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第53話 脱出

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」


 両刃斧ともども真っ赤に燃えながら突進してきたもの、それはドリトスだった。

 いや、比喩ひゆではなく本当に燃えていた。多分、マリアによる炎属性の付与エンチャントだ。

 その証拠に、母親のマリアがすぐ後に続く。

 どうやら、もう海底人たちを倒してきたらしい。やるわね。


「どぉりゃぁぁぁああ!!」


 わたしの身体強化魔法とマリアの属性付与魔法を受けたドリトスは、身体を独楽こまのようにグルグルっと回転させると、武器を持った案山子の群れに突っ込んだ。

 案山子たちがまとめて吹っ飛ぶ。


「わお!」


 どうやら、伊達だて酔狂すいきょうで『旋風せんぷうのドリトス』を名乗っていなかったらしい。

 魔法の補助があるとはいえ、強い強い。正直あなどっていたわ。


「雷撃の雨!」


 マリアの降らせた雷の雨がクラーケンを襲う。

 わたしとマリアの目が合う。


「お嬢ちゃん、今だよ!」


 わたしはマリアの声にうなずくと、クラーケンの頭をめがけて走った。

 ドリトスがわたしの視界の隅で、大回りしつつクラーケンの頭に向かって走っていくのが見える。


 おとり面目躍如めんもくやくじょ。 

 大声で叫びながら走るドリトスに気を取られたか、残った触手たちがドリトスに向かっていく。

 わたしはその隙を見逃さず、書待ちの触手に向かって一気にジャンプした。


 ところがだ。

 案山子の顔が認識できる距離まで接近したあたりで、わたしは絶叫してしまった。


「なんでコイツだけなまなのよぉ!!!!」


 捕らえたタイミングの問題か。 

 見た目、もう完全に溺死体どざえもん

 そんな半生はんなまの遺体に、焦点の合っていないうつろな目で見られてごらんなさいよ。背筋が凍るわよ?

 そして、おそらくこの遺体こそ、ここで大規模転移実験をした悪魔の書の持ち主ユーザーだったのだろう。


 目を背けながらもしっかり悪魔の書を掴んだわたしは、空中で遺体の手から書を強引にひったくった。

 着地するなり悪魔の書を開いてみると、大規模転移魔法が継続しているようで、転移魔法のページが光っている。


「クワトカスストップ(強制停止)!!」


 すかさずアルがそのページを猫の手でたたく。

 無事解除に成功したようで、開いたページの光が消え、代わりに六十という数字が浮かんだ。カウントダウンが始まったのだ。


「急げ、エリン! 停止まで六十秒だ。その前にあの泥の層を抜けるんだ!」

「オーケー! ドリトス、マリア、脱出するわよ。こっち来て!!」

「おう!」

「あいよ!」


 二人が走ってくるのを待つ間に宙に魔法陣を描く。


「マンニャトゥールボ(大竜巻)!」


 先っちょに魔法陣をくっつけたまま、短杖をクラーケンの頭に向けると、強烈な竜巻がクラーケンを襲った。

 威力として考えるとこの程度では威嚇いかくにしかならないが、さすがにうざったいようで、クラーケンは触手を顔の前に集中させて竜巻から逃れようとし始めた。


「待たせたな、お嬢!」

「いつでもいけるよ、お嬢ちゃん!」 

「方向転換、ゲイルエットプロチャエル(疾風怒濤)!!」


 マリア・ドリトスの二人が合流するのと同時に、わたしは杖を真下に向けた。

 床に向かって放たれた大竜巻が、今度はわたしたちを圧倒的スピードで上空へと押しやる。

 飛びながら、海中でも息ができるよう、防御球体で三人まとめて包み込む。


「足がくるぞ! 間に合うか!?」


 ドリトスの声に下を見ると、巨大な八本の足が猛スピードでわたしたちに迫ってきていた。

 大竜巻による視界阻害から解放されて、怒り爆発、一気に攻撃に転嫁てんかしたのだ。

 わたしたちは祈りつつ泥の層に突っ込み、いつしか再び水の層に入り、そして湯池とうちの表面に浮かんだ。


「おぉ! お三人かた、ご無事でしたか!?」


 地上に上がればクラーケンから逃れられると言わんばかりに慌てて岸に上がったわたしたちを出迎えたのは、マリアの治療で元気を取り戻した町長だった。

 どうやらすっかり毒気は抜けたらしい。

 だが、ホっとしたのも束の間――。


 ザパァァァァァァァァァァァアアアア!!


 湖面に急浮上してきたものを見て、わたしたちは相当に肝を冷やし、その後、大爆笑した。

 それは、直径二メートル、長さ十メートルほどのクラーケンの足――の欠片だった。

 足の先っちょが転移陣の消滅に巻き込まれたのだろう。


「ずいぶんと大きいですけど、それ、何ですか? 蛸の足ですか?」


 何がなんだか分からない町長が、だが正解を導きだし、わたしたちに尋ねる。


「深海に棲む化けもの蛸だけどね。……食べる?」

「いえいえ、私、蛸は苦手でして」


 そして再び、わたしたちは大笑いしたのであった。


 ◇◆◇◆◇


 翌日――。

 再び湯池を訪れたわたしたちは、手を池に突っ込んでみた。


 生ぬるい。

 結構な広さの池だけあって一晩程度で元通りとはいかないが、北方の海と繋がる次元の穴も塞がったし、確実に温かくなっているようなので、完全復活まではそう時間もかからないだろう。

 わたしは町長に向き直った。


「この調子なら一週間もあれば完全復活できるでしょ。それまでに出稼ぎ組を呼び戻して宿泊客用の準備をして、お湯の復活を大々的に宣伝して。これから忙しくなるわよ、町長!」

「ありがとうございます! これでこの島は救われました! 本当にありがとうございました!」 


 復活の道筋が立ったからか、ジャンニ町長が号泣ごうきゅうしながらわたしに頭を下げる。


「では、約束の二百万リールです。どうぞお納めください」


 金貨がたんまりと入った皮袋を受け取ったわたしは、それをそっくりそのままマリアに手渡した。

 マリアに渡したのは何となくだ。だってドリトスに渡すと速攻、酒代に溶けちゃいそうなんだもん。


「エリンお嬢ちゃん、これは……」

「お嬢、こりゃ多すぎるぜ。受け取れねぇ」


 あら、意外や意外。受け取り拒否ときたわ。

 だが、わたしは受け取らなかった。


「あんたたちは、わたしの想像以上に役立ってくれたわ。思いもかけず、悪魔の書を処分することができた。大金星よ。ボーナスと思ってくれていいわ」

「それにしたって多すぎるさね。さすがにこの金額となると……」


 言いよどむマリアに向かって、わたしは笑って言った。


「先行投資と思ってくれていいわ。あんたたちとはいつか再び出会えるような気がするの。そのときまた力を貸してもらうから」

「……分かった」


 納得したのか、マリアとドリトスがそろってうなずく。


「じゃ、わたしは行くわ。二人とも元気で。町長さん、頼んでおいた南方行きのチャーター船、用意してくれているわよね」

「大丈夫です。話は通してありますので、このまま港にお向かいください」


 手を振る三人に背を向けると、わたしはミーティアを港へと走らせた。

 白猫アルが姿を現すと、自分の席と言わんばかりにミーティアの背でふんぞり返る。


「しっかしいいのか? エリン。二百万リールって言ったら結構な額だと思うが」

「何を言ってるのよ、アル。どこにあるかも分からない悪魔の書を、思いもかけず一冊処分することができたのよ? めったやたらに探す手間を考えたら二百万でも安いくらいよ。本当にラッキーだったわ」

「ふむ。そういう考え方もあるか」

 キュイキュイ!

「ほら、ミーティアもその通りだって」


 これでまた一つ、わたしたちは目的を果たすことができた。

 この世界にばら撒かれた悪魔の書を一冊残らず処分し尽くすまで、わたしたちの旅は続く。

 わたしは上々の首尾に満足の笑みを浮かべながら、港に向かってミーティアを走らせたのであった。


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