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第51話 海底神殿

「うー、寒っ。えぇい、カリドゥマエレム(暖気)!」


 エルデ海は南国の海だが、やはりこれだけ潜ると寒さが増すのだろう。

 魔法で暖かくなったわたしは、周囲を油断なく見回した。


 それにしても、エルデ海の海底にこんな立派な神殿があるだなんて驚きよね。

 だいたい何よこの大きさ。端から端まで歩いたら何分かかるか分かったもんじゃないわ。


 しかも、神殿のエリアだけをすっぽりと囲むように空気の層に包まれている。

 障壁バリアには結構な水圧がかかっているはずだけど、これだけの広さの空間を常時守護するのにどれだけの魔力が必要なのか。

 とそこで、アルが素っ頓狂すっとんきょうな声を出した。


「こいつは驚いた。エリン、ここはエルデ海じゃないぞ」

「何言ってんの、アル。ここはガム島の真下よ? エルデ海じゃなかったらどこだっていうのよ」


 空中に映像を浮かび上がらせたアルが、映像を見ながら小さな操作板キーボードをポチポチと叩いている。

 どこから出したんだろ、そんなの。

 悪魔の技術ってホント理解不能だわ。


「聞いて驚け。ガム島から北へ二千キロ。ダリル海だ」

「はぁ!? だって転送陣なんてどこにも……まさか、さっきの泥の層?」

「そのとおり。あれに転移魔法陣が仕かけられていた」

「であるにしても、二千キロを転移させるなんてどう考えても不可能よ」

「そこはそれ。悪魔の書を使った形跡がある。しかも、ここ半年ってところだ」

「半年?」


 アルがまた、どこからか引っ張り出したゴーグルをかぶると、遥か上空の泥の層を眺めだした。


「ふむ」


 わたしも何だか分からないなりに、一緒になって上空を見る。

 泥海が結構な大きさで広がっている。

 あの泥の層を通れば、ガム島と行き来できるって仕かけ? そんな馬鹿な。


「それにしても、悪魔の書ですって? こんなところで? 誰が? 何のために?」

「誰かは分からないけど、術式を何度も描きなぐった形跡がある。かなり焦ってる。多分だけど、悪魔の書を入手した何者かが大規模転移実験をした結果、間違って色んな場所と繋がっちゃったんじゃないかな」

「なんてはた迷惑な。術者は? まだここにいるの?」


 わたしの問いに、アルが渋い顔で考え込む。


「それなんだよ。術者の反応がないのに悪魔の書の反応だけがまだあるんだ。怖くなって悪魔の書を捨てて逃げたか……あるいはすでに殺されたか」

「とりあえず、ガム島のお湯が水になった原因がそれであることは間違いないわけよね? ならわたしたちのやることは、転移陣の封鎖と悪魔の書の回収ってとこかしら。それで池の水は正常化する?」

「多分な。問題は、素直に転移陣を塞がせてもらえるかってことだ」


 アルがゴーグルを外しながら神殿を指さす。

 見ると神殿の中から続々と人が出てくる。

 サメの頭に人の身体。魚人だ。


 しっかり鎧を着こみ、右手に三叉槍トライデントを、左腕に円形盾ラウンドシールドを装備しているが、サハギンの間抜け顔と違って、顔から人間並みの知性を感じられる。

 しかも、鍛えているのか、皆、二の腕が太くて実に強そうだ。

 五十名あまりの兵士が神殿入り口にズラっと横並びになると、中央にいた一人が一歩前に出た。

 こいつだけ兜をかぶっている。


「そこの人間! どこから入り込んだ!」


 と、誰何すいかの声。

 うーん、怒っているっぽい? まぁ、不審者だし不法侵入者だしで仕方ないんだけど、できれば衝突はしたくない。来たくて来たわけじゃないし。よし、ここは一つ……。


「あー、コニチハ! ココハドコデスカー? ワタシ、タビビート、マヨテシマタアールヨ。 スグカエルノデー、キニシナイデクダサーイ。デハサヨウーナラー」

「なぜ片言かたことでしゃべる。……ここは我ら海底人ノルーヴァの大切な神殿だ。侵入者は神へのにえになってもらうぞ!」


 海底人兵士たちは一斉に駆け寄ってくると、わたしに向かって必殺の気合のこもった三叉槍を突き出した。


 まー、殺す気まんまん。

 軍人の見た目は伊達だてではないようで、リーチがありながらも素早い動きで突き出された槍が、わたしの逃走を阻む。

 わぉ、訓練されてるぅ。


 わたしは槍を避けながら、右手に持っていた短杖でササっと魔法陣を描いた。


「メンブラフェロー(鋼鉄の四肢)!」


 現れた四枚の魔法陣が、わたしの手足に貼りついて消える。

 手足を鋼鉄並みの硬さにしたわたしは、繰り出された槍を蹴りの一撃でまとめてへし折った。

 海底人兵士たちに動揺が広がる。

 うんうん、分かる分かる。こんな超絶美少女がそんなに強いだなんて思いもしないもんね。


「ふん! 神さまですって? そんなものどこにいるってのよ!」

「なら、我が神の恐ろしさを身をもって味わうがいい!」


 隊長がニヤリと笑いながら距離を取った。

 次の瞬間、左後ろ――死角から猛スピードで迫ってきた何かが、問答無用でわたしを吹っ飛ばした。


 ◇◆◇◆◇


「なに!? 何の攻撃!?」

 ピーピーピーピー!!!!


 想定外の事態に、わたしのまとった自動展開型の魔法防御壁が盛大に警告音を発した。

 索敵可能距離レンジ外から、一瞬で敵に侵入されたですって!?


 だが、感覚で分かった。

 これは質量攻撃だ。つまり実体によるもの。決して魔法ではない。

 自動発動する防御壁がなかったら一撃死するほどの圧倒的大質量による衝撃が、いきなりわたしを襲ったのだ。


 空気の層からあっさりと海中に吹っ飛ばされたわたしは、空気の膜をまといつつ敵の姿を求めた。

 だが敵がいない。一撃を加えた後、一瞬で索敵距離外に移動したのだ。

 そんな馬鹿な。

 早すぎてわけがわからないわよ。


「またくるぞ、エリン! 後ろだ!!」

「後ろ!?」


 振り返った瞬間、わたしはまたも強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。

 今度は神殿に向かってすっ飛んでいく。

 完全に遊ばれている。 


「わたしはお手玉じゃないぞ!!」

「うっは、こいつはデカいな!」


 神殿前の広場上空を高速で通過しながら、ようやく敵の姿を視界にとらえたわたしの背筋が凍る。


 それは、大小さまざまな吸盤のついた巨大な蛸の足だった。

 直径五メートル超えの蛸の足。

 太さがこれなら、足一本の長さなんて優に百メートルを超えているはず。そんなもの誰が想像できる? なら本体はどれだけ大きいのよ。


 どうやら本体は神殿の中で、そこから手足だけを出しているようだった。

 これだけ大きけりゃ、そりゃ神さま扱いだってされるってものよね。

 でも、これで神さまとやらの正体が分かった。これはクラーケンだ。ターミアの浜で倒したのと比べて段違いに大きいけど。


「アル! 悪魔の書はどこにある?」

「神殿の中だ! だが、蛸野郎の攻撃を掻いくぐって神殿探索をするのは至難の業だぞ! どうする?」

「最短距離で突っ込むわ! ナビをお願い!」

 ザザザザザァァァァァ。


 身体にまとった空気を射出して上手いこと神殿の床にスライディング着地したわたしは、足を止めることなく、魔法陣を描きながらダッシュした。


「コルプス コンフィルマツィオ(身体強化)!」

 ブォンブォン。ブォンブォン。


 攻撃力アップ・防御力アップ・速度アップ・回復力アップと、様々な効果を付与する光がわたしを包み込み、薄っすら点滅する。


「来るぞ、エリン!」


 見ると、いつの間にか後ろに回り込んだ海底人兵士たちが槍を片手に駆け寄ってくる。

 前方の神殿入り口では、わたしをエサにすべく、蛸の足がうねうねと動いている。 

 前門のクラーケン、後門の海底人だ。

 双方からの距離を測りつつ、わたしは短杖を構えた。

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