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第23話 足止め

 川辺まで辿り着いたわたしたちは、目の前の川の様相を見て言葉を失った。

 雨による増水で、川の縁まで迫ろうかという量の濁流が勢いよく流れている。


「凄いね、アル……」

「エリンが爆睡している間に結構な量、降っていたんだよ。とりあえず川を下ってみようぜ。どっかに橋があるはずだ」


 そこから下流に向かってパルフェを走らせること三十分。

 ようやくそれっぽい跡を見つけたが、案の定、あるべき場所に橋がない。

 上流から流れてきた瓦礫で押し流されたのか、木製の橋はたもとだけを残し、その先が綺麗さっぱり消えている。


 見ると、わたしと同じようにここに辿り着いた人がいるようで、暇を持て余し気味に川を眺めている。

 その中の一人――四十絡みの中年男が、わたしに気づいて話しかけてきた。


「川向こうのミナスの街でも川の状況は把握しているから、焦らんでもそのうち橋の修復に工事業者がくるさ。ただ、ある程度流れが緩やかにならんと工事にもかかれんから、しばらくはここで足止めだな」

「どのくらいかかりそうですか?」

「そうさな。水量が減るのはせいぜい二日くらいだろう。だが川幅が二百メートルもあるから、そこに新たに橋を渡すとなると、まぁ半年、一年はかかると見といたほうがいいだろうな」

「そんなに!?」


 わたしが顔色を失ったのを見て、おじさんが笑う。


「心配はいらんよ。そういうときの為に渡し舟がある。橋が再建するまではそれで皆、この川を渡るんだ。ただ、どっちみち舟で渡れるレベルに流れが落ち着くまでは待たねばならんがね。ま、五日ってとこだろう」

「そっか……」


 ちょっとだけホっとする。

 急ぐ旅ではないが、長いこと待たされるのも困る。

 あまりに時間がかかるようなら迂回しようかとも考えていたのだ。

 といって、行った先で川を渡れるかは賭けになるのだが。


「お嬢さん、こっち来て暖まりなさいな。川風で寒いでしょう? さ、ここにお座りなさい」


 色鮮やかな花柄のスカートを履いた中年婦人が、にこにこしながら焚き火に当たっている。

 共同で火を起こしたようで、少し大きめの焚き火を中心に、それぞれがポットやら鍋やら色々置いている感じだ。


 確かにここは冷える。

 お言葉に甘えて焚き火に当たることにしたわたしの前に、婦人が厚手のラグを敷いた。

 それは、あまり大きくはないものの、こじゃれた洋館の玄関にでも敷いてありそうな、薔薇がデザインされたふかふかのラグだった。

 地面に直置きするのが勿体なさすぎるクオリティだ。


「こんな素敵なラグを地面に敷いちゃ駄目です! 汚れちゃう!」


 慌ててラグを拾おうとするわたしを、婦人が笑いながら止める。


「お嬢さん、女の子に冷えは大敵だよ? それに、これはアタシが作ったハンドメイド品だ。誰にも気兼ねなんかする必要ない。汚れりゃ洗えばいいんだ。でも、ありがとうね、綺麗だなんて言ってくれて」

「あなたが作ったんですか!? 凄い!」


 素直に座らせて貰うと、婦人がニッコリ笑って、焚き火に掛けていたポットでお茶をれてくれた。

 ペコリと頭を下げ、温かなお茶の入ったカップを受け取る。


「あたしはエレーヌ=バロー。こう見えて都会でデザイナーをやっているの。ミナスの街で教え子が店を開いたって聞いてお祝いに駆けつけたんだけどこの有様よ。ま、辛抱強く待つしかないわね」

「デザイナーさんなんですか。どおりで素敵なデザインだと思った。わたしはエリンです。エリン=イーシュファルト。よろしくお願いします」


 と、そこにいい匂いが漂ってくる。

 向かいに座っていた三十歳くらいの純朴そうな男性が、火にかけていた大鍋を開けたのだ。

 どうやらパンを焼いたらしい。


「そろそろお昼だ。皆、お腹が空いたでしょう? 食べませんか?」

「いいのかい?」

「悪いね」

「そうだ! うちのニワトリがタマゴを沢山産んで困ってたんですよ。目玉焼きにしましょう!」

「いいね! ならうちはベーコンを焼くよ。チーズもあるから一緒に乗せて食べようじゃないか」


 皆が持ち寄った食材で、パンがあっという間にベーコンエッグチーズパンに早変わりした。

 焼き立てパンにアチアチのベーコンと半熟の目玉焼き。そして溶けたチーズだ。


「美味しい!!」


 パンを焼いたのはパン屋のアラン=ルヴェル・三十二歳。ミナスの街に住んでいる妹さんの結婚式に出席する予定なのだそうだ。


 タマゴを持ち込んだのはミナスの街への移住予定で馬車に引っ越し荷物を積んできたドミニク、クロエのオデール夫妻。

 二十代半ばといった感じの若夫婦だが、一緒に連れてきた五羽のニワトリがなぜかタマゴを生みまくっているらしい。


 ベーコンとチーズを供出してくれたのは行商のジャック=マルタン・四十五歳。わたしに川の状況を教えてくれたおじさんだ。


 そしてデザイナーのエレーヌさんとわたし、計六人での食事だった。

 川の氾濫でどれくらい足止めを食うか分からない状況だったが、そういうときこそしっかり食べて落ち着くべき。


 わたしたち六人は、初めてここで会ったとは思えぬほど、家族のようにワイワイと賑やかな食事を楽しんだのであった。


 ◇◆◇◆◇ 


「なぁ、エリンさん。アンタのパルフェでこの川を越えることはできないだろうか」


 食事を終えて川を眺めていたところを不意に話しかけられて振り向くと、そこにいたのはパン屋のアランだった。

 少しの間の後、わたしは答えた。


「貸せないわよ?」

「いやいや、そんなことは言わないよ。第一、アンタのパルフェは小さすぎて俺を乗せるのは無理だ。ただ、もしこの状況の川を渡れる可能性があるのなら、一つお願いをしたいと思ってね」

「なに?」


 話が見えないなりに、聞いてみることにする。


「さっきも言ったが、俺は妹――アニエスが結婚式を挙げるってんでここまで来たんだが、足留めを食らってて間に合いそうにない。でもそれはいいんだ。残念ではあるが祝福の言葉は式の後でだってかけてあげられるからな」

「じゃあ何?」


 アランは懐から革の小袋を出すと、そこからそっと銀色の指輪を取り出した。

 何の変哲もないシンプルで年季の入った銀の指輪だ。でもなぜか温かみを感じる。


「実は、うちは両親が幼い頃に亡くなっているんだ。以来俺が妹の親代わりだったんだが、亡くなる直前にお袋から頼まれてさ。この形見の指輪を妹の結婚指輪にしてほしいって。これだけが親の残してくれた唯一のモノだから……」

「気持ちは分かるけど、うちのミーティアじゃこの川を飛んで越えるのは無理よ」

「だよな……。悪かった、大人しく待つことにするよ」


 アランが肩を落としつつ自分のテントへと戻っていく。

 とそこへ、わたしの横で白猫アルがボソっとつぶやいた。


「風の魔法で補助すれば飛べるんじゃないの?」

「え? さすがに距離がありすぎる気がするけど。……イケると思う?」

「エリンならな」

「……ちょっと待って、アランさん! もうちょっと詳しく聞かせてくれる?」


 俄然がぜんやる気が出てきたわたしは、自分のテントに戻ろうとするアランに慌てて声を掛けた。


 今回のこれは、ミーティアにとっておそらく初の飛行になる。

 パルフェが飛べる距離はせいぜい五十メートルといったところで、二百メートルの川幅を飛び越えるのはまず不可能だが、魔法の補助次第で何とかなるかもしれない。

 アルの保証つきなら試す価値はある。


「その指輪を、式が始まるまでに妹さんに届ければいいのね? 式はいつ?」

明後日あさっての昼だ。この川さえ渡れれば、街へはほんの二、三時間で着く。頼めるか?」

「よし、頼まれた! 絶対に間に合わせるわ。任せて!」


 こうしてわたしは、急遽きゅうきょ、川越えに挑むことにしたのであった。

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