言に追随したのはギャルとは正反対の位置にいる生真面目な女子生徒だった。
「そうです! こんな異世界の戦いに私達が巻き込まれるなんてッ! 神が選んだとか知りませんよ!」
「そうだね〜私達関係ないじゃん。選ばれたってだけでさ」
峰月環奈。
規律を重んじる主に同性からの人気が高い学級委員は黒髪を優雅に靡かす。
知的さを表す眼鏡を掛け直し、異世界の事実を受け入れつつもサリアの要望を真っ向から否定した。
祭華も緩やかながら拒絶を意味する言葉を追撃で放つが次の発言が生徒達の強気な姿勢を完全に打ち砕く。
「残念ですが……貴方方を元の世界に帰すことは出来ません。異界からの転移は非常に膨大な魔力が必要となる。故に再び転移を行うにはかなりの時間を要します」
「「「はぁっ!?」」」
衝撃の事実に一斉に声が上がる。
これまで受け入れながら黙って聞いていたユズも堪らず声を荒げた。
「ま、待って! ならそのアレル様ってのはどうなの? だって私達を導いた神様なら私達を元の世界に返すことだって!」
「アレル様はあくまで私達を導く為に英雄を選び力を与えようとしている。貴方方の意志は反映されていないのです」
「なんて身勝手な……」
思わず口に出てしてまったソウジを皮切りに絶望に満たされながら口々に不満を吐き騒がしさは加速していく。
「ふ、ふざけんなこの女ッ!」
「何で私達がそんな戦争とかに参加しなくちゃいけないのよッ!?」
「テメェの国の問題くらいテメェ達で解決しろってんだよ!」
選択肢のない状況に不満は当然のように爆発しサリアを含め宮殿の者達は異議を唱える生徒達をジッと見つめる。
何処か「ごちゃごちゃうるさい、大人しく英雄となれ」と騒ぎ散らす様子に面倒臭そうな雰囲気を纏いながら。
(クソッ……完全に異世界転移じゃないか。よく見るタイプと同じ展開だ)
ソウジは平然とは行かずとも周りよりかは物事を冷静に判断出来る状態にいた。
こんな形でライトノベルという分野に関わっていた背景が役立つとは本人も想定していなかった彼は思考をフル回転させる。
元の世界に帰れない、それだけを聞けば絶望でしかないがソウジはサリアの言葉をもう一度汲み取りある事実に辿り着く。
「待ってください! 俺達はアレルという神から力を与えてくれる存在、てことは俺達は強大な力を貰えるのですか?」
「その通りです、魔族側を凌駕することが出来る強大な力を与えてくださります。それが何かまでは知る由もありませんが」
騒がしかった生徒はソウジの「強大な力」という言葉に冷静さを取り戻す。
そう、身勝手ではあるが求められている事は決して理不尽なものでもないのだ。
「なるほど……俺達には力がある。そしてこの世界を救うのは俺達しかいないか。なら俺は貴方の願いを聞き入れる」
「ちょ壮介そんな簡単にッ!」
「何を嘆いたって帰れない。ならせめて燻るんじゃなくて誰かの役に立ちたい。この世界の人が困ってるのは事実なんだろう? なら世界を救って元の世界に帰るッ!」
ソウジから流れるように主導権を握った壮介はユズの制止を無視し、割り切った末に正義感から世界を救う決断を下す。
絶対的なリーダー格の決意は揺らいでいた者達の心を動かしていく。
「フンッ、流石は優等生か。まぁ面白そうだしやってやろうじゃねぇか」
「帰れないんしょ? 腹は立つけどやるしかないって感じ?」
「ぐっ……それしか選択肢はないようですね」
「うわぁ〜すごい展開になっちゃった。まぁやるしかなさそうだね」
ハズキ、環奈、和人、祭華、影響力を持つ人物達の相次ぐ賛同はクラスの意志を団結させる最後のトリガーとなった。
反対に塗れていた意見は手のひらを返すように肯定へと変化し、サリアは彼らの決意に安堵するような笑みを浮かべる。
「素晴らしい、それでこそアレル様に選ばれた英雄達です。もしこの騒乱が終われば必ず貴方方を責任を持って元の世界に返しましょう。またそれまでの衣食住は私達の方で最高峰の待遇で饗します」
場は勇敢な者達を讃える拍手に包まれる。
周囲の空気に有頂天になる者まで現れたがソウジは冷静さを崩さない。
例え強大な力と言ってもこれから行うのは戦争であり、どれだけ聞こえは良くとも結局はサリアに利用されているだけの立場。
あの時の下に見るような様子もあって心を許してはいけないと判断したのだ。
「ソ、ソウジ……」
「大丈夫だユズ、きっとどうにかなる」
同じく冷静に物事を見極めたユズはソウジへと勢いに任せている状況に不安そうに声を弱々しく発する
一人だけではどうしようもない空気感にただ彼は彼女を安心させようと確証のない言葉を紡ぐしかない。