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第24話 初飛行

 濁流だくりゅうを前に立ちすくむミーティアを正面からギュっと抱き締めたわたしは、首の辺りを撫でながら優しく語りかけた。


「ミーティア、心配しなくても大丈夫よ、わたしが風の魔法で補助するから。あなたなら絶対飛べる。自信を持って!」

 キュイィィ! キュイィィィ!!


 不安なのか、ミーティアがか細い声をあげつつ首を振る。

 わたしは更に強くミーティアを抱き締めると、耳の辺りに向かってそっとささやいた。


「わたしはあなたを信じる。だからあなたもわたしを信じて。一緒に空を飛びましょう」

 キュイィィィ……。キュィィィィィイイ!!


 気持ちが伝わったのか、ミーティアの目に徐々に覚悟の色が生まれる。

 飛ぶ気になってくれたのだ。


 わたしは早速ミーティアにまたがると、右手にピンクの短杖ワンドを持ち、左手でしっかりと手綱を握った。


「いくよ、ミーティア! じゃ、行ってきます!」

 キュィィィィィィィィイイ!!


 右足でお腹の辺りに合図を送ると、ミーティアは川に向かって勢いよく走り出した。

 助走はあっという間に全力疾走に変わり、羽ばたきをともなった走りになる。

 視線は遥か前方。もうそこに迷いはない。


 キュィィィィィイイ!!

 「飛べ、ミーティア! フォルティス ベンティス(強風)!!」


 ミーティアが必死に羽ばたく。テイクオフ!

 とそこで、わたしの魔法による猛烈な追い風を受けてミーティアの身体が浮く。

 続いて上昇気流が発生して、一気に高度が上がる。


 見る間に地面が遠くなる。

 真下に流れる濁流。無限に広がる青空。前方に見える対岸。いける!

 川岸で見守る人たちの応援を背に、ミーティアが激しく羽根を動かす。


「ミーティア、焦らなくっていいよ。それじゃ疲れちゃう。高度が取れたからここからは滑空で行けるわ。大丈夫。ここからは羽根のコントロールに集中して」

 キュキュッ!


 得たりやおうとばかりにミーティアが羽根の位置を調整し、滑空に入る。

 風を受けて黒いゴスロリ服が激しくはためく。


「その調子、その調子! 頑張れ、ミーティア!」

 キュィィィィィイ!


 そうして飛ぶこと三十秒――。

 ミーティアはあっという間に幅二百メートルの川を飛び越え、無事対岸に着陸した。


 キュイキュイ! キュイキュイ!! キュイィィィイ!!!!

「うんうん、頑張ったね! 偉かったぞ、ミーティア!」


 ミーティアが羽根をバタバタ羽ばたかせながら大興奮で飛び跳ねる。

 わたしは首の辺りをポンポンと叩きながら、たくさん褒めてあげた。

 褒めて伸ばさないとね。


 そしてわたしは興奮冷めやらぬミーティアを落ち着かせると、ミナスの街へと走らせた。


 ◇◆◇◆◇  


 パン屋アランの妹・アニエス=ルヴェルは、百年の歴史を持つミナスの街の宿屋『女神のまどろみ亭』に勤めており、住居もこの宿の二階だそうだ。


 宿屋は広場を囲むように建った店舗類の一角に建っており、人が多く行き交う場所でもあるので客も多く、立地はとても良いように思える。

 そして結婚相手はこの宿の一人息子で、保安官でもあるディオン=バウト。


 ディオンは結婚を機に保安局を辞め、宿の仕事を学ぶ運びとなっているらしい。

 そうして老夫婦から息子夫婦に、歴史ある宿屋が受け継がれていくわけだ。


 着いてみると店の中には結構な人の気配がするにも関わらず、入口の扉には『臨時休業』と書かれた看板がかかっていた。

 まだ昼間。普通に営業していておかしくない時間だ。

 わたしは若干の違和感を感じながら、扉を開いた。


「ごめんください。アニエスさんはいらっしゃいますか?」

「わたしです。何か御用ですか?」


 店の中で何やら話し合いでも持たれていたのか、十人ほどの人が不安げな顔をしつつ席に着いている。

 その中にいた二十歳前後とおぼしきひときわ若い女性が立ち上がってパタパタと応対に出てきた。

 栗色の髪に赤を基調とした色鮮やかなヘッドスカーフを巻き、若草色のコルセットスカートを履いた、可愛らしい感じの女性だ。


「あなたがアニエスさん? アラン=ルヴェルはあなたのお兄さんで合ってます?」

「はい、そうですけど……。兄に何かあったんですか!?」


 アニエスの顔が固まる。何か起きたかと思ったようだ。


「あぁ、違うの。彼、昨日の雨で川を渡れなくって足止め食らっているのよ。で、あなた宛てにこれを預かってきたの」

「これ、お母ちゃんの……」


 すぐに母親の形見の指輪と分かったらしく、アニエスの頬を涙が一筋伝う。


「わざわざありがとうございます!」

「いいのいいの。お兄さんには美味しいパンをご馳走ちそうしてもらったしね。で? 何かあったの?」


 この店で結婚式のパーティを行うつもりのようだが、どう見ても室内の飾りつけが終わっていない。

 店内の人たちの顔も、なんだか暗い。


「実は、ここしばらく街にドラゴンが出没して暴れまわっているんです。そこで一昨日の朝、保安官や自警団が合同で住処すみかであるガラティオ山に討伐に向かったんですが、今日になっても帰ってこなくて……」

「ガラティオ山……。え? ってあれ? 新郎さん、保安官じゃなかった?」

「えぇ、彼も討伐隊の一員なんです。それで、どうしたものかと集まって話し合っていた次第でして……」


 どうやらここに集まった人たちは皆、関係者らしい。

 ドラゴンねぇ……。

 とそこで、様子を見ていた頭の禿げあがったオジサンが立ち上がった。


「すまない、旅人さん。ワシはこの宿屋の親父でドニという。今朝ワシも川の様子を見てきたがひどい濁流だった。アンタあの川を飛んで越えてきたんだろう?」

「そうだけど……何か?」

「どうやらパルフェに乗ってきたようだが、あの川を越えるとなると相当なレベルの魔法が必要だったはずだ。つまりアンタはその可愛らしい見た目の割に、魔法使いとしては一流だってことになる」


 親父さんの言葉に、つい胸を張るわたし。

 ま、そのくらいはね?


「そうね。確かにわたしは超絶美少女であるだけでなく、武芸に優れ、更に魔法の腕も超一流だわ。それがどうかした?」

「自分で言っちゃうかね……」


 白猫のアルがテーブルの上に寝転びながら苦笑いした。


 アルは王の名を冠する大物悪魔だが、見た目は天使の羽が生えた二足歩行する白猫だ。

 魔法生物ゆえにこの食堂にいる誰にも見えないし言葉も聞こえないが、よもやここに集まってきた人々も、自分たちの着いているテーブルのど真ん中で白猫がだらしなく寝っ転がっているとは想像だにしていないだろう。

 そのようなこととはつゆ知らず、ドニが続ける。


「このままだとドラゴン討伐隊の命が危ない。場合によっては結婚式だって挙げられなくなる。どうだろう。報酬をはずむから、息子たちを助けてくれんだろうか」


 指輪は届けた。これでアランに貰った美味しいパンの礼はできたはずだ。


 とはいえわたしとて女の子。花嫁さんのウェディングドレス姿は見たい。

 結婚式ができるかできないかの瀬戸際にある花嫁を見捨てて先に進むのもちょっと可哀想な気もする。


「いいわ。その依頼、ご祝儀しゅうぎ代わりに引き受けてあげる!」


 わたしは任せておけとばかりに、着ていた黒のゴスロリ服の胸をポンっと叩いた。

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