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第12話 森の兄妹

「うおぉぉぉ、すげぇ! 料理だ! 半月ぶりの料理だ! スープっぽい何か以外のものが食べられるなんて!」

「スープっぽい何かって何よ!」

「エリンお姉ちゃん! あたし久しぶりにお肉食べたよ! お肉ってこんな味だったんだね!」

「まだまだあるから落ち着いて食べなさい、フィーネちゃん」

「焦るな、フィーネ。全部食べたい気持ちをグっとこらえ、今日は一杯だけにしておこう。残りは一週間かけて食うんだ!」 

「あんた馬鹿なの? そんなことしたら腐ってお腹壊すでしょ! 後で晩ご飯用にまた何か作ってあげるから、これは全部食べきりなさい!」


 どれだけ食事らしい食事をしていなかったのか。

 ハインツ、フィーネの兄妹が、皿を抱え込むようにして一心不乱に食べている。

 野宿になったとき用でパルフェにいくつか食材を携帯していたのだが、それを使って煮込みを作ってあげたらまぁ食べること食べること。


 淑女しゅくじょのたしなみとして調理くらい完璧にこなせるが、この兄妹も、よもや伝説の王国のプリンセスに料理を作ってもらったとは想像だにしていないでしょうね。

 ……ま、喜んでるならいっか。

 わたしは、二人が多少落ち着くのを待って話しかけた。


「ねぇ。あなたたち二人で暮らしているの? ご両親は?」

「あぁ。一か月くらい前に急遽二人揃って城に行ったんだ。親父は兵士として、お袋は給仕として働くんだってさ。二人が帰ってくるまで妹の面倒を見なくちゃいけないんだけど、俺、何もできなくてさ。氷室ひむろの食材も台所の野菜も早々になくなっちまうし、裏の畑の野菜もうまく育たないし。ここ数日、野菜くずのスープが続いてもう駄目だって思って……」

「それで盗賊を? 馬鹿ねぇ」


 色々思い出したのか、さっきまで勢いよく動いていたハインツのスプーンが止まる。

 わたしと同い年くらいだろうに、飢えて大変だったみたい。


「でも、別にご両親も亡くなられたわけじゃなくって働きに出られただけなんでしょ? 食材購入用にお金とかどこかに用意してそうなもんだけど」

「……え?」

「は!?」


 わたしとハインツの目が合う。

 ハインツがゆっくりと首をかしげる。

 知ってる! その目は頭をまるで使っていない者の目だ!


「……ひょっとして、あんた馬鹿なの? 子供二人だけ家に残しておいて、ご両親がその程度の用意もしていなかったとでも?」

「そんなものあるのか?」

「フィーネ知ってるよ! 台所の棚の中! パパとママ、出かけるとき言ってたもん!」

「何だって!?」


 台所に行ってフィーネに指示された棚を開けるとそこには小さなツボがあり、案の定、結構な額のお金が入っていた。

 見た感じ、兄妹が数か月生きるには充分な金額だ。

 近隣の街に買い出しにでも行けば、食材なんて好きなだけ手に入るだろう。


 妹はこのお金の存在のことをちゃんと知っていて、でも妹が取れない高い位置にあったし、兄がこのお金の存在を知らないとは思っていなかったと。

 兄ぃぃぃぃ!


「なぜこんなところにお金が……。そうか! ヘソクリだな?」

「そんなわけあるかぁぁぁぁあ!!」

 スパーーーーン!!


 わたしは思わず、ハインツの後頭部を布製の鍋つかみミトンでひっぱたいた。

 意外といい音がする。


「パパもママも出がけにちゃんと言ってたよ?」

「もぅ! あんたが両親の話、聞いてなかっただけなんじゃないの! 心配して損したわ、まったく」

「いやぁ、貧乏からいきなり金持ちにステップアップしたぜ。この金で何買おうかな。へへっ」

「食材! 買うのは食材だってば! いきなり無駄遣いするなぁ!!」


 だがハインツは、お金の使い道で頭がいっぱいになってしまったのか、まるで聞いている様子がない。

 ツボを抱えて菓子屋にでも直行しそうな顔をしている。


「お金があるからっていきなり全部使っちゃ駄目だってば! ちゃんと計画性を持って……。はぁ。もういいわ。フィーネちゃん、お兄ちゃんのこと、しっかり見ててね。頼んだわよ」

「うん! まかせて、お姉ちゃん!」


 頼られることが嬉しいのか、フィーネがニッコニコで自分の胸を叩く。


「面倒見ついでに畑も見てあげるわ。案内してくれる?」


 晩ご飯分の料理も作り終えたわたしが兄妹に連れられて家の裏手の庭に行くと、そこには意外と広めの畑があった。


 雑草だらけで荒れてしまっているが、手入れがしっかりされたら四人家族が食べるには充分な量の野菜が穫れるだろう。


 何が植わっているのか確認しようというのか、白猫のアルがうねをヒョイヒョイ飛び越えて奥の方に歩いていく。


「ん? 何よこれ?」


 畑の片隅で、身長一メートルほどの土製ゴーレムが尻もちをついていた。

 だが、ひと目で魔法回路マジックサーキットが動いていないと分かる。つまり、壊れている。


「何だ、エリンはゴーレムも知らないのか? はっは、どこの田舎者だよ」

「あんた馬鹿なの? ゴーレムくらい知ってるわよ。何でこんなところにあるのかって聞いているの」

「あぁ、そういうことか。マティアス兄ちゃん――村の分校の若先生が魔法学の専門家でさ。昔、畑の面倒を見る用でそいつを作ってくれたんだよ。でも、親父たちが出かけると同時に壊れちゃってさ。仕方ないから俺だけで農園を維持しようとしたんだけど……駄目だった」


 わたしは懐からピンク色の短杖ワンドを取り出すと、先端をゴーレムの胸にプスっと刺して、魔法回路にアクセスした。

 反応なし。思った通り断線している。魔素マナが身体を循環してくれないのだ。


 畑の探索を終えたアルがそばにやってくると、興味津々といった表情でゴーレムを覗き込んだ。


「水やりに雑草取り、温度湿度の調整、病害探知まで付いているわ。よくもまぁこの大きさのゴーレムにこれだけの機能を盛り込んだこと。アル、魔法回路の修復をするわ。あるべき流れを教えて」

「オッケー。仮の流れを作るからその通りに回路を修復して」


 白猫がゴーレムの胸に手を当てる。

 わたしは杖を通してゴーレムの魔力回路に魔素を送り込むと、アルの指示通りに崩れて断線した回路を正常に繋いでいった。


 ゴゴゴゴゴ。ピーピーピー!


 アルの的確な指示もあって、ほんの数分で修理が完了し、ゴーレムは動き出した。

 ゴーレムは起き上がると、早速雑草取りを始める。 


「動いた……」

「すごい! エリンお姉ちゃん、魔法使いさんなの!?」 

「まぁね。これで畑も正常に戻るでしょ。ついでに……」


 わたしは短杖で小さな魔法陣を描いた。


「エ プルーヴィア シチターテム(干天かんてん慈雨じう)」


 不意に一帯が霧雨きりさめに包まれる。

 兄妹が口をあんぐり開ける中、雨はほんの五分ほどで止み、代わりにそこに小さな虹が現れた。

 フィーネが目を輝かせて畑を飛び跳ねる。


「虹だぁ! 凄ぉぉい!」

「うん、これでオーケー。じゃ、そろそろわたしは行くね。二人とも元気で」


 わたしは勢いよく抱き着いてきたフィーネを優しく抱き締めると、その耳元でそっとささやいた。


「お兄ちゃん色々抜けているようだから、変なことしないよう、フィーネちゃんがしっかり目を光らせていてね」 

「分かった! お姉ちゃんも元気でね!」

「いい子! さ、ミーティア、行くよ!」

 キュイィィ。


 パルフェの首筋を撫でると、わたしは颯爽さっそうとその背にまたがった。

 そこへハインツが近寄ってくる。


「色々ありがとう、エリン。親父たちが帰ってくるまで、俺、頑張るよ」

「そうね。しっかりしなさいよ、お兄ちゃん。じゃあね」


 わたしは兄妹に向かって笑顔でうなずくと、森の一本道を次の街に向かってパルフェを走らせた。 

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