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第5話 協力者

「はぁ、これはサボりではなく、休憩中。しかも、待っている最中でして。だから師長しちょうが近くにいると、待ち人も来なくなるから、別のところで休憩してもらえますか?」

「わ、私は休憩しているわけではありません! そもそも岡先生が風紀を乱していなければ、注意をする必要などないに!」

「あー、それはすみませんでした。だけど俺の方からも言わせてもらってもいいですか? 師長が注意するべきはあっちです。俺よりも風紀を乱していると思いますよ」


 こちらを指差す姿に、思わず同意したくなった。それにしても待ち人とは……火に油を注ぐのが好きな人なのだろうか。もしくはおちょくるのが……。


 師長と呼ばれた看護師の視線がこちらに向き、私は一旦、思考を停止させる。


「これはこれは芳口先生。どうなさったのですか? もしかして……」


 師長の視線が横に動くのと同時に、冷ややかなものへと変わる。それの意図を私でも汲み取れるのだから、勿論、湊さんも。いや、姉もというべきか。


「担当している患者の散歩ですよ、師長。心のケアをするのは、何も看護師だけの仕事ではありませんからね」

「それはごもっともです。けれど、常に人手が足りていないのはご存じのはず。二人でする必要はありますか?」


 ありませんよね、という副音声が聞こえてくるようだった。しかし湊さんは悠然と答える。


「こちらは今日、意識を取り戻したばかりの患者です。さらに言うと、警察もまだ事情聴取をしていません。担当医としての責任で、僕も同行しているというわけです」

「それでしたら、わざわざ一ノ瀬さんが同行する必要性はありませんよね」


 どうやらこの師長は、私が誰だか分かっていないらしい。確かに私とお姉ちゃんは、顔が似ていないけれど……。


「妹さんが一昨日、事故で運ばれてきたのをご存知ですか? 傍で世話をしたいと思うのは、普通のことだと思います。師長だって、お子さんが運ばれてきたら、是が非でも、付きっきりで世話をしたいと願い出るのではありませんか?」

「それは……」


 ここでようやく、私が一ノ瀬琴美の妹の栞であることを認識したようだった。ならば、私をこの病院に連れ来たのが院長夫人であることも、すぐに頭に入ったことだろう。


「琴美も、いえ一ノ瀬さんも同じですよ。しかも、二人だけの姉妹。余計に心配だと思うのは当然かと。けれど師長は、それすらもダメだとおっしゃりたいのですか?」

「そ、そんなことは言っていません」

「でしたら、多めに見てあげてください。今回は術後の初めての散歩ですから、担当医の僕も動向させてもらっただけで、今後は控えます」


 さすがは坊っちゃん。伊達に日々、嫌味や妬みに晒されて生きていない。

 華麗に躱しつつ、攻撃する手を緩めないなんて、姉でなくても惚れ惚れしてしまいそうになった。加えて顔もいい。


 師長はバツが悪くなったのか、「私は仕事がありますので」と早々に、私たちが出てきた大扉を潜って中へと入っていった。



 ***



「遅えぞ」


 すると、岡先生と師長に呼ばれていた茶髪の男性が、こちらに向かってやってきた。それもかなり、悪態をついていたものだから、思わずのけ反らせた。


「呼び出すからには、誠意ってのを見せるのが筋じゃねぇのかよ。それにこっちもいきなりだと、抜け出すのが難しいことくらい、同じ外科医なら分かるだろうが」

「悪い悪い。急遽、こっちに来ることになったものだから」

「ふーん。まぁ、あとでたっぷり埋め合わせしてもらうけどな」


 何だろう。この会話を聞いているだけで危ない、いや怪しい雰囲気を感じる。私がそう思っているのなら、姉はどうだろうか。きっと面白くない、と思っているに違いない。


 ふと、見上げようとした瞬間、何かが来る気配がして真正面を向くと、岡先生の顔が急接近してきた。


「っ!」

「へぇ、これが例の」

「例の?」


 何?


 思わず鸚鵡返しをしてしまったが、岡先生は意にも介していなかった。


「アンタも、運が悪かったな」


 ただし、私にしか聞こえない小さな声で、そう言い放った。


「それは、どういう意味ですか?」

「分からないのか。というよりも、知らずにここに連れて来たってことか? なぁ、湊」


 岡先生は体を起こして、今度は近くにいる湊さんに向かって尋ねた。


「仕方がないだろう。お前が協力者だと紹介する前にやって来たからものだから。せめて師長に見つからないように待機していてくれ」

「それは無理な話だ。師長が目敏いのは知っているだろう?」

「ま、待ってください! こ、この人がさっき言っていた協力者ですか?」


 嘘でしょう? こんなガラの悪い医者……ううん、外科医ってさっき、この人言っていたような……。つまり、湊さんと同じだということに、私は内心、冷や汗を垂らした。


おか尚史なおふみ、といってね。こう見えても、優秀な外科医だ」

「……は、初めまして、一ノ瀬栞といいます」

「どうも。湊とは昔からの悪友でね。こういう時は大抵、駆り出されている」


 まるで自分が湊さんの下っ端であるかのように言う岡先生。しかし、湊さんも負けてはいなかった。


「確かに今回は俺の方が悪いと思っているが、そういう言い方はないだろう? あと、婚約者とその家族の前だということを忘れないでくれ」

「今更繕ったって、もう手遅れだってことを知るべきだな。お前らの尻拭いを、どこの! 誰が! するっていうのか、言ってみろ」


 ふふふっ。岡先生のその言葉を聞いた私は、思わず手に口を当てて笑った。それに虚を突かれたように見る三人の目線など気にせずに、私は笑い続ける。


 だって、あの時の私は、何も言い返せなかったのだ。エレベーターでお姉ちゃんと湊さんから話を聞いても、今の岡先生みたいに啖呵を切ることさえもできなかった。


 だから岡先生の姿が、とても頼もしく、清々しく見えた。口調も性格も悪そうに見えるのに、どうしてだろう。自分の気持ちを代弁してくれたようで、気分が良かったからかもしれない。


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