ドッカァァァァァァァァァァァァアアアアアアアンンンン!!
深夜一時――。
突如、外から耳をつんざくような巨大な爆発音が聞こえてきた。
宿が揺れている。
わたしは待ってましたとばかりに宿のベッドから飛び降りた。
即座に行動できるよう、いつもの黒ゴスロリ服は着たまま、靴も履いたまま、上半身を起こしたまま壁に寄りかかるようにして寝ていたのだ。
眠りも浅めにしておいたから寝ぼけることなくすぐ動ける。
あぁ、言っておくけど普段はこんなことしないわよ? せっかく宿代払ってるんだもん、しっかりベッドは使わせてもらうわよ。でも今回は別。どこぞの
わたしは窓際に駆け寄って、勢いよくカーテンを開けた。
窓を全開にして外を覗く。
真っ暗な空のあちこちに、モクモクと灰色の煙が立ち昇っている。
ドドォォォォォォォン!
ドドドォォォォォンンン!!
爆発は一発で終わりではなかった。
散発的に続いている。
だがいずれも音は大通りの方からだ。
そちらで何かが起こっているようだ。
下を見ると、飲み屋街だからか、酒の入ったコップ片手に続々と酔客たちが道路に出てきていた。
通り全体が騒然としている。
慌てて逃げる大量の人によって場がかき乱されているので、火薬によるものか魔法によるものか判別不能だが、とりあえず大通りの方で何か良くないことが起っていることだけは分かる。
とそこへ――。
「どけどけ! 邪魔だ!!」
「ちょ、危ねぇ! やめろよ!」
「痛ぇ! なんなんだ、まったく!」
ガラの悪そうな男たちが数人、道路の酔客を突き飛ばしつつこの宿の入り口に入ってくるところが見えた。
続けて、宿の階段をドカドカと上がってくる音が聞こえてくる。
何やら言い争っている声も聞こえるが、乱暴な靴音が近づいてくるところをみると、フロント係と押し問答している者を残して残りは全員二階に向かったのだろう。
目当ての部屋がどこか分かった上で乗りこんできたのだ。狙い? そんなのわたしに決まっているでしょ!
戦闘準備万端だったわたしは、懐から愛用の
バタンっ!!
扉を蹴破って、男たちが部屋に飛び込んできた。
身元がバレるのを防ぐためか、皆、ストールで口元を隠している。
ちょうど完成した魔法陣が、薄っすらと光を放つ。
「おいそこの女、動くんじゃねぇ! 大人しく……」
「ジガス ディ プーギョス(巨神の拳)!」
ドカァァァァァァァァアアアアアンン!!
「ぎゃあぁぁぁぁぁあぁああ!!」
差し渡し二メートルはありそうな毛むくじゃらの右拳が魔法陣から飛び出すと、男たちに豪速の右ストレートをお見舞いした。
カウンター気味にぶっ飛ばされた男たちは廊下の壁に勢いよく叩きつけられ、もれなく気を失う。
わたしはベッドサイドに置いておいた黒い小さなリュックを引っつかむと、倒れて気を失っている男どもをまたいで廊下に出た。
そのまま階段を降りて一階のロビーにいく。
ロビーでは、真面目そうな顔をしたフロント係のオジサンと野卑な感じのお兄さんとが行こう、行かせまいと服を引っ張り合っているところだった。
わたしに気づいた二人が取っ組み合いをしながらも振り返る。
その瞬間、神速で近づいたわたしの左の手刀がお兄さんの首に刺さった。
お兄さんが一瞬で白目を剥いて崩れ落ちる。
「大丈夫ですか? お客さん」
押し問答をしていたせいか、髪が乱れまくったフロント係のオジサンが肩で息をしながらわたしに問いかけてきた。
その目の中には、本気でわたしを心配している色がある。
でも気づいているわよ? 取っ組み合いの最中、絶対に賊のストールには触らなかったことを。顔バレさせたくないっていう
フロント係も何が起こっているか先刻承知の上で協力しているのだろうが、美少女を脅してまで無理矢理言うことを聞かせようとする町の姿勢をあまり良く思っていないのかもしれない。
「ありがとう」
わたしはひと言だけ言うと、振り返ることなく玄関扉から外に出た。
野次馬に混じって煙の立ち昇っている方向を確認したわたしは、そちら――大通りに向かって全速力で走り出したのであった。
◇◆◇◆◇
ズキュン! ズキュゥッゥウウン!!
ドカァン! ガッシャァァァァアアアアン!!
大通りまで出たわたしの見たのは、激しい銃撃戦だった。
建物のかげから顔だけ出して、そっとその様子を見守る。
なんと襲撃先は、よりにもよって保安官事務所。
馬に乗った
近隣の建物からは大勢の人たちの気配を感じるが、こちらは家や商店の扉をしっかり閉ざして出てこない。
そりゃそうだ。よりにもよって保安官事務所に襲撃をかけるような無法者なんかとことを構えたくないもんね。
「おいエリン、あれ見ろ! 脱獄してるぞ」
この町の保安官事務所は留置場も併設されてはいるものの、言うほど大きくはない。
それが、爆薬で破られたものか、建物の反対側の片隅に大穴が開いていた。
あれだけの穴が開くからには盛大に破壊音が響いたはずだが、残った保安官たちは入り口側に釘づけにされてて、そちらまで手が回っていない様子だ。
「えぇい、者ども踏ん張れ! 絶対に引いちゃいかん! 正義を示すのだぁぁぁあ!!」
入り口で迎撃している保安官たちの中から大声で叫ぶ声が聞こえてくる。
目を凝らすと、それは保安官の格好をした白髪の老人だった。
明らかに劣勢なのにあきらめていないのか、口角泡を飛ばし、部下たちを𠮟咤激励している。
「ははぁ、あれが新署長さんね? 確かに頑固そうだわ。あれに居座られちゃやりにくいでしょうね、強盗団の人たちも」
その瞬間、保安官事務所の中から大量の煙が上がった。
とりたてて大きな爆発音はしなかったが、煙の量が多かったのか、保安官事務所の中も外も真っ白だ。
おそらくは、後ろの脱獄口からけむり玉か何かを放り込まれたのだろう。
「勝負あったかしらね」
「だな」
事務所が煙に包まれていたのはせいぜい二、三分だ。
煙が晴れると同時に、中からぞろぞろと強盗団の面々が出てきた。
何か大きな荷物を抱えている。
「放せぇぇぇぇぇぇええええ!! 覚えていろ! 絶対に捕まえてやるからなぁぁぁぁぁああああああ!!」
それは簀巻きにされた新署長だった。
だが、簀巻きは一体ではない。中には見知った顔――ドミニクもいる。
それらが続々と運び出され、馬の背にくくりつけられている。
どうやらアジトに連れて行くつもりのようだ。
「さぁてどうしたものかしら」
これが知り合いなら殺されることはない。芝居の内だ。
だがもしこの中に、外からきてここ最近この町の保安官になった者がいたとしたら?
どさくさ紛れに処分されるのは間違いない。
誰がどっち側だか見た目で判別つかないのが厄介よね。
どう行動すべきか考え込んだ瞬間、真後ろからわたし目がけて、光弾が雨あられと飛んできたのだった。