田舎だろうと都会だろうと結婚式の流れ自体はそう変わらない。
父親にエスコートされてバージンロードを歩いた新婦は、祭壇前で待つ新郎と共に神父を前に愛の誓いをする。
今回、悪魔の書による大規模魔法を行使したお陰で新婦の兄・アランを式に出席させることができたので、アランが新婦側の父親代わりを務めることとなった。
花嫁をエスコートして歩くアランも、アランから花嫁を託された新郎・ディオンも、双方涙もろい性格だったらしく、終始涙と鼻水だらけの結婚式となった。
そうして、誓いにリング交換に証明書への記載と、教会内で行われることを無事終えて、新郎新婦と親族以外は外に出された。
この後は、アフターセレモニーだ。
教会でライスシャワーやブーケトス、記念撮影等が行われたあと、場所を新郎の実家でもある宿屋『女神のまどろみ亭』に移し、そこで夜を徹しての宴会となる。
色々トラブルがあって時間ギリギリではあったが、間に合って本当に良かった。
このドタバタもまた、いい思い出になるだろう。
と、教会の扉が開いて新郎新婦が出てきた。
待ち受けていた人々が一斉にライスシャワーを浴びせる。
そんな中、わたしは一人、列席者から離れて、庭の隅に置かれたベンチに座っていた。
本来なら皆と一緒に新郎新婦のところに行っているところだが、今は身体がぐったりしていて動けない。
こうして座っているのがやっとだ。
「素敵ね……」
「そうか? 素材も装飾も、エリンが今着ているゴスロリ服の方がよっぽど良いモノだろうに」
芝生に座ってあぐらをかいていた白猫アルが、興味なさそうに混ぜっ返す。
結婚式だというのに、わたしは今日も黒いゴスロリ服だ。
だって黒以外のドレスなんか持っていないもん。
ちなみに旅行カバンには五着、微妙に違ったデザインの黒のゴスロリ服が入っていて、日々着回しているのだが、ま、誰も気付いていないでしょうね。
「分かってないわねぇ。花嫁さんの衣装は特別なのよ? 素材もデザインも関係なく、花嫁さんが着る、ただそれだけで素敵なのよ」
「そんなものかね」
そこへ、誰かが近寄ってきてわたしの隣に座った。
アルが姿を消す。
「どう? あのウェディングドレス。綺麗でしょう?」
「えぇ、とっても素敵です!」
それはデザイナーのエレーヌだった。
右手首に包帯を巻いた、四十代と
「こちら、あたしの弟子のクラーラ。クラーラ、こちらがあたしたちを川向こうから運んでくれた大魔法使いのエリンちゃんよ」
「色々お世話になりました、エリンさん」
笑顔のクラーラがペコリと頭を下げる。
その雰囲気がどことなくエレーヌに似ている。
やはり師匠と弟子だけあって似るものなのだろうか。
クラーラが握手を求めて、わたしに右手を差し出してきた。
わたしは痛めた手首に負担がかからぬよう、その右手をそっと握った。
「あら? 痛みが……消えた?」
クラーラが目を丸くして、包帯の巻かれた手首をそっと動かす。
「本当は完治させてあげたいんですけど、今魔力切れを起こしていて。鎮痛効果だけです。すみません」
「それでも凄いわ! ありがとう、エリンさん」
悪魔の書は使用者に莫大な力を与えてくれる代わりに、対価として術者の魔力をゴッソリ持っていく。
そんな状態で常時展開型の防御魔法で勝手に魔力を垂れ流しているのだから、あっという間にその他の魔法が一切使えなくなる。
それは『蒼天のグリモワール』の持ち主たるわたしも例外ではない。
「悪魔の書をめったやたらに使うもんじゃないよ、エリン。案の定、魔力切れを起こしちゃってさ。こんなとこ敵に襲われたら一貫の終わりだぞ? もうちょっと使いどころを考えろよ」
エレーヌとクラーラが席を離れたのをきっかけに、アルが苦言を呈す。
「花嫁さんには幸せになって欲しいじゃない? 人生の門出なんだからさ。それに、魔力が切れてもわたしにはアレがあるし」
言いながら立ち上がったわたしは、庭を横切り、そっと教会を出た。
そのまま裏に繋いでおいたミーティアに乗って街の出口まで向かう。
「アレは最終手段だ。くれぐれも、アレを前提に戦術を立てるなよ?」
「分かってるって」
ミーティアの背中でふんぞり返っていたアルが、遠く離れゆく教会の尖塔を見ながらため息をついた。
「あーあ。パーティー会場の厨房で、美味しそうな料理をいっぱい作ってたの見たんだけどなぁ」
「アルは食事をする必要なんてないでしょうに。まぁでも、そんなこともあろうかと持ってきたものがあるの。ほら」
「これ……」
懐から取り出したのは、白いレースのハンカチに包んだクッキーだった。
何てことない普通のクッキー。むしろ、懐に入れておいたから
だが、アルは嬉しそうに笑うと、無造作に口に放り込んだ。
何かを思い出すかのように、目をつぶって
「……懐かしいなぁ、この味。まるで変っていない」
「ウミガメ亭でウェディングケーキを作るときに余った材料で作ったのよ。まぁ単純なお菓子だし、このわたしをもってしても、さすがに味は変わりようがないわね」
「毎年くれたよな、これ。エリンと初めて会った日をボクの誕生日に見立ててさ。五百年なかったから、すっかり忘れてたよ」
「アルの誕生日はまだ先だけどね。五百年あげてなかったから、その分……ね。ま、対価ってやつとも思っていいわよ」
「嬉しいよ、エリン。ボクにこんなものをくれるのはエリンだけだからな。きっちり対価にはなったさ」
「ならいいけど」
わたしたちは笑いながらミーティアの背に揺られ、順調に町を出た。
カランカラーン。カランカラーン。
遥か後方から教会の鐘の音が聞こえてきた。
わたしはミーティアを止めて、振り返った。
青空に爽やかな鐘の音が響き渡っている。
黒色のタキシードを着た新郎ディオンと、純白のウェディングドレスを着た新婦アニエスの姿を思い浮かべる。
これから彼らはこの町で新たな生活を始めるのだろう。
やがて子供も生まれ、賑やかになるに違いない。
「行きましょっか」
「おう」
キュイキュイ!
わたしはミーティアの手綱を操りながら、これから始まる新郎新婦の未来を思い浮かべ、微笑んだ。