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ゴロで終わる言葉を言う奴、絶対阻止作戦
えみ
文芸・その他ショートショート
2024年11月23日
公開日
3,500文字
完結
 周りには秘密にしているが、俺、三枝(さえぐさ)の父はお笑い芸人サンシーゴローだ。「ゴロ」という言葉で地面に転がるギャグでプチブレイクしている。その父が今日、授業参観に来るという。教室で父が床を転げまわる惨劇を防ぐため、俺は「ゴロ」で終わる言葉を言う奴の絶対阻止を誓う。が、予想外の「ゴロ」ラッシュが待っていて……。

ゴロで終わる言葉を言う奴、絶対阻止作戦

 俺はこれから、恐ろしく難しいミッションに挑まなければならない。名付けて「授業参観で、ゴロで終わる言葉を言う奴、絶対阻止作戦」だ。

 教科は日本史。ゴロなんて言葉、そう出ないだろうと思っていたが、教科書を開いて血の気が引いた。冒頭に「『この頃、都に流行るもの』で始まる二条河原の落書が」とあった。

 このゴロ!?

 はっ?河原の落書き?何で残した?バンクシーか?落書きなのに、超高額つく謎の画家っぽかったのか?何百年も前の文字が?

 いやそんな事より、絶対「このゴロ」と読まれた瞬間に惨劇が……。

 今日参観に来る俺の父は、お笑い芸人サンシーゴロー。下積みが長かったが、半年前「ゴロ」という言葉が出たら地面を転げまわるギャグでプチブレイクした。

 それで、いつ何時どんな流れで「ゴロ」を振られても反応出来るようにと訓練した結果、プライベートでも「ゴロ」で反射的に転がるという、本人も制御不能の無駄能力を身につけてしまっていた。

 つまり授業で先生が「この頃」と言った瞬間、自分の父が床を転げまわるという惨劇が起こる。

 先日、後ろの席の合田たちがスマホでゴローの動画を見つけ「馬っ鹿みてぇ!」と騒いだことを思い出す。勿論知らぬふりをしていたが、胃をギュッと掴まれた気分だった。

 だから来るなって言ったのに。


 今朝、母が急に参観に行けなくなったと聞き、父が手を上げた。

「いやダメ!絶対来るな!」

 言った瞬間、父が捨てられたパグ犬のような目をしたので、俺は思わず付け足した。

「最近忙しくて疲れてるんだろ、人気者は休んでよ」

「えっ何者だって?」

 パグ顔が途端に明るくなった。面倒臭いな。

「だから、人気者の父ちゃんが来て騒がれたら嫌だし。体休めて」

「えーっ。確かに気づかれて騒がれても困るけど、でも可愛い息子の学校の様子は知りたいよ。ほら俺俳優デビューもしてるし、一般人を演じ切る自信はある!」

 俳優デビューは一応本当だ。少し前放送された推理ドラマのパロディで、崖の上に追い詰められる犯人役をした。刑事役の芸人から「母さん泣いてるぞ、今ゴロ!」とか「被害者を刺したのは、何時ゴロ?」とか何度も振られ、断崖まで1、2mの所を転がりまくっていた。怖くなかった?と聞いたら、崖も怖かったが、現場は爆笑だったのに放送で10秒しか流れなかったことの方が怖かったとも語っていた。

 しかし。俺はおもむろにキッチンのバナナを持った。

「このバナナ食べゴロ」

 途端に父が倒れた、と、そのまま丸太のように勢いよく転がって机の脚にすねをぶつけ、うめく。俺は机の上のコップを守りながら「それ」と指摘した。

「授業中に起こったらまずいだろ」

 足をさすりながら立ち上がった父は、少し考え、重々しく口を開いた。

「ついにこの時が来たか。お主にゴロー封じの秘技を伝授しよう。あの禁断の言葉を発する者が現れた時、お主はそれをかき消す大声で、ゴロー!と叫べ。さすれば全て丸く収まる」

 ゲームの賢者みたいなトーンで何言ってる?と俺の顔に書いてあったのだろう。父は慌てて続けた。

「つまり『ゴロー』ってのばすとか『ごろにゃん』みたいに、別の言葉だって思えるものを被せて言えば、俺の体は反応しないって気づいたんだ。だから、いざとなったらお前が『ゴロー!』って叫んで俺を指差せ。そしたら周囲は、あの人気者のゴローを見つけたのか。それじゃ叫ぶよな、って納得するだろ」

 しないだろ。

 しかし確かに、父は「ゴロー」と名を呼ばれても転がらない。

「昼間からゴロ寝ばっかり!」

 父はビクリと反応したが、立っていた。おぉ。

「このゴロつきの穀潰し!」

 グラっと体が揺れたが、踏ん張った。

「ほら大丈夫だろ。でも何か言葉にトゲがあるぞ?」

「父ちゃんの顔見たら、他の言葉思いつかなくて」


 言葉が思いつかないのは今もだ。この休み時間が終わればもう参観が始まる。大体、教科書の説明遮っても変じゃないゴロのつく言葉なんてあるのか?俺は唸った。

「イチニッサンシー、サンシーゴロー!」

 声変わり前の甲高い声が響いた。一瞬肝を冷やしたが、見るとお笑い好きで何故かゴローのファンだという健が、教卓でふざけていた。見回してもまだ父はいない。俺はほっとしながら、そうだ、健も厄介だと思った。ゴローのプライベートの画像や情報はネットにも出ていないが、ファンなら父がゴローだと見破る可能性はある。

「なんだ、またゴロー?もう古いって健」

 合田のヤジに周りが笑った。一瞬売れただけの芸人の評価など、世間ではその程度だ。

 健は無視し「いやー最近うちの子が冷たくて辛い!」と語り出した。昨夜放送の深夜番組ネタを早速覚えたらしい。

「それで癒されたくて猫飼い始めたんです。いいですよねー、あの喉のゴロゴロ!」

 健は両手を上げ、回りながら寝っ転がった。

「つまんねー」合田が囃す。

「……三枝!振って」

 健は、目が合った俺に「ゴロ」のつく言葉をくれと言った。こっちは今それどころじゃない、「ゴロ」を誤魔化す言葉考えてんだよ、とも言えない。

「嫌だよ。ゴローなんて面白くないし」

 俺のぞんざいな返しに、健は急にしょげた。スベってるのに人を巻き込む健が悪い、とは思ったが、合田が馬鹿にしたように健を指差すのを見たら、突然怒りが沸いて、言葉が口をついた。

「健、そこはゴローの肩持つとこだろ。それとも恥ずかしくなったか?今ゴロ」

 健はパッと目を輝かせた。が、唐突な「ゴロ」に慌てて回ったので体勢を崩し、派手に転んでしまった。すると遠巻きに見ていた奴らがどっと笑い、健も嬉しそうに頭をかいて立ち上がった。怪我はなさそうだ。

「前から思ってたけど三枝って笑いのセンスあるよな。俺とコンビ組もうぜ。ハリウッドでテッペン取ろう!」

「いや何でハリウッドだよ。英語弱者なめんな、ウケる自信ないわ」

 常識的に答えた俺に、健は「良い返しだ」と親指を立てて笑った。こいつ、ゴロー見過ぎて笑いのハードル下がってる。

 外では雷鳴が轟き、雨が降り出した。参観が間もなく始まる。


 そろそろ来るか?と身構えた時には、父はもう教室の隅にいた。芸人ゴローはペッタリ七三分けに白ブチ眼鏡なのだが、今は地味ジャケットにセンター分けの髪、フチなし眼鏡。一般人を演じるというか、完全に家での普段の姿だ。存在感がなさ過ぎて心配にもなる。が、これならファンの健でも気づかないだろう。影の薄い男が突如芸人の動きで転げまわるのもホラーだから、絶対阻止は変わらないが。

 授業が始まった。「この頃」問題は、先生が教科書を読み始めた瞬間、ダメ元で「何で落書きが載ってるんですか」と質問してみたら幸運にもクリアできた。「これは当時の世相の風刺でな」と、先生はそのまま“建武の新政”とやらの説明に移ってくれたのだ。

 が、ここから予想外の「ゴロ」ラッシュがきた。

 丁度俺が当てられ、黒板に出た時、生徒の一人が先生のシャツの汚れを指摘した。

「先生、服にチョーク。ほらそこ、前身ごろ」

 マエミゴロ?!

「ゴローご老体!そこ、お拭きします」

 体をよじってシャツに手を伸ばした俺に驚き、先生は一歩ひいた。若干気持ちもひかれてる。

「ご老体って。三枝、古めかしい言葉知ってるな。そりゃ、お前たちから見たら先生も老体かもしれんが。……まあ確かに、私も老いは感じる年ごろ」

「ゴローコウサマ!ご老公様。お体お大事に」

「ごっ、ご老公?」

「あの、俺今、時代劇の『水戸黄門』にハマってて」

 何とか誤魔化し席に戻った途端、隣の席の子が、

「三枝、消しゴム貸して。あたし消しゴム転がしちゃって」

 嫌な予感。

「ほら、あっちにゴロゴロ」

「ゴロー合わせ考えて、語呂合わせ。消しゴム貸す代わり」

「えっ?ああ“建武の新政”のってこと?何年だっけ」

 更にそのとき、雷が派手に鳴った。

 クラスのアイドル的女子姫川が、悲鳴に近い声で叫ぶ。

「やだ!私怖い!このゴロゴロ!!」

「ゴロー!ゴロー、ゴッ、ゴロクサンジュウ!!!」

 思わず大声で叫んでしまった。

 教室が固まった。

 あぁ。サンジュウっていうより、惨状。

 サンジョウ……瞬間、体が動いた。俺は前転で姫川の前に行き、跪いて「ゴロク参上!」と叫んだ。

「怖くありません、姫。わたくしがお守り致します!」

 やけくそで姫川に片手を差し出す。

 一瞬の間の後、

「三枝カッコいい!」健の歓声に重なり、「キャー」「ヒュー」「めっちゃ、ナイト!」とクラスが沸いた。

「三枝、参観で張り切るのは分かるが、もういいか?授業戻るぞ」

 先生の間延びした声を聞きながら、俺は妙な高揚を感じた。

 少しだけ父の気持ちが分かった気がした。父と健が、同時にこちらに親指を立てている。

 人を笑わせるって案外いいかも。そんな気分になった、今日このゴロ。


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