「そら、これも持って行きなさい」
「わぁい!!」
お土産としてリュックいっぱい桃をもらったチビドラゴンのロヴィーが、大喜びでそこら辺を駆け回る。
ロヴィー坊やは夕方には解放された。
仕事は子ども用のあまり難しくない、桃農家のお爺さんの手伝いに過ぎなかったが、それでも勝手に食べた桃の代金分をしっかり働いて返したのだ。
頑張った息子を見て成長を実感したのか、フレイチェが涙を流している。
「また手伝いにおいで。美味しい桃を用意して待っているから」
「うん! また来るね!!」
フレイチェは桃農家のお爺さんに向かって何度も何度も頭を下げると、ドラゴンに
ロヴィーもその横で同じようにドラゴンに姿を変えると空に浮いた。
茜色の空を裂いて悠々と飛ぶわたしたちだったが、反面、フレイチェの声は沈んでいた。
『誤解だったとはいえ私、街を襲ってしまいました。街の皆さんにどう謝罪したらいいか……』
「誠心誠意謝れば分かってもらえるわよ。それに、ディオンさんたちが取りなしてくれるでしょうしね。あとはあなたたちの今後の態度次第。あまり思いつめないことよ」
ミーティアを通じてディオンと連絡を取っていたからか、山には
討伐隊の人たちはもちろん、登山家たちや街の人たちも大勢集まっている。
そんな中、ゆっくりと頂上広場に降り立ったドラゴンのフレイチェは、人間形態になると、集まった人々の前で深々と頭を下げた。
ロヴィーも一緒にチョコンと頭を下げる。
「申し訳ございませんでした! すべて私の誤解でした。息子もこうして見つかりました。街を破壊してしまったことをどうやって償えばよいか分かりませんが、どうかお許しください!」
ところが――。
「ロヴィー坊やが見つかったかい! そいつぁ良かった! 坊主、あんまり母ちゃんに心配かけるんじゃねぇぞ!」
「おかえり、フレイチェさん。ロヴィー坊やもすっかり一人で行動できるようになったんだねぇ。成長したじゃないか!」
「いやぁ、坊主が見つかって良かった良かった」
「本当にねぇ。あたしたちも心配してたんだよ。これで一安心だ」
人々の優しい言葉にフレイチェは大泣きし、泣く母を見てロヴィーまで泣き出し、そんな二人を街の人が囲んで
こうしてドラゴン騒動は終わったのであった。
◇◆◇◆◇
「そういえばフレイチェ、あなた変身できるのに何でドラゴンの姿でガラティオ山の頂上にいるわけ?」
翌朝、宿屋『女神のまどろみ亭』で昼から行われるパーティ用の飾りつけをしながら一緒に準備をしているフレイチェに尋ねてみた。
今日は式までの間、ロヴィーが一人で頂上でのお留守番をするらしい。
「あれが仕事なんです。お役所からお給料も頂いていますし。お
「観光ドラゴン……。あぁ、だからロヴィー君がアイドルって呼ばれてたのね。納得したわ。ははっ」
世の中色んな職業があるものだけど、観光資源になっているドラゴンなんて初めて見たわ。世界って広いわぁ。
ちょうどその時、朝からどこかへ出かけていたこの宿の亭主・ドニが慌てて帰ってきた。
「まずいことになったぞ! ウェディングケーキが作れんそうだ!」
「どういうこと?」
パーティ用の食事の
「川の氾濫で予定していた材料が入って来ていないらしい。このままではケーキが作れん!」
皆の顔が青ざめる。
といって手をこまねいているわけにもいかない。
わたしは集まった人たちに問いかけた。
「ケーキの材料っていったら卵や小麦粉あたり? それとフルーツとか? 町内からかき集められない?」
「いや、無理だ。そもそもこの辺では結婚式とか、そういう特別なとき以外、ケーキを作る習慣が無いんだ」
「え? ケーキ屋ないの?」
「無い。横町の食堂『ウミガメ亭』のご主人がケーキを作れるから頼んだってだけなんだよ」
「何ですって!?」
とそこへ、今度はこの宿の女将・カリーナが駆け込んできた。
「大変だよ! ウェディングドレスを頼んでいたクラーラさんが昨夜転んで手に怪我をしたんだって! そのせいで最後の仕上げができないらしい。このままじゃドレスが仕上がらないよ!」
「何てこと……」
花嫁・アニエス=ルヴェルの顔が青くなる。
「誰か手伝える人はいないの?」
「いや、駄目だよ。クラーラさんは都会から移住してきた服屋さんなんだけど、あたしたち田舎者では技術に雲泥の差があって手伝いようがないんだ」
「……都会からきた服屋さん?」
わたしの頭の中で何かが繋がる。
必要なのはケーキの材料。そしてドレスを仕上げられる専門家……。
とそこへ、花婿のディオンが入ってきた。
花嫁アニスが慌てて近寄る。
「何かあったのかい? 父さんも母さんも慌てて駆けこんできたみたいだけど」
「あぁ、ディオン、色々トラブルが起きて大変なの! このままじゃ結婚式ができないかもしれないわ!」
「何だって!?」
寄り添い合う新郎新婦を裂くのは心苦しいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
わたしはディオンの首根っこを掴み、強引にこちらに向けさせた。
「いててて! あぁ、エリンさん。何がどうなってるんです?」
「ディオンさん。今すぐガラティオ山に行って、ロヴィー君から桃をいくつか分けてもらってくれる?」
「え? 何で?」
「いいから今すぐ行く!!」
「は、はい!!」
慌てて出て行くディオンに一瞥もせず、わたしは今度はフレイチェに向き直った。
「フレイチェ、飛べるわよね? 償う絶好のチャンスだわ。一緒に来てもらうわよ?」
「は、はい!」
わたしの真剣な表情にただならぬものを感じたか、フレイチェがドラゴンに戻るべく、店の前の通りに慌てて出る。
「わたしに考えがあります。ケーキもドレスも必ず間に合わせますから、皆さんは予定通り自分の作業を続けてください!」
唖然とする人たちを残して店から飛び出したわたしは、ドラゴンに
ミーティアはお留守番だ。
『どこへ向かいますか? エリンさん!』
「川へ! ひと働きして貰うわよ、フレイチェ!」
『承知しました!』
フレイチェは大きく羽ばたくと、一気に川へ向かって飛んだ。