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第59話 ベルメール盗賊団

 魔法じゃない。

 飛んできた光弾は、すべて詠唱銃スペルキャスターによる銃弾だった。

 しかも、全弾自動追尾ホーミングだ。

 ここまで接近されるまで気づかなかったなんて!!


囮弾フレア!!」


 とっさに飛び退すさったわたしの頭や足先、身体をすっぽり覆った魔法防御壁のあちこちから無数の光弾が飛び出すと、一瞬で敵の魔法弾と相打ちした。


 これは、杖による対処が間に合わないときの緊急迎撃魔法で、光弾には敵魔法をターゲットとして飛んでいく習性がある。

 そうやってわたしに当たる前に、敵魔法を発動させてしまうという仕かけだ。


 万が一のときのための掛け捨て魔法なのに、こんな片田舎でこの魔法の出番がくるとは思わなかったわ。


 詠唱銃は銃弾に魔法を込めて撃つ道具だ。

 自分で魔法をセットすることもできるのだが、魔法を込めた銃弾は普通に安価で町のショップで売っている。

 だから、魔法を使えない者でも手軽の扱える飛び道具ではあるのだが、反面命中率が低く、少し距離が離れただけで当たらない。


 要は森で出くわした魔獣を追い払うとか、威嚇いかく専用の武器なのだ。とてもじゃないが実戦用にはならない。

 しかも、六発撃つたびに面倒くさい弾込めが発生する。

 だったら普通に魔法を撃つほうが遥かに早いし、弓矢に魔法を付与エンチャントすれば遠くの敵でも楽に狙える。


 いずれにしても、そんな役立たずの武器をここまで使いこなせる者がいるとは思いもしなかったわよ。

 達人の域まで達しているじゃない。


 光弾を相殺そうさいしている間に横っ飛びでゴロゴロっと地面を転がったわたしは、懐から短杖を取り出しつつ素早く体勢を整えた。

 片膝をつきつつ、後方からやってきた新たな襲撃者をにらみつける。


「ほう、あれを避けたかい。たいしたもんだ。さすがにうちの銀行馬車襲撃部隊を蹴散らしただけのことはあるね」


 それは、三騎の馬に乗った三人の男女だった。

 しゃべっているのは先頭の白馬に乗った四十代とおぼしき女だ。

 案の定、この女も顔バレ防止のためにストールで口元を覆っている。 


 女は、アッシュベージュの髪をひっつめにし、茶褐色ちゃかっしょくのブリオーにガンベルトをつけていた。

 腰の辺りに若干じゃっかん贅肉がついているが、これは年齢相応といったところか。


 右手に持った詠唱銃はごくごくありふれた六発弾倉のもので、それこそどこの町の武器屋でだって入手できるお安めな品だ。

 達人の持つ武器としては普通すぎる。

 だが、それ以外の銃を持っている様子はないし、感知した魔力の流れからすると、どう考えても全弾この銃から発射されている。


 だとすると、驚異的な正確性とスピードで弾を撃ち、なお動作不良を起こすジャムることなく再装填リロードを繰り返したということになる。

 嘘でしょ?


 どれだけ腕を磨けばそんなことができるようになるものか。

 女だてらにボスを務めるだけのことはあるってことか。


 ここでわたしはボスの後ろに目をやった。

 魔法が専門なのか、二人ともに杖を構えている。


 こちらの二人。

 一人はわたしと同年代の赤髪の女の子。顔バレ防止のストールがピンクのフリルつきだ。

 もう一人はマントのフードを目深に被っているため年齢も性別も不肖だ。

 背の高さから推察すると男性なのだろうけど、問題は生体反応。このパターンは完全に覚えがある。

 やれやれ……。


 ともあれ、魔法使いよる魔法同時がけによって、気配を限りなく消していたのだろう。だからここまで接近されるまで気づかなかったのだ。


 にしては変な構成ね。何だかとても雰囲気が似ている。

 ボスと少女なんて見るからに母娘っぽい。

 そんなわたしの分析をよそに、女ボスがわたしに向かって銃を構えながら口を開いた。


「あたしはリリー。怪物モンスターリリー。ベルメール強盗団のボスだよ。宿に向かわせた団員が帰ってこなかったってことは、あんたにやられたんだね? だらしないこった。……まぁでもここで会えて良かったよ、エリン……だったかね、ふふ」


 やっぱり目的はわたしか。

 さすが、登場人物全員グルなだけあって、情報が筒抜けだわ。はは。

 とそこで、リリーの後ろにいたマントマンがフードを跳ね上げながら叫んだ。


「エリン=イーシュファルト! お前、聞いていた何倍も美しいな。いいぞ、いいぞ! なぁお前、野良の魔法使いなんだろう? 他に行くあてもないんだろう? よし、僕のモノになれ!」

「ちょっとお兄ちゃん、ストールが外れてる! 顔がバレちゃうよ!!」

「クルト! お前、いきなり何言い出すんだい!!」

 ……下手。ちょっと芝居が下手すぎるわよ、クルトってば……。


 だが、女性二人はこのクルトのおかしな言動に血相を変えている。

 本気で衝撃的だったらしい。あらあら。

 にしても、なるほどクルトは女ボスの息子だったのか。そーりゃ複雑だわ。ん?


 クルトが右耳をさわっている。いや、より正確に言うと、さわっているのは右耳につけた紅水晶ローズクォーツのピアスだ。

 ハーゲンの部下は裏切らない。

 わたしを殺させないために芝居をしたんだと言いたいんでしょうけど、下手すぎよ、あなた。


 とそこで、保安官事務所を襲撃していた連中が馬に乗って続々と集結してきた。

 ドミニクや署長、更には最後まで抵抗していた保安官たちも、一人残らず縛られて馬に結わえつけられている。

 これでこの町の保安官組織は完全に無力化したということだ。


 禿げ頭の巨漢が馬を寄せて、女ボスに何やら耳打ちをしている。

 その頭に見覚えがある。馬車を襲撃していたメンバーの一人だ。


「そうか、分かった。ならもう用はない。おいお嬢ちゃん、お前を我らのアジトに連れて行く。保安官どもを殺されたくなければ黙ってついてこい。エラ、お嬢ちゃんの杖を取り上げな!」


 女ボスの命令に呼応するかのように、強盗団の面々が一斉にわたしに銃口を向けた。

 総勢三、四十人ぶんもの銃口だ。

 その動きにためらいがないのは、捕まっていたメンバーからわたしの実力を聞いているからだろう。

 いわく、その美しさになめてかかるととんでもなく痛い目にあうと。 

 わたしは黙って強盗団をねめつけた。


 正直言うと、銃口がこの倍狙っていたとしても、この場を制圧することは容易たやすい。

 敵の殲滅せんめつを目的とするならば。

 だがそんなレベルで反撃をすれば、強盗団は全滅する。一人残らず死ぬ。それはできれば避けたい。


 クルトを本当に信じていいと思う? よりにもよってボスの息子だよ? どうするどうする?


 ため息を一つついたわたしは、恭順きょうじゅんあかしとして両手を上げた。

 魔法使いの女――エラが近寄ってきてわたしの右手から短杖を奪い取ると、杖をまじまじと観察する。


「本当にピンク色だ。可愛い! 細工も綺麗だし、魔力の練りも早そう。いい杖だわ。……ねぇママ、これ、わたしがもらっちゃっていい?」

「好きになさい。エラ、お嬢ちゃんの手を縛り上げたらお前の馬に乗せてやりな。さ、皆急ぎな。さっさと帰るよ!」

「はぁい、ママ」 

「あ、あの、母さん、この女は……」

「それも後だ、クルト! ちょっと可愛いからってこんなタイミングで色ボケするなんて! 純情すぎるよ、あんたは」

「はい……」


 あら、クルトの色ボケは信じられたみたい。あの下手な芝居で?

 こうしてわたしは、捕らえられた保安官たちと共に強盗団のアジトへと連れて行かれることになったのであった。

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