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第56話 再会

 強盗の襲撃現場からほんの三時間ほどでダットンの町に着いたわたしは、ほっとしたのも束の間、保安官事務所に留め置かれる羽目になってしまった。

 いやいや、もちろん犯人としてではなく協力者としてよ?


 ところが、報告書を提出するのに途中参加の助っ人のことも記載しないといけないとかで、どこからどこへ行く旅だとか魔法使いとしての能力がどうだとか、まぁ微に入り細に入り聞かれてさ。

 愛用のピンク色の短杖ワンドの材質まで聞かれるとは思いもしなかったわよ。


 犯人相手の尋問じゃあるまいし、そこまで聞く?

 それでもらったのが、たかだか数千リール。

 割に合わないったら!


 いや、いるかいらないかって聞かれたら、そりゃいるわよ? お金は大切だもん。

 今は困っていないとはいえ、身一つで行動しているわたしみたいなタイプが財布でも無くそうものなら大惨事だもんね。


 結局、解放されたのは町が夕日を浴びる時間帯になってからだった。

 もう、へっとへと。

 善行ぜんこうをして疲れるってどういう皮肉よ。

 疲れ果てたわたしは、晩ご飯にありつくべく、その足で町の食堂に向かったのだった。


 ◇◆◇◆◇


「また妙な名前をつけて……」


 繁華街を歩きながら見つけたその店の看板に描かれていた絵は、酔っ払って真っ赤な顔をした子豚が二足歩行で千鳥足をしているというものだった。

 店名は『酔いどれこぶた亭』というらしい。


 わたしは肩を一つすくめると、店の扉に近寄った。

 とその瞬間、扉が内側から開いた。

 どうやら内側からと外側からと、扉を開けるタイミングが完全にかち合ってしまったようだ。


「あ!」

「え?」


 扉を開けたのは、金髪をゆるふわツーブロックにしたさわやか系イケメンだった。

 わたしより年上。二十歳前後か、せいぜい二十代半ばに見える。

 上は黒いシャツをラフに着こなし、下は黒のズボンを履いている。身長は完全に見上げる高さで、百八十センチ近くあるようだ。


 イケメンの右耳に紅水晶ローズクォーツのピアスが光っている。

 あら、わたしとおそろいだわ。ずいぶんとお洒落しゃれなこと。


 しばし視線が合う。

 わたしはニッコリ微笑むと、青年に言った。


「お店、やってる?」

「え、えぇ。やっております」

「良かった。では入りたいので、そこを通してくださる?」

「あ、はい。失礼しました。どうぞ、お客さま。ピーター、お客さんだ、頼む!!」


 青年は大慌てで横にずれると、店内に声をかけた。

 それがこの店のユニフォームなのか、中から出てきたのは同じく黒いシャツに黒いズボン、腰にグレーのエプロンをつけた犬顔の種族――コボルトだった。


 なんとこのコボルトも、右耳に紅水晶のピアスをつけている。

 なにげに流行はやっているのかしら。

 コボルトがわたしに笑顔を向けた。


「これはこれは、いらっしゃいませ、お客さま。酔いどれこぶた亭へようこそ」


 さっきの青年といいこのコボルト店員といい、服装のせいか、実にスタイリッシュに見える。

 おかしな店名のわりに、店員の趣味は悪くない。


 コボルトが青年に『早く行け』とばかりに右手を軽く振る。

 青年はコボルトに小さくうなずくと、通りを走って雑踏に消えた。

 ちょっとだけそちらを目で追ったわたしは、改めてコボルトの方に振り返ると口を開いた。


「店長に取り次いでもらえる? エリンが来たって言ってもらえば分かるから」

「存じております。わたくし、ブルーメンタール城におりましたから。ボスから承っております。席にご案内いたしますのでどうぞ」

「そう。ありがと」


 コボルトは犬系の獣人だからか総じて寡黙かもくなタイプが多いが、このコボルトは実に流暢りゅうちょうにしゃべる。


 中に入ってみると、早い時間のわりにほぼ全ての席が埋まっていた。

 壁には赤レンガを並べ、床は古材を使った板張り。アンティークなランプが天井から下がり、若干暗めの店内を演出している。

 ヴィンテージウッドで作られた濃いめのテーブルセットの上には真っ白なクロスが敷かれ、その上に置かれたランプの火がゆらゆらと揺れて実に幻想的だ。


 中央にはちょっとしたステージがあり、グランドピアノとマイクが置いてある。

 ちょうどいい時間に来れたようで、今まさに青いドレスを着た女性が生演奏をしているところだった。

 思わず感嘆かんたんの口笛が出る。


「いい趣味してるじゃない!」

「ありがとうございます。ボスからは二階の席にご案内するよう仰せつかっておりますのでそちらにご案内させていただきます。お足元が暗くなっておりますのでお気をつけください」


 ウェイターに案内されるまま階段を上がってみると、そこはボックス席となっていた。

 二階は吹き抜けとなっており、どこからでも一階のステージが見えるよう、グルっと一周するかたちに席が設置されている。


 カーテンで仕切られた個室で食事を楽しみながら、ゆったりと一階のステージを鑑賞できるというわけだ。

 実に贅沢ぜいたく

 あいつにこんな才能があっただなんてね。

 イスに座ったわたしのすぐ横で、コボルト店員が片膝をついた。


「申し訳ございません、オーナー。本日は店長のご指示により料理は全ておまかせとなっておりますが、構いませんか?」

「そうなの……。いいわ。何が出てくるか楽しみにしていようじゃない。よろしくお願いね」

「かしこまりました。ではごゆっくりどうぞ」


 そして、カーテンがそっとしまった。


 ◇◆◇◆◇


 それから半刻ほど食事と音楽を楽しんだところでカーテンが開き、男が入ってきた。大男だ。

 特徴的な真っ黒なライオンヘアを後ろで結わえ、この店のユニフォームである黒シャツを肘までまくり、黒ズボンの上に黒のギャルソンエプロンをつけている。

 逆三角形で筋肉質の大男にはとても似合っている。


「お味はどうだったい? お姫さん」

「素晴らしかったわ。シェフに賛辞さんじを贈りたいくらいよ」

「そいつは良かった。作った甲斐があったってもんだ」

「……え? あなたが作ったの? 多才ねぇ、ハーゲン……」


 それは、サムラの街で知り合った人狼・ハーゲンだった。

 あのときのハーゲンは白のランニングにベージュのズボンと、貧乏くさく、反面ワイルドなイメージだったが、そうしてパリっとした服装をしていると立派に見えるから不思議だ。


 ハーゲンはニヤっと笑うと、腰につけていたエプロンを外し、わたしの前の席に座った。


「俺はこう見えて、ヴォルクステッセンのホテルで修業していたことがあるんだ。料理長には可愛がってもらったんだがな」

「ヴォルクステッセンっていえば、中央大陸の有名都市じゃない。そんな大都会のホテルで? それが何でこんなところにいるのよ」

「兄弟子を殴って辞めた。よくある話さ」


 ハーゲンは肩をすくめてみせた。

 説明はそれで充分だ。それ以上聞くことはない。

 そこでふと別の疑問を思いつき、尋ねてみた。


「ね、デザートのあの丸いもの、あれ何?」

「あれか? ありゃ饅頭まんじゅうだ。え? 饅頭、知らないか?」

「馬鹿にしないでよ。饅頭くらい知っているわ。そうじゃなくて、あれだけ豪華なコース料理の最後になんで饅頭が出てきたのかって聞いているのよ。そりゃホッカホカで上品な甘さで美味しかったけど」

「おうおう、高評価でなにより。実はあれは俺の弟子が作ったものだ。そしてそれが今回の計画のメインになる。紹介しよう。おい、入ってこい!」


 ハーゲンの声を合図に、また一人、男が入ってきた。

 それは、店に入ろうとしたときにかち合ったあのイケメンだった。

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