ハーゲンがイケメンにうなずくと、立っていたイケメンがわたしに向かって深々とお辞儀をした。
「クルトです、オーナー」
改めて見ると、クルトは腰に白いエプロンを巻いていた。
ハーゲンが弟子と言うだけあって、クルトの持ち場は調理場のようだ。
「クルトはこの町の出身なんだが、見どころがあるので俺のサブをやってもらっているんだ。そういえば、今日は途中で材料が足りなくなったんで市場まで走ってもらったんだが、そこで姫さんと会ったんだって?」
「えぇ、偶然ね」
「先ほどは失礼いたしました、オーナー」
クルトがまたも頭を下げる。
ずいぶんと礼儀正しいこと。
「実は下町に妙な料理店があってな? それが極端に不味い料理と極端に美味い料理が混在しているんだ。同じ料理でも日や時間によって味がまったく違う。どうにも気になって調べてみて驚いた」
「なに?」
「店長がちょいちょいサボタージュして酒場に入り浸るもんだから、バイトが代わりに料理を作っていやがった。もちろん、不味い料理を作っていたのが店長で、美味い料理を作っていたのがバイトだ」
「あらまぁ。……ははぁん、そういうことね?」
「そう、そのバイトっていうのがこのクルトだ。まだ荒削りだがちゃんと仕込めば良い料理人になれるだろうってんで即座に引き抜いた。今は俺がつきっきりで教えているんだが、この調子ならそう遠くないうちに一人立ちできそうだ」
「そっか。ま、あんたが認めるくらいなら確実なんでしょ。で? あんた自身の今後の予定は?」
「オレは今、この店の経営と新規事業の立ち上げを並行してやっていてな。クルトの
「はい、店長」
クルトが退出するのを横目で見送ったハーゲンが、右手の指を弾いた。
右手の中指にはめた金のゴツい指輪が淡く光ると、ボックス席を薄い魔法の膜が覆う。
これでこの席は盗聴も出来ない完全隔離の部屋と化した。
密談用にとハーゲンから事前に頼まれ送っておいた呪符がテーブルに埋め込まれていて、金の指輪と併用することで簡易結界が発生する仕組みだ。
結界が正常に張られていることを確認したわたしは、改めてハーゲンに問いかけた。
「で? なによ話って」
「うむ。それなんだが、お願いしておいた件はどうなった?」
「あー、あれ? こんなんでどう?」
わたしはテーブルの上で右手のひらを上に向けた。
手の上に小さな魔法陣が現れ、その上にクジラに似た何かの生き物の
ハーゲンがジっとそれを見て首を横に振る。
「それじゃずんぐりむっくりだ。もっとシャープに、細長くならないか?」
「んじゃ……こう?」
幻影の形が変わる。くじらの形から蛇のように細くなる。
「いいねいいね。そんな感じ。よし、本番はそれで頼む」
「……わけが分からないわよ。こんなんで何をしようっていうの?」
「町おこしさ。このダットンの町は取り立てて目ぼしい産業もなく、どちらかというと貧しい部類に入る。なのにそれなりに成り立っているのはなぜだと思う?」
「何のクイズよ。訪れたばっかりなんだもん、分かるわけがないでしょ?」
「……姫さんはもう見ているはずだぜ?」
ハーゲンが意味深にわたしを見る。
見てる? わたしが? でもこの町に来てからまだ半日よ? そのわたしが見たものなんて……。
そこで一つ、嫌な可能性に行き当たった。
「まさかあの強盗団……」
「正解。このダットンの町は大きく二つの地区に分かれている。今いるここはモーシ村。街道を通る客が落とす金と国からの補助金でギリギリ生活できている。もう一つはミーカ村。崖の上にある集落群だが、
「それで定期的に強盗を? それでよく捕まらないわね」
「そこはそれ。実はここは古くからある町で、モーシもミーカも関係なく親戚だらけなんだ。それこそ、銀行員や保安官も全員親類縁者。本気で捕まえるわけがない」
わたしは口をあんぐり開けた。
そんなわたしを見て、ハーゲンが苦笑する。
「呆れた……。でも、外からくる人だっているでしょうに」
「そういうのは円満に退場してもらう。実はほんの半月ほど前に中央の保安局から署長が異動してきた。結構高齢なんだが、その途端に今朝の事件だ。おそらくは強盗を成功させて、その責任を取らせて追放させるつもりだったんだろう」
「でも失敗した。……え? わたしのせい!?」
「そういうこと。俺の得た情報では今夜またあるぞ。姫さんへの復讐兼、逮捕された仲間の救出兼、署長への脅しってところかな。気をつけろよ」
わたしは一階を見下ろした。
店内には他にも客がいる。
今まで気づいていなかったが、言われてみると客や店員からそれとなく見られている気がする。
つまり、町の人全員がわたしの敵ということか。
ハーゲンが盗聴防止の札をお願いしてくるわけだわ。
そこでふと、あることに気がついた。
全員ではないが、店員の何人かが右耳に
ピアニストも会計係もだ。そういえば、さっきのクルトもコボルトのウェイターも同じピアスをつけていた。
「ね、ハーゲン。紅水晶の法則性ってなに?」
わたしは自分の右耳のピアスをトントンと叩きながらハーゲンに尋ねた。
ハーゲンがニンマリする。
「さすがに気づいたな、姫さん。あれは俺の子飼いの部下の証だ。俺が外から率いてきた者が大半だが、中にはクルトのようにこの町出身の者もいる。だが、安心してくれ。そいつらは、今の町の構造を何とかしたいと思っている奴らだ。町を真っ当な道に戻したいのさ。裏切る心配はねぇよ」
「子飼いね……。これが、新規事業ってこと?」
「いや、これは新規じゃない。今までの延長。俺だけの軍団。そして同時に姫さんのための軍団でもある」
「わたしの?」
「そうだ。普段はスパイ活動をしているが、いざというときには強力な戦力にもなる。あんたが国を取り戻すときに真っ先に駆けつける軍団だ。とはいえ、まだまだ数も経験も少ないからな。今のところは地道に悪魔の書の情報を探させている。ま、これからだな」
悪魔の書を探している!?
「ちょっと、ハーゲン! 危険なのよ!?」
「安心しろ。俺が合格印を押した者しか外には出していない。が、そのぶん精鋭だ。姫さんの手が足りなくなったとき、周りを見回してみるといい。きっと助けになるはずだ」
「……ありがと」
「言ったろ? オレは姫さんに忠誠を誓った姫さん専用の騎士だ。だがオレは姫さんほど強くないからオレなりのやり方で姫さんをサポートする。いや、強いつもりだったんだがな? 今じゃ勝てる気がしねぇ。が、まぁ今はその話はいいや。ほいじゃ、ここから先の打ち合わせをするとしようか……」
わたしはここでようやく、ハーゲンの計画を聞いたのであった。