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第10話 旅立ち

 一夜明けて——。


 アーサーに呼ばれたわたしが保安官事務所に来てみると、事務所の前庭が人や馬でごった返していた。

 保安官だけでなく、カジノホテルを警護していた黒服たちや旅装を整えた女性たちまでもが、ひっきりなしに事務所の中と外を行ったり来たりしている。


 そんな中、現場の指揮を取っていたらしいスキンヘッドの巨漢・ブルーノがわたしに気づいたようで、手を振りながら近寄ってきた。

 ホテルで会ったときは悪人顔だったが、今は完全に毒気が抜けて善人顔になっている。強面こわもてではあるけれど。


「おう、お嬢ちゃん。よく来たな」


 なぜだか上機嫌なブルーノが、わたしの手を取って握手をする。

 その様子からすると、昨夜わたしに一瞬でノされたことは、極端に油断をしすぎたせいだと思い込むことにしたらしい。


 そりゃそうだ。

 こんな可憐な美少女が自分より強いだなんて認められるわけないもんね。

 彼のプライドを傷つけるのは本意でないので、わたしは黙って握手を返した。


「で、何これ。何の騒ぎ?」

「うむ。実は昨夜な? ホテルシャングリラに落雷があって、なんと倒壊しちまったんだよ。ところがそれと同時に長いこと俺たちの頭をこう……説明しづらいな。覆っていた薄い不快感のベールが消えるような感覚があって、モヤが晴れたっていうか、スッキリしたっていうか……。要はそんな感じなんだが、どうやら皆、同じような感覚を味わったらしい」

「へぇ。……それで?」

「急遽、街のお偉いさんたちが集まって、これまでに人身売買で集められた女性たちを解放することになったんだ」

「あら、良かったじゃない」


 悪魔の書の影響が急速に消えつつあるからだろう。

 自分たちのやっていた異常性にようやく気づき、皆、慌てて事態を正常に戻そうとしているのだ。

 でもこれで、今までに辛い思いをしてきた女性たちも解放される。


「旅費は全額バルツァ氏持ち。送迎は俺たちホテルの警備をしていた面々が担当する。ホテルが無くなって手が空いちまったからちょうどいいさ。そんなわけで、帰宅する女性陣の組み合わせやルート調整で、今事務所は大忙しってところなのさ」


 庭に設置されたテントには、帰宅申し込み者用の長い行列が何本もできていた。

 その中にアデーレたちの姿を発見したわたしは、彼女たちに向かって手を振った。

 三人もわたしに気付いて、笑顔で手を振り返してくる。


 ブルーノの話によれば、街じゅうの移動手段が総動員されて、早ければ今日の午後には第一便が出発するらしい。

 知らず、わたしの顔が笑みをたたえる。


「エリンさん、ここにいたのか」


 声に振り返ると、それはアーサーだった。

 その手に銀色の巨大ヒヨコをいている。

 パルフェだ。

 全高二メートル近くあるこのパルフェは、ふわっふわのヒヨコをそのまんま巨大化したような見た目を持つ、この世界では馬に並ぶポピュラーな移動手段の一つだ。

 あまり重い物を乗せることはできないが、短距離なら飛ぶこともできるので、身一つで山や川、ガレ場を越えて進む冒険者には重宝されている。


「銀色?」


 このパルフェ、黄色や白、ちょっと変わったところでは緑やピンクも存在しているが、銀色を見たのは初めてだ。

 色によって値段が変わってくるが、緑レベルで黄色の倍もする。ここまで珍しい色だと相当に高価なはずだ。 


「ずいぶんと珍しい色ね。それに、とっても聡明そうな顔をしているわ、この子。どうしたの? アーサーもこれに乗って女性たちの送迎?」

「いやいや、これは君宛てだ。バルツァ氏から預かってきた、君への贈り物だよ」

「アルベルトさんが? なんで?」

「お礼だそうだよ。何でも、忘れる前に恩を返しておきたいんだそうだ。何のことだい?」

「さぁ? でも、くれるって言うんならもらっておくわ。ありがと」


 キュイキュイ!


 頬の辺りを優しく撫でると、パルフェが気持ち良さそうに目をつぶって啼いた。

 ちょっと身体が小ぶりなのは、まだ子供だからなのだろう。

 それでも、小柄なわたしを乗せるには問題ないように思える。


「よし、キミの名前はミーティア。流星って意味よ。よろしくね、ミーティア」


 わたしはミーティアの首をポンポンと叩くと、颯爽さっそうとその背にまたがった。

 視線が一気に高くなって気持ちがいい。


「もう行くのかい?」

「えぇ。この街に影響を及ぼしていた悪魔の書は燃えて無くなった。これでわたしのこの街での仕事は終わり。あとはこの街の人たちにまかせるわ。書の影響は消え、ゆっくりと元の正常な街に戻っていくでしょ。元気でね、アーサー」

「君も! 元気で!!」


 早朝の街中をパルフェが疾走する。

 風がわたしの髪をなびかせる。


「次はどこへ行くんだい? エリン」


 気が付くと、二足歩行の真っ白な毛並みの猫が、パルフェの背中の上でデンっとふんぞり返っていた。

 実にオッサン臭い仕草だが、こう見えて白猫ヴァル=アールはその名に王の名を冠するほどの大物悪魔だ。

 見た目は、ただのぬいぐるみの猫だが——。


「さぁ? 風の吹くまま気の向くままよ。どっちみち、近くに行けば向こうからちょっかいかけてくるでしょ。それまでは適当に旅を楽しむわよ」

「だね。あぁ、風が気持ちいいや」

「そうね。とっても気持ちがいいわ」


 わたしは力強く疾走するパルフェの上で風に吹かれながら、まだ見ぬ世界を想像し、微笑んだ。

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