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第13話 国家治安局

 ハインツ・フィーネの兄妹と別れてパルフェを走らせること三十分。

 いきなり視界が開けた。

 森を抜けたのだ。


 そこにはのどかな田園地帯が広がり、小さいなりに最低限、学校や病院、教会や商店等、諸々の施設が整った村があった。


 生の木材があちらこちらに積んであるところを見ると、林業をメイン産業とした村のようだ。


 なーんだ。時間はかかるかもしれないけど、ハインツの足なら村まで歩いて辿り着ける距離じゃない。何で大人に助けを求めずいきなり盗賊やろうと思ったかな。ホント直情径行ちょくじょうけいこうなんだから。


 ともあれ、兄妹に料理を振る舞ったお陰で携帯食料がすっかり空になってしまったので、わたしは食材の補充をするべく村の雑貨屋に向かった。


 買い物を終えたわたしがパルフェの背に荷物をくくりつけていると、不意に後ろから声をかけられた。


「お嬢さん、あなたひょっとして森を抜けてきたの?」

「はい?」


 振り返るとそこに、髪の毛が真っ白に染まった老婦人が立っていた。

 白のブラウスに茶色のスカートを履き、杖をついたとても優しそうな目をしたお婆さんだ。

 顔に入ったシワの具合からすると、還暦は優に越えているだろう。


「ねぇあなた。森の途中で男の子と女の子の兄妹に出会わなかった? 男の子はあなたと同じくらいの年齢で、女の子は七歳なんだけど」

「ハインツとフィーネ……ですか?」

「そう! 会ったのね? 元気だった? 一か月ほど前にご両親がそろって都会に出稼ぎに行ってから、二人とも学校に来なくなっちゃったのよ。前はこの村で働いていたお父さんが出退勤ついでに送り迎えしてくれていたんだけど、それが無くなっちゃったのもあってね? でも、歩くのがつらいなら学校のポニーを使っていいのよって言ったんだけど……」  


 あんにゃろ、妹の面倒を見るとか言って、やっぱりただのサボリじゃないか。


「ひょっとして学校の先生……ですか?」

「えぇ。先生は私一人に生徒は全学年で十人と、ちっちゃな学校なんだけどね。あぁでも良かった。足が弱くて様子も見に行けなくて心配していたのよ。でもちゃんと生きているようで安心したわ。私はハンナ=ヒューゲル。よろしくね」

「エリン=イーシュファルトです」


 わたしは婦人とにこやかに握手をした。

 礼儀正しい人には礼儀正しく接するのがわたしの信条だ。それに、どう見てもこの人は善人だし。

 と、何か思いつきでもしたのか、ハンナが笑顔で両手を叩いた。


「そうだ! ねぇお嬢さん。うちに美味しいお茶があるの。良かったら家にきて、お茶でも飲みながらあの子たちの様子を教えてくれないかしら」

「えっと……じゃ、ちょっとだけ」


 わたしは少しだけ考えた挙句、笑顔で了承した。

 直情径行のハインツは、後先を考えずすぐ暴走する。

 なにせ、お腹が空いたくらいのことで大人に頼ることを放棄し、いきなり盗賊の真似事を始めるくらいだ。

 妹のフィーネの為にも、キチンと縄をつけておく必要がある。


 そうやって兄妹の状況を教えておけば、ハインツの暴走をいざって時に止めてあげられるかもしれないもんね。


 そんなわけで、その場でパルフェを降りたわたしは、兄妹のことを笑顔で教えてくれるハンナと一緒に歩いて、村の外れの家に向かったのであった。


 ◇◆◇◆◇ 


 ところが――。 

 ハンナの家に着くと、なぜだか家の扉が開けっ放しになっていた。

 中で、銀色の鎖帷子くさりかたびら赤銅色しゃくどういろのサーコートを着た兵士とおぼしき連中が家探しをしている。

 傭兵ではない。正規兵だ。


「な、何をしているの、あなたたち! そこは私の家よ!」


 杖をつきつつ慌てて家に入ろうとした老婦人を遮るかのように、兵士たちが素早く立ちはだかった。

 家の中から紺のマントを羽織った隊長格の兵士が悠々と出てくる。


「お待ちしていました。あなたがハンナ=ヒューゲル婦人か?」


 隊長の誰何すいかの声に合わせ、兵士たちが隊長の後ろにズラっと並んだ。

 そうして見ると、威圧感がすごい。

 ハンナのような老人に対してする態度じゃない。


「そ、そうですけど……あなたたちは誰?」


 ハンナの声が震える。


「我々はゼフリア国家治安局の者だ。あなたにお伺いしたいことがある。悪いが我々にご同行願おうか」


 見ると、足の弱いハンナを乗せる為なのか、少し離れたところに兵隊たちの馬に混じって黒塗りの御用馬車も一台用意してある。


 ゼフリアはここから馬で一日ほどの距離にある、この国・ゼフリア王国の首都だ。

 国家治安局といえば、表向きは国の治安を取り仕切る組織だが、その内実は、国の内外を対象にスパイ活動を行う諜報機関だ。

 そんな組織が村の分校の老校長に何の用だというのだろうか。


「さ、来てもらおう」

「い、痛い」


 問答無用とでもいうのか、隊長が怯えるハンナの左手首を強引に掴んだ。

 力が強いのか、ハンナの顔が歪む。


 わたしはすかさずハンナの手を掴んだ隊長の右手首を掴んだ。

 隊長が冷たい目でわたしを見る。


「……君は誰だね?」

「ただの通りすがりの超絶美少女よ。お年寄りの手をそんなガサツに掴んじゃ駄目。手を傷めてしまうわ」


 わたしは隊長に向かってニッコリと微笑んだ。

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