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第26話 ドラゴンの悩み

「ジガス ディ プーギョス(巨神の拳)!」


 差し渡し二メートルもある巨大な拳がうなりをあげて魔法陣から飛び出すと、ドラゴンの顔面にクリーンヒットした。

 全長十メートルのドラゴンが巣から吹っ飛ばされる。


「グォォォォッォォォォォオオ!!」

 ズダァァァァァァアン!


 滞空時間、キッカリ三秒。

 ドラゴンが頂上広場に落下し、土煙がもうもうと立つ。 


「凄い……!」


 ディオンの声が聞こえる。どうやら無事だったらしい。

 振り返ると、売店だった瓦礫がれきそばで口をあんぐり開けて突っ立っているのが見える。

 ディオンに隠れてろ、と右手でジェスチャーすると、わたしはまたすぐドラゴンの方に向き直った。


 慌てて起き上がったドラゴンが驚愕きょうがくの目でわたしを見るも、すぐに気を取り直したか、こんどは灼熱のブレスを吐いてきた。


 一千度の火炎放射が舐めるように地面を灼きつつわたしを追ってくる。


 魔法で身体強化をしているわたしは、短杖ワンドで魔法陣を描きつつ百メートル三秒の走りでブレスを避けると、再びドラゴンの懐に飛び込んだ。


「ジガス ディ プーギョス ベンティラヴィス(巨神の拳 アッパーカット)!」


 ドラゴンの目の前に大きな魔法陣が現れると、そこから今度は真上に向かって巨大な拳が飛び出した。

 巨神のアッパーがドラゴンの顎にクリティカルヒットする。


「ガァァァァァァァアアァァアアアア!!!!」

 ズダダダダァァァァァァァン!!


 ドラゴンがまたも土煙を立てて、頂上広場に横倒しになる。

 脳震盪のうしんとうでも起こしたか、一瞬ボーっとするも、すぐに長い首を振りつつ起き上がった。


 とそこで、突きつけられた短杖に気づいたドラゴンの動きが止まった。

 同時にわたしの動きも止まる。

 いつの間に割り込んだのか、ディオンがドラゴンをかばう形で両手を広げて立っている。


「そこまでです、エリンさん」

「……あぁ、はいはい。説得せっとくね? どうぞ、お好きなように」


 わたしはため息をつきつつ短杖を懐にしまうと、ディオンにその場を譲った。

 ディオンはわたしに一礼すると、ドラゴンの方に振り返って恐る恐る問いかけた。


「フレイチェ、俺が分かるか? 保安官のディオンだ。教えてくれ。君は何をそんなに怒っているんだ? 良ければ話を聞かせてくれないか?」

『ニンゲンめ! ワタシの子をさらっておいてぬけぬけと!』


 わたしとディオンの目が合う。

 ディオンが慌てて首を横に振る。


「いやいやいや、ちょっと待ってくれ! ロヴィー坊やがさらわれた? そりゃいったい何の話だ?」

「子供がさらわれたの? あなたはそれを見ていたの?」

『見てはいない。ちょっと用事があって出かけていたのだが、帰って来たら子供がいなかったのだ。お前たちがさらったに決まってる!!』

「証拠もないのに決めつけるのはどうかと思うわよ?」


 そこで、ディオンが顎に手を当て、何か記憶を探り始めた。


「待てよ? そういえばアマンダ婆さんが妙なこと言ってたような……」

『やっぱりか! 我が子を返せ、ニンゲン!!』


 ドラゴンの怒りの咆哮で空気がビリビリと震える。

 ディオンが慌ててわたしの後ろに隠れる。


「違う違う、そうじゃない! ちびドラのロヴィー坊やは登山客のアイドルなんだよ? せっかくの観光資源を失うような真似、するわけないじゃないか。そうじゃなくって……」

「じゃあ何? あなた何を知っているの?」


 わたしとドラゴンのフレイチェがディオンの顔を覗き込む。


「フレイチェはここの売店のアマンダ婆さんのことを知っているだろう? 酒好きのアマンダ婆さんはよく街の飲み屋に出没するんだが、何日か前に『登山客からオヤツを貰っていたロヴィー坊やが、不意にどこかに飛んでいった』って言ってたんだ。酔っ払いの戯言たわごとと皆笑い飛ばしたんだけど、まさか本当だったとは……」

『そんな馬鹿な! あの子は臆病なんだ。一人でどこか行ったりなどできない!』

「かもしれないけど、一つの手がかりなわけじゃない? 見境なく当たり散らして解決するわけでもないしさ。ダメ元で信じて探してみようよ。わたしも手伝うから」


 ドラゴンが考え込む。


『だが、どこをどう探せばよいのやら……』

「とりあえずこんな夜では探しようがないわ。夜が明けるのを待って探しにいきましょう。大丈夫。絶対見つかるから!」

『わ、分かった』


 と、大見えを切ったものの、実を言うとわたしは広域探査魔法など持っていない。

 そんな時こそ、アルの出番でしょ?

 わたしは足元にいる白猫のアルに視線を送ると、ウィンクをした。

 意を悟ったアルが、やれやれという表情で肩をすくめる。


 ピィィィィィィィッ!!

 わたしの口笛に反応し、山中に隠れていた銀色の巨大ヒヨコ――ミーティアが勢いよく走ってくる。


「お待たせ、ミーティア。とりあえず朝になったらわたしはこのドラゴンと出かけてくるわ。その間あなたはこのオジサン――ディオンさんとここで待っていてくれる?」


 キュイキュイ!

「え? 俺、お留守番なの?」

「わたしたちが留守の間にロヴィー君が帰ってくるかもしれないでしょ? そしたら行き違っちゃうじゃない」

「って言っても連絡の取りようがないですよ?」


 わたしはミーティアの背を撫でながらディオンに向かってチッチと右手の人差し指を振ってみせた。


「そこに抜かりはないわ。ミーティアに話しかけてくれれば、わたしにあなたの声が聞こえるようになっているから。ただ、こちらはこちらで動いているから、あまり頻繁ひんぱんには話しかけないでね」

「はぁ……。魔法ってのは便利なものなんですねぇ……」


 エッヘンと胸を張ったわたしは、ミーティアの背から荷物をいくつか降ろした。

 野営の準備をするのだ。


「じゃあ、晩ご飯の用意をしましょう。適当に作るけどいい?」

「あ、いただけるなら何でも」

「わたしも。なにか手伝います」

「え!?」


 火起こしを始めたわたしが背中側から不意に聞こえた女性の声に振り返ると、そこには、いつの間に現れたのか、三十歳くらいの女性が立っていた。

 刺繡ししゅうや縁取りがなされた生成りのドレスを着て、髪はゆるやかにウェーブした栗色。

 目鼻立ちはクッキリしていて美人ではあるが、ちょっと我が強そうな感じがする。

 そして、ディオンとどっこいどっこいの高身長。


 ここにわたしたち以外の誰かが来たなら、わたしのセンサーに引っかかるはずだ。

 それをすり抜けたというのなら、驚くほど高レベルの魔法の使い手か、あるいは最初っからここにいたのか、そのどちらかということになる。

 わたしは警戒を緩めず聞いた。


「……誰?」

「あぁ、フレイチェですよ」


 ディオンが平然と言う。


「えぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!」


 目を丸くするわたしに向かってフレイチェはニッコリ微笑んだ。

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