「……ん? ……あぁ、朝か」
フカフカのベットの上で目覚めたわたしは、身体を横たえたままぼんやりと室内を眺めた。
意識をゆっくりと覚醒させつつ、昨夜のことを思い起こす。
ベルメール強盗団のアジトは人狼ハーゲンの情報どおり、銀行馬車襲撃現場の真上にあった。
連れられて来てみると、そこにあったのはごくごく普通の少数村落だった。
植木や石を積み上げた、人の背丈ほどの石垣こそあるものの、そんなのどこにだってあるものだし、特にがっしりとした砦があるわけでもない実に普通の家々だ。
そんな石造りの古民家が、乾いた土の道に沿って、ポツポツと並んでいた。
建物が古く感じるのは、昔からある村だからなのだろう。
各自
朝と夜で印象が違うのかもしれないが、少なくとも昨夜は夜霧が漂っていたせいもあって、湖の周囲は実に
強盗団は村に着くと、ご近所さんへの挨拶かのように『おやすみ』を言って、三々五々、村のあちこちに散っていった。
その様子を見る限り、やはりメンバー全員このミーカ村の住人のようだ。
わたしが幽閉された部屋は、普通の家の普通の部屋だった。
幽閉? 違うな。ドアに鍵もかかっていなかったし、窓も普通に開いた。
本気で逃げだそうと思ったら余裕で逃げ出せるレベルの警戒度しかなく、これじゃ虜囚じゃなくて客だと逆に呆れたくらいだ。
この部屋には机や椅子、ベッドやタンスが置いてあるが、レースのカーテンやクッション、小物類は完全に少女趣味で、部屋の主が女の子だと入っただけで分かる。
というか、ここはエラの部屋そのものだ。
「ふわぁぁぁぁ……」
思わずあくびが出る。
うーん、寝不足っぽい。
わたしはベットから上半身だけ起こすと、左隣を見た。
一緒に寝たはずのエラがいない。
一階からいい匂いが漂ってくるので、朝食の準備でもしているのだろう。
「昨夜は寝るの、遅かったもんね」
わたしは虜囚で、エラはボスの娘――要は敵の立場だ。
なのに、旅人が珍しいのか、同年代の子と知り合えて嬉しいのか、昨夜は遅くまで旅の様子などを色々聞かれた。
当然、双方パジャマ姿でこっそりお菓子をつまみながらよ?
特に、兄クルトの印象についてはしつこいくらいに聞かれた。
エラとしては大歓迎らしいが、まぁそうもいかないでしょ。
そんなこんなで、わたしの話を聞いたエラは大いに驚き、喜び、笑った。
その様子はどう見ても尋問じゃなかった。完全にパジャマパーティーだった。
「いい子だったな」
白猫アルがやれやれという表情で、出窓に寄っかかっている。
「そうね。ここの人たちは基本的に善人なのよ。貧しさゆえに犯罪に手を染めたけど、皆で知恵を絞って、損害を
「泣いたのは銀行の損金を補填する保険屋だけか?」
「いえ、ハーゲンの調査によるとそれもまたこの村に支部があるわ。本部にバレないよう上手いこと損金を分散させているんでしょう。そして保険屋は大手で、その程度の損は保険料を上げるまでもなく余裕で回収できる。上手いこと考えたものよ」
「でも犯罪は良くない……だろ?」
「そうね。子供は大人の背を見て育つのよ? 子供の倫理観を歪ませる行為を大人がやってちゃ駄目だわ。クルトたちジュニア世代のためにも絶対にやめさせくっちゃ」
ガチャっ。
ドアが開いて、髪をおさげに結ったエラがヒョコンと顔を出す。
昨夜は魔法使いのローブを着ていたが、今朝のエラは年齢相応のピンクのチュニックワンピースだ。
その様子はただの村人で、そこらの少女で、強盗団の一員をやっているようにはまったく見えない。
「朝ごはんできたよ、エリン。下で一緒に食べよ」
「あ、うん。ちょっと待って、すぐ着替える」
エラに借りた白のネグリジェからいつもの黒のゴスロリ服に着替えたわたしは、エラに続いて一階に降りた。
そこは普通のリビングだった。
すでに男性二人が席についている。
父親らしい男性は新聞を広げて読んでいて顔が見えないが、もう一人の男性――クルトはマッシュポテトやらお粥やらを取り分けている。
「お嬢ちゃんの席はエラの隣だ。エラ、案内してあげな」
「はぁい、ママ」
濃緑のチュニックワンピースにエプロンをつけた女性――リリー=ベルメールが忙しく動き回っているが、その様子はどう見ても朝食の準備をしている一家のママだ。
とてもじゃないが、昨夜、腰に銃を下げ、強盗団を率いていたボスには見えない。
「こっちだよ、エリン。どうぞ」
長テーブルの片方が二席。奥の席が年配の男性で、その隣の席が空いている。
空いたこの席がリリーの席なのだろう。
そしてその対面が三席。
わたしは指示通り、クルトとエラに挟まれる形で椅子に座った。
テーブルの上には焼き立てのトーストにチーズの塊、お椀いっぱいのマッシュポテトに焼いたぶ厚いハムなどが乗っている。
内容はともかく、量だけはしっかりある。
わたしは横目でクルトを見た。
クルトがわたしに向かって軽く会釈をする。その手が黙って右耳のピアスを触っているが、昨日に引き続き『自分は味方です』と言いたいのだろう。
「おはよう、エリンさん。よく眠れたかい?」
「……おかげさまで」
わたしの左斜め前に座った男性が読んでいた新聞を畳みながらわたしに向かって挨拶をした。
そこに座っていたのは、保安官のドミニク=ゲーゼだった。
いかにも家族の朝食といった風情なのに、なぜここにいるのか。
いや、そもそも彼は昨夜の襲撃で捕まっていなかったか?
「スクランブルエッグできたよ。お嬢ちゃん、遠慮しないでいっぱい食べな。パパ、お願い」
「おう」
なるほど、ドミニクはこの家の家長だったのね。そうですかそうですか。
リリーはテーブルに使い古された黒いフライパンを置くと、つけていたエプロンを外し、椅子についた。
全員目をつぶる。
わたしも空気を読んで目をつぶる。
「今朝も食事にありつけることに感謝を捧げます。……いただきます」
「「「「いただきます」」」」
感謝の祈りが終わった途端に、皆、一斉に食べ始める。
どこにでもある朝食時の風景だ。
トーストにかぶりつきながら、さりげなくドミニクを見た。
ハーゲンは全部繋がっていると言ってたけど、保安官と強盗団のボスが夫婦という事実はさすがに想定の斜め上だったわね。
昨夜ドミニクが虜囚としてロープでグルグル巻きにされていたのは、新しく赴任してきた署長を前にしたお芝居だったってことか。
ん? 新署長? やっばい、すっかり忘れていたわ! 捕まってるはずだから助けてあげないと!!
「エリン、お粥食べる?」
隣に座っているエラが小首をかしげて問いかけてくる。
その様子は、完全に友人に対するそれだ。
「あ、じゃあ一杯いただくわね」
わたしは困惑や思考をいったん置いておいて、食事に専念することにしたのだった。