「自分たちの普段の行いが招いたことなのに、同じ被害者面をされる方がもっと嫌。尚史さんみたいに、分かりやすい態度を取ったらどうなの? こうして私の望みを叶える形で罪滅ぼしをしてくれているのに」
そう、お姉ちゃんから離れたい、という私の望みを叶えてくれている。方法や手段、誘い方は荒っぽかったけど。そこもまた、尚史さんらしくて好きだ。
「だけどお姉ちゃんたちは私に何をしてくれた? 入院代だって、結局は院長夫人が払ってくれたから、湊さんだって何もしていない。私を轢いた犯人は……これから慰謝料を貰うからいいけど。お姉ちゃんは?」
「私は……」
「何もしてくれないのなら、放っておいて。それが一番だから」
「栞……俺は……」
そんなつもりはなかったけど、結果的にはそうなった、と尚史さんの顔には書いてあった。不謹慎だと思ったが、クスリと笑ってしまう。
だって、この中で一番自分の気持ちに、正直に生きているような人が、私の一挙手一投足に動揺しているからだ。
今だってそう。素直に怒ったり、皮肉を言ったり。真っ直ぐに生きている姿が眩しいとさえ感じてしまう。その反面、私は現状に甘んじて……変えることを恐れていた。
自分に自信が持てず、何をやっても「妹だから」「中卒だから」「親がいないから」と、そのレッテル通りの気持ちと振る舞いをしていたような気がしたのだ。
「確かに私は被害者で、尚史さんは加害者かもしれない。でも、尚史さんのお陰で変われたのも本当だから。だから……その、ちゃんと責任を取ってくださいね」
どんな、とは言わずもがな。尚史さんは分かってくれた。
さっきまで私に触れるのすら怖がっていたのに、抱きしめてくれたのだ。
「そういうわけだから、帰ってくれないか、一ノ瀬。これから栞と大事な話をすることになったのは……さすがに分かるよな」
「っ!」
姉の息を呑む声が聞こえたが、表情までは見ることができなかった。いや、尚史さんが見せたくなかったのだろう。
頭の後ろに手を当てられ、私は尚史さんの胸に顔を押し付けられていた。
しばらくして、玄関の扉の音が二度すると、ようやく解放された。と思った瞬間、横抱きにされて……。
「えっ、あ、尚史さん!?」
リビングに行くのかと思っていたら、その途中にある扉を開けたのだ。そう、寝室の扉を。
薄暗い寝室へ入ると、尚史さんは私をベッドの上に乗せた。一瞬、ドキッとしたのも束の間、すぐに明かりが点けられた。
「期待していたところ悪いが、足の様子を見たい」
「えっ、そ、そんなつもりは……」
なかったと言えば嘘になる。「責任を取って」と言った手前もあって。
「これでも医者だからな。完治するまではするつもりはない」
「……どのくらい?」
「っ! あと二週間。だが、用心したいからプラス一週間は様子を見たいところだな」
尚史さんはそう言いながら包帯を取った。さらに濡れタオルまで持ってきて、丁寧に私の右足を拭いて巻き直す。
「すまなかった。許されることじゃないが、ちゃんと責任は取るから」
「どのくらい?」
すでに姉から私を守ってくれたり、こうして献身的に面倒を診てくれたりしている以上、十分、取ってもらっていた。それでも聞かずにいられなかったのは、私の我が儘だ。
「栞が許してくれるのなら、これからもずっと……取らせてほしい」
「うん。だけど一つだけ、条件があるの」
素直に頷きたかったけれど、私もこれだけは譲れなかった。
尚史さんが息を呑む。
「芳口病院を辞めて、他の病院に移ってほしい」
「でもそしたら、一ノ瀬の動向も分からなくなる。栞にまた接触してきたら」
「私もそこまで子どもじゃないよ。バックに尚史さんがいてくれるだけで十分、戦えるもの」
今までは中卒で二十代前半、女、という立場があり、姉から独立できなかった。いざという時、一人になるのが怖くて。
職を失ったら? 貯金も底をついたら? アパートを追い出されたら?
一人になる、ということは、この全てを対応していくことになるのだ。誰も助けてくれない。待って、といっても待ってもらえない。時間は等しく流れていくものだから。
だけど今は違う。尚史さんの存在がどれほど心強いことか、計り知れないほどに。
「尚史さんも言っていたじゃない。そういうところに惚れたって。だから大丈夫。それよりも私は、尚史さんが湊さんから離れることに、力を入れてほしいの。二人で自由になるって言ったじゃない」
私に言ったあの言葉は嘘だったの?
『二人で自由にならないか?』
今度は尚史さんの番だよ。
「そうだったな。幸いにもどこの病院も外科医不足だ。職には困らない」
「でも合う合わないがあるから、そこは私に支えさせて」
「そんなことをいうと、無茶苦茶甘えるぞ、俺は」
「っ! 大丈夫。覚悟しておくから」
だから、本当の意味で自由になろうよ、尚史さん。