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第52話 囮

「開け、次元の竪穴。集え、我がしもべ! 強制召喚・落とし穴ラクエゥス!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」 

「なに!? なに!? なんなんだい!!」


 上空の泥の層にポツンと二つ穴が開くと、そこを通って何かが落ちてきた。

 両刃斧を持った筋肉ムキムキの戦士と、ローブを着た魔法使いだ。

 すぐ近くで声が聞こえたからか、落下中であるにもかかわらず、互いが互いを見る。


「か、母ちゃん!?」

「ドリトス!? なんであんたが!!」

「わたしがんだからに決まってるでしょーーーー!!!!」 


 遥か下方から聞こえたわたしの声に、落下中の人物――マリア、ドリトスのピナルディ親子が反応して目を丸くしているのが見える。

 おうおう、動揺しておるわ、あはは。


「お嬢!?」

「エリン嬢ちゃん!?」

「フォルティス ベンティス(強風)!」


 墜落する直前に上向きの風が大量に発生する。

 強風がわたしのゴスロリ服を派手にはためかせ、マリアを無事着地させた。

 若干外れた位置にいたドリトスはバランスを崩して転がったように見えたけど、深刻な怪我はしていないでしょ。

 結果を気にせず、魔法陣を描き続ける。


「あんたたちの見せ場を用意したわよ! そぉら、コルプス コンフィルマツィオ(身体強化)!」

 ブォンブォン。


 マリアとドリトスの身体がほんのり光を放つ。

 魔法による身体強化が付与エンチャントされたのだ。


「うぉぉぉ、何だこりゃ! みぃぃぃなぁぁぁぎぃぃぃるぅぅぅぅぅ!!!!」

「こりゃ凄いね。若いころに戻ったみたいに魔力が身体を駆けめぐっているよ」


 マリアが杖を、ドリトスが斧をそれぞれ振り回す。

 血がたぎって仕方がないのだろう。


「わたしはこれから神殿に突入するわ。あんたたちはあっち、海底人たちの相手をお願い!」 

「まかせろ、お嬢! うぉぉぉ、俺は強いぃぃぃぃいい!!」

「あたしたちの強さを見せつけてやろうじゃないか、ドリトス!」


 テンション爆上げなのか、二人はむやみに笑いながら海底人たちに向かって走っていった。

 わたしはそんな二人を軽く右手を振って見送った。


おとり、頑張ってねぇ……」


 五十対二だけど、身体強化しているから死にはしないでしょ。

 わたしは神殿の方に向き直ると、特大クラーケンの待つ入り口に向かって一気に走った。


 ◇◆◇◆◇


 走るわたしの隣を、白猫アルが幻影だけで滑空する。

 実体化していないからアルは攻撃を受けない。こういうとき悪魔はズルいと思う。


 とそこで、直径五メートルの蛸の足が左右からうなりを上げて迫ってきた。

 二本どころではない。

 もう隠す必要がないと思ったか、合計八本の足が神殿のあちこちからウニョウニョと出てきはじめた。

 中には、足の先っちょで石を持っている足もある。

 石? ううん、岩よ。なにせ大きさがわたしの身長を超えているんだから。


「うっはー、岩をつかめる器用さがあるのか、あの足。こりゃ凄いな」

「感心してる場合じゃないでしょ! あんなの当たったらひとたまりもないわよ!!」


 ブゥゥゥゥゥゥンン!


 走るスピードギアを百メートル三秒モードにまで上げたわたしは、横から迫ってきた蛸足をジャンプして避けると、続いて上から迫ってきた足を飛び退すさって避けた。


 ドドォォォォンン!!

「わわわわわ!」


 地面への叩きつけ攻撃で海底が揺れる。

 想像以上の揺れに、不覚にも浮いてしまう。

 そこを狙って、岩が投擲とうてきされた。圧倒的大質量が迫る。

 ヤバい! ヤバい!! ヤバい!!! ヤバい!!!!


「サジタルーキス チェントイクトス(光の矢、百連)!!」


 わたしは宙で身体をひねりながら、迫りくる岩に向かって必死に光の矢を放った。


 ドガガガァァァァァァァァァンン!!!!


 間一髪、わたしに当たる直前で岩が爆散する。

 もうもうたる煙で視界が塞がる。まるで煙幕だ。


「あっぶな!!」

「しめた! エリン、今のうちに神殿に飛び込め! こっちも見えていないが、向こうも見えていない!」

「了解!」


 着地すると同時にダッシュして、神殿に飛び込んだ。

 そのまま一気に神殿中央を目指す。


 神殿の中は、壁は最低限でメインは柱だった。柱だらけだった。

 これじゃ、足がつかえて、クラーケンは外に出られないじゃない。


 海底人たちは、この特大クラーケンを神としてまつるのと同時に、自由に移動されることを恐れてここに縛りつけているのかもしれない。


 そして案の定、神殿のそこかしこに人間の白骨死体が無造作にばら撒いてあった。

 アルがしゃがみ込む。 


「見ろよ、このご遺体。ターミアTシャツを着ているよ」

「そっか。やっぱり一連の騒動の原因はここか……。偶然別の海に繋がったことを知ったクラーケンが手下を使役しえきして、新たなる犠牲者を連れてこさせていたのね」


 死者へ祈りを捧げたわたしは、真っ直ぐに神殿中央へと進んだ。

 そしてわたしはそこで、クラーケンの頭と相対あいたいした。


 いやぁ、大きい、大きい。

 巨大な蛸の顔がわたしを見下ろす。

 頭のてっぺんなんか遥か十メートルも上よ? いやいや、さすがにこれを倒すのは厳しいなぁ。

 そんなわたしの目が一点を捉えた。 


「なに、あれ……。人?」

「悪魔の書だ……」


 それ――触手にしっかりと掴まれたそれは、人間の形をしていた。

 右手に悪魔の書を持っている。


「死体で案山子かかしを作っているんだ……。趣味悪ぅ……」


 だが、死体案山子は、悪魔の書を持った一体だけではなかった。

 剣や槍など、武器を持たせた案山子がわんさかいる。

 こちらの狙いが分かっているのか、クラーケンは書持ちの一体を顔の近くに待機させたまま、武器を持った案山子を一斉に繰り出してきた。


「グラディウス ルーチス(光の剣)!」


 短杖を左手に持ち替えたわたしは、右の手刀に光の剣を宿し、剣案山子の斬撃を受け止めた。

 言っちゃあ何だけど、専門ではないだけでわたしは剣の腕もそれなりにある。

 触手に振り回されるだけの案山子など、わたしの敵ではない。


 だがここで、クラーケンがなぜわざわざ案山子なんかを用意したのか、その理由がやっと分かった。 

 どう触手を突っ込んで動かしているものか、クラーケンは器用なことに、白骨死体をまるで生きているものかのように動かしていたのだ。

 ありえない方向にカックンカックン手足や首が曲がる、その気持ち悪さときたら!


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

「うはははは! 近くで見ると引くほど気持ち悪いな、コレ」


 隣にいるアルが頬を引きつらせて笑っているが、反論不可。思わず腰が引けてしまう。

 こんなのとまともに戦えるわけがないじゃない。


 こちらの消極性を感じ取ったか、クラーケンは白骨死体をどんどん追加し、繰り出してくる。


「無理無理無理無理ぃぃぃぃぃ!!」

「何やってるんだよ、エリン! いつものエリンならこんな奴ら、どうとでもなるだろうが! 早く悪魔の書を奪うんだよ!」

「触りたくないんだってぇぇぇぇ!!」


 いやもう、気持ち悪くていなすのが精一杯。

 おかげで手数が拮抗きっこうし、次の手が打てない。

 このままではわたしの体力が先に尽きてしまう。

 とそこで、わたしに頼もしい援軍が現れた。 

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