翌朝――。
白猫アルがわたしの額に右手をギュっと押しつけた。
肉球の感覚が気持ちいい。
「そら、これでいい。人間の使うレベルの探知魔法とは訳が違うからな。ま、今のエリンなら問題なく使えるだろうさ。やってみな」
目を開けたわたしの頭の中に三次元探査レーダーが浮かぶ。
遠くの方に光点が一つ浮かんでいる。
情報量が多すぎて酔いそうな感覚があるが、短時間なら何とかなりそうだ。
「これ、索敵範囲が段違いだね。さっすが悪魔王。アル、感謝してるぅぅぅぅ!!」
思わずアルを抱きしめると、アルは猫パンチをわたしの頬にゲシゲシと当てて邪険に押しのける。
照れなくっていいのに。
「やめろ、暑苦しい! それよりもエリン。ボクに魔法を使わせるんだ。対価、ちゃんと考えてあるんだろうな」
「もちろんだよ。期待しといて!」
「ちょっとやそっとじゃ納得しないからな」
言うだけ言ってフっと消えたアルを放って、わたしはドラゴンのフレイチェと保安官ディオンのところに戻った。
気持ちが
ディオンはディオンで、どこからかかき集めて来たらしき野菜をミーティアにあげているところだ。
「んじゃ、行きましょ。フレイチェさん、お願い」
『任せてください』
フレイチェが背中に乗れとばかりに長い首でジェスチャーする。
乗りながらディオンに指示する。
「ディオンさん、多分、今日中に帰れると思うからそれまでミーティアのお世話をお願いね」
「了解! お気をつけて!」
キュイィィイ!
ドラゴンの羽ばたきによる風を浴びながら、ディオンが叫ぶ。
ミーティアはわたしとの繋がりを感じるからか、意外と平気な様子だ。
「行ってきまーーす!!」
こうしてわたしはドラゴンのフレイチェの背に乗って、束の間の空の旅をすることになったのである。
◇◆◇◆◇
「あそこ! あれっぽくない?」
『ロヴィー!?』
ドラゴンの飛行速度は凄まじく、探査レーダーの光点の位置までほんの一時間で着いてしまった。
フレイチェの焦りの気持ちもあったのだろうが、それにしても早い。
全長三メートル程度の小さなドラゴンが、木々が整然と立ち並ぶ中を荷車を牽いている。
隣に誰かいるが、捕まって使役されているのだろうか。
『ロヴィー!!』
ズダァァァァァァァアン!!
フレイチェは猛スピードで降下すると、地響きを立てて着地した。
『ニンゲン! 貴様が坊やをさらったのか!!』
「な、何じゃ何じゃ!?」
『あ、ママー!』
「ちょっと待って、フレイチェ。短気を起こしちゃ駄目! ほら、何か
チビドラゴンといたのは、赤い格子柄のシャツに着古されたデニム地のオーバーオール、長靴に麦わら帽子という、いかにも農業従事者っぽい恰好をした小柄なお爺さんだった。
「……こりゃ何じゃい?」
お爺さんがビックリ顔で頭から麦わら帽子を取った。
禿げあがった頭が露わになる。
ドラゴンのフレイチェ、その背から飛び降りたわたし、キョトンとした顔をしているチビドラゴンのロヴィー、そしてお爺さんの四人の視線が交錯する。
だが、どう見てもこのお爺さんがドラゴンをさらうなんて悪行をできるようには思えない。
「ともかく事情を聞きましょ」
怒りの表情を浮かべるフレイチェを
◇◆◇◆◇
「申し訳次第もございません!!!!」
人間形態に戻ったフレイチェがお爺さんに向かって深々と頭を下げた。
その脇で、これまた人間形態になった十歳くらいの少年――ロヴィーが大人しく頭を下げている。
くりっくりの目と母親ゆずりの栗色の髪が特徴の、愛嬌のある美少年だ。
「あぁ、いいってことよ。誤解が解けたんならいいわさ。ま、立ちなさい」
お爺さんが切り株に腰かけながらカンラカンラと笑う。
わたしはその場に立ったまま、先ほど聞いた言葉を
「えっとまず、ロヴィー君は登山客から桃を貰ったのね?」
「そう! それがとっても美味しくってさ。どこで手に入るの? って聞いたら西の山だって言うんだ。もういても立ってもいられなくなって、探しに行ったんだ」
「で、ここに辿り着いて……ここの農園の桃を勝手に食べちゃったと」
わたしは周りの木を見回した。
そこに
小さくてもドラゴンだ。そりゃこのくらいペロリだよね。
「そこをこの桃農家さんに見つかって怒られたのね?」
「そうそう。まぁそれは許してもらえたんだけど、お代を請求されちゃってさ? 結構な量、食べちゃったしねぇ。でもボクお金持ってないじゃない? だから働いて返すよって言ったんだ」
「ちなみにそれはおいくらくらいでしょうか……」
申し訳なさそうに懐から財布を取り出そうとするフレイチェを、桃農家のお爺さんが厳しく止める。
「駄目だ。そりゃいかんよ、ママさん。この子はワシに働いて返すと言ったんだ。ママに払ってもらうとは言っていない。自分のしでかしたことに自分でケリを付けようっていう子供の意思を無にしちゃいけない。黙って見ていなさい」
「ボク、大丈夫だよ? ちゃんと働いて返すんだ!」
「ロヴィー……」
どうやらロヴィー坊やの気持ちは固いらしい。これは邪魔しちゃ駄目だ。
わたしは農園の隅に建っている小屋を観察した。
中に人がいる気配はない。どこやらこのお爺さん一人でここに住んでいるっぽい。
ならば――。
「オッケー、オッケー。じゃ、わたしたちは邪魔をしない。お爺さん、ロヴィー坊やのこと、頼みます。でもそれはそれとして、わたしたち、ここでただ待っているのも退屈なので、お昼やお茶の用意でもしますね。それは構わないでしょう?」
「え? そりゃ助かるがしかし……」
「じゃ、お台所をお借りしますね? フレイチェ、行くわよ」
「は、はい!」
困惑するフレイチェを伴って、わたしは小屋へと向かった。