顔を覆っていたベールをはぎ取られたわたしは、舞台の上から会場をねめつけた。
想像を遥かに超える美少女の登場に驚きを隠しきれないのか、会場中にどよめきが起こる。
次の瞬間、会場のあちこちから我先にと声が上がった。
「い、一千万だ! うちの店で働かせれば、上客が何人もつくよ!」
「一千百!」
「一千三百出そう!」
「うちは一千五百だ! 館でメイドをさせるぞ!」
「それならこちらは二千万だ! 新しい
セリが白熱する。
「驚いたな。まるで桁が違うじゃないか」
「そうなの?」
隣に立っていたアーサーが興奮気味に振り返る。
「あぁ。それこそピンキリではあるんだが、僕の知っている最高額は五百万だった。こんな金額初めて見たよ。さすがだ、エリンさん!」
「ふぅん」
なるほど。わたしはその
だからどうしたという話なのだが。
見る間にどんどん値が吊り上がっていく。
興奮が最高潮に達したその時。
「一億だ!」
一際若い男の声が上がった。
◇◆◇◆◇
一億リールを提示した人物は、真っ白な服を着ていた。
違う。お付きの者ともどもミイラのように全身くまなく包帯で覆われ、両手で松葉杖をついていたのだ。
その生体反応に覚えがある。銀行強盗のチンピラリーダーだ。
「クラウス坊ちゃん、駄目ですってば! お父上の顔に泥を塗るおつもりですか!!」
「うるさい! アイツは俺のモノなんだ! 誰にも渡さねぇ!! 親父ぃ! アイツを俺にくれ! 頼む!!」
「おい、誰か坊ちゃんを止めろ!! ご主人さまを! アルベルトさまを呼べ!」
なんと包帯ぐるぐる巻きのチンピラリーダー・クラウスは、カジノ王・アルベルト=バルツァの実の息子だったらしい。
どおりでやりたい放題できるわけだ。
クラウスに手下のチンピラに警護の者たちにと、あっという間にその周囲に人が大勢集まり、押し合いへし合い大混乱の様相を呈する。
付き合ってらんないわ、馬鹿馬鹿しい。
わたしは懐からピンク色の
無言で杖を動かす。
彼らの直上に直径五メートルにも及ぶ巨大な魔法陣が出現するも、視線がクラウスたちに集中しているお陰で会場にいる誰一人としてそれに気付く者はいない。
「ジャイアント ディ グラードム(巨神の足踏み)!」
ボソっとひと言つぶやくと、杖を軽く下に向かって振った。
魔法陣を割って毛むくじゃらの巨大な右足が現れると、猛スピードで床を踏んだ。
「おい女ぁ! お前はオレのものだ! オレがお前のご主人さまになってやる! 一生飼ってや……」
ズドォォォォォォンン!!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああ!!」
差し渡し五メートルの巨大な足は、その下にいた者全員を等しく踏み潰した。
しかも、無慈悲なことに踏み潰し攻撃は一回で終わらず、何度も何度も行われた。
断末魔の悲鳴が会場中に響く。
ドドドドドッ! ドドドドドドド!! ドドドドドドドドドドドッ!!!!
もうもうと土煙の立つ中、会場にいたギャラリーたちが呆然とその様子を見守る。
一分経ってようやく足踏み攻撃が終わるも、目の前で起きた惨事に会場にいる全員が押し黙る。
そんな沈黙の中、誰も立ち上がれないと思いきや意外と根性があったようで、ボロボロになりながらもゆっくりとクラウスが立ち上がった。
「お、お前は……俺の……モノだ……。誰にも……」
「ジガス ディ プーギョス(巨神の拳)!」
ドカァァァァァァアン!!
ガッシャアァァァァアァァァアァァァン!!
「ぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
巨神の拳によるトドメの一撃を食らったクラウスは、ペントハウスのガラスをぶち破って地上三十メートルの高さから落下した。
「ひあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
クラウスの声がみるみる遠ざかっていき、やがて遠くで微かに水音が聞こえた。
どうやら無事着水したようだ。
カジノホテルは川を背にして立っていたのだが、それが幸いしたらしい。
わたしは黙って肩をすくめた。
◇◆◇◆◇
「おのれそこの女、魔法使いか! この私——アルベルト=バルツァの城で騒動を起こすとはいい度胸だ。私自らお仕置きをしてやろう」
見ると、会場の片隅に六十絡みの細マッチョの男が立っていた。
白いブラウスにボルドーのベスト。黒いズボンに黒いマントを羽織った、髪もアゴヒゲも真っ白なダンディだ。
アルベルトが懐から真っ黒な背表紙の本を取り出すのを見た客たちが、血相を変えて逃げ出す。
「ふっふっふっふ。聞いて驚け。これこそが悪魔の力の宿りし魔導書――悪魔の書だ。その力は海を裂き、山をも砕く。魔法使いの端くれなら聞いたことくらいはあるだろう? 貴様がどれほどの使い手かは知らんが、この書には勝てん。なぁに案ずるな。貴様は高く売れそうだから、傷が残らない程度に可愛がってやるさ。覚悟するがいい!」
アルベルトの
そりゃそうだ。追い求めていた悪魔の書が、すぐ目の前にあるのだから!
わたしは戦闘意欲満々のアルベルトを余裕たっぷりの冷ややかな視線で見ると、右手の人差し指をパチンと弾いた。
次の瞬間、夜のオークション会場で対峙していたわたしとカジノ王・アルベルト=バルツァは、朝もやの流れる高原の芝生の上に立っていた。