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第17話 空中庭園の攻防

 高さ十メートルもの外壁を飛び越えて着地したわたしと白猫のアルは、思わず息を飲んだ。


「わぉ……」

「こりゃビックリだ。下からじゃ全く分からなかったな」


 なんと飛び込んだ先は、色とりどりの花が咲き乱れる空中庭園だった。

 おそらくは王族か貴族か、特定の人間だけしか入れない、専用の憩いの空間なのだろう。


「ちょうど良かったわ。王侯貴族専用庭園なら敵さんもそんなに大勢入ってこれないでしょ」


 わたしとアルは庭師の見事な仕事ぶりに賞賛を送りながら、庭園を歩いた。

 と、程なくコツコツと、誰かが階段を上がってくる音がする。


「……考えたな。確かにここに一般兵を引き入れることはできない。邪魔者が入らず話をするにはうってつけというわけだ」


 黒ヒゲだ。

 歩きながら周囲をさりげなく観察している。

 伏兵がいないか確認しているんでしょうけど、心配しなくてもわたしに部下なんていないわよ。 

 わたしはことさらに笑顔を作って挨拶した。


「いらっしゃい、ヴェルナー王弟殿下」


 ヴェルナーの眉が一瞬吊り上がるも、すぐ何でもないとばかりに笑う。

 正体を言い当てられて、内心かなり焦っているはずだけど。


「お見通しというわけか。だが、どうやってそれを知った?」

「マティアスさんの部屋のアルバムに写真が残っていたわよ? 名前と日付けがしっかり書かれてね」

「ぶっ!」


 思わずヴェルナーが吹き出す。


「名前入りの写真だって? あぁ、学生時代に撮った覚えがあるが……。え? あれまだ残っていたのか! 実は私と彼は王立学校の同期でね。いやぁ懐かしい。それにしてもさすが追跡者チェイサーと言うべきか。よく見つけたもんだ。感心するよ」


 追跡者? やっぱりコイツ……。


 フっと笑った黒ヒゲが、懐から茶色い短杖ワンドを取り出した。

 わたしもそれに合わせ、黙って懐からピンク色の短杖を抜き出す。


「話をするんじゃなかったの? わたしはどっちでもいいけど」

「その前に、偽名でも構わないから君の名前を教えてくれないかな。呼び名が無いのは不便でね」

「エリン。エリン=イーシュファルト。言っておくけど本名よ? たまたま通り掛かっただけの超絶美少女よ」


 両脇を生け垣に挟まれたレンガの小道で、わたしとヴェルナーは向かい合った。

 まるで決闘するかのようだ。


「エリン君ね。なるほどなるほど。良ければ君の立ち位置を教えてくれないか? 君はこの件にどう絡んでくるんだ? 敵か? それとも味方か?」

「んー、マティアスさんを止めたいって言ったら信じる?」

「ふーむ、そうきたか。共闘できるのに越したことはないが、かち合って現場を混乱させられるのも困る。何せタイムリミットまであまり時間が無いものでな。よし、何はともあれお手並み拝見といこうか」


 ヴェルナーは言うが早いか、空に素早く魔法陣を描いた。


「ウンブラサジータ チェレリーンギス(影の矢・連射)!」


 防壁を張りつつ走り出すわたしを追って、影の矢が次々に発射される。自動追尾ホーミング型だ。


 トプンっ。

「エリン、あいつ潜ったぞ!」


 生垣を盾に矢を避けるわたしの視線が外れた瞬間、ヴェルナーが石畳に沈んだ。

 影使いらしく、影に潜ったのだ。

 アルが教えてくれなかったらわたしでさえそれに気づけなかった。


 ヴェルナーの放つ矢は弧を描きつつ、タイミングも軌道もバラバラで様々な方向から飛んできた。

 影から影に移動しつつ矢を放ってくるから、発射場所が特定できない。


「厄介なこと!」


 とその時、全く予期せぬ方向からナイフが飛んできた。

 ナイフの軌道は一直線だ。つまり、庭園内にヴェルナー以外にも複数敵がいるということになる。


 一瞬の判断で横っ飛びに飛んだわたしは、空中で身体を捻った。

 宙で華麗にひるがえった黒いゴスロリ服のすぐ上と下とを、何本ものナイフが高速で通り過ぎる。


索敵ディプレーンショ!」


 着地と同時に園内で動いている熱源物体を感知したわたしは、黒い布で顔を覆い、黒い衣装に身を包んだ集団が何人も庭園に潜り込んでいることに気がついた。


「お庭番ってやつかしら。途中で入ってきたのなら気配に気づかないはずがないわ。おそらくわたしがこの庭園に来ることを予想して、正規兵の代わりに事前に潜り込ませておいたのね。黒ヒゲめ、やるわね。おっと!」


 ナイフ片手に生垣を飛び越えてきたお庭番を右のハイキックで叩き落とすと、続いて襲ってきた敵の頭を、左の踵落かかとおとしで撃墜した。

 敵が顔から思いっきりレンガの小道に叩き付けられて気絶する。

 何か白い物が飛んだように見えたけど、あれ、歯かしら。可哀そうに。


「あと何人だっけ。えっと、今二人倒したから……あぁ、もぅ面倒臭い! ん? あれは薔薇のトンネル? ……よし、あれ、使っちゃおう」


 庭園の中を走りつつ敵の迎撃していたわたしは、薔薇のアーチが連なってできたトンネルの横を走り抜けながらササっと魔法陣を描いた。


「ジガス ディ プーギョス ベンティラヴィス(巨神の拳 アッパーカット)!」


 不意に、隠れていたお庭番たちの真下に直径二メートルの魔法陣が現れると、そこから上方向に向かって巨大な拳が高速で飛び出した。

 アッパーだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

「きゃああああああああああああ!」

「だわぁぁああぁあああああ!!」


 庭園のあちこちから黒い影が打ち上げられる。

 五人くらいは宙に舞っただろうか。


 空高く打ち上げられたお庭番たちは悲鳴を上げつつ落ちてくると、薔薇のトンネルの上に綺麗に着地した。


 次の瞬間、つたが命ある者のようにうねうねと動いて、お庭番たちを飲み込んだ。


「いっでぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「トゲ! トゲがぁぁぁああ!! ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 ズバリ作戦が当たって皆、薔薇のトゲで大怪我をしたようだが、当然のことながら避けた手練れもいる。


 死角から襲ってきたお庭番の腹に振り返りざま神速の右ストレートを叩き込んだわたしは、腹を押さえて悶絶したお庭番の胸倉を引っ掴んでグイっと持ち上げた。

 ついでに、わきの下からそっと短杖を覗かせる。


 直後、躊躇ちゅうちょを一切感じさせないスピードで、ヴェルナーの放った影の矢が肉の盾の背中に次々と突き刺さった。


「あぃだだだだだだだだだ!!」


 自分でやっといて何だが、ヴェルナーともども、その人を人とも思わぬ無慈悲ぶりに笑いがこみ上げる。


「ごっめんなさぁーい! キャプティス(捕獲)、インベルシオーネム(反転)、マーキング!」


 短杖に一本だけ吸い込まれた影矢はすぐに反転し、術者であるヴェルナーに向かって一直線に戻っていった。

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