「
目をつむると、まるで上空から神の視点で建物を透かし見たかのように、頭の中に三次元映像が浮かんだ。
敵数は八。一階の客室からしらみつぶしに捜索しているようで、二階に来るのも時間の問題だ。
あら? この反応、今朝のチンピラたちだわ。銀行強盗をした割りに、ずいぶんと早く釈放されたのね。
生体反応は一致したが、疑問点が一つ。
なぜか彼らは全員、アーサー、ブルーノ、両保安官を大声で呼び捨てにしている。
これではまるで、保安官の方が彼らの手下かのようだ。
ただのチンピラに見えるけど、意外と犯罪組織の上の方の人間ってことなのかしら。
廊下の突き当たりにある階段を上がってくる反応を感じたわたしは、索敵を打ち切り、杖を動かした。
廊下の中ほどに大きな魔法陣が現れる。
とそこで、ちょうど階段を上がってきた男たちと視線がかち合う。
「お前! やっぱりあの時の!!」
見るとチンピラたちは、揃いも揃って身体中ペタペタと、打撲治療用の白いテープを貼りまくっている。
「やっと会えたなぁ、女ぁ!」
「ジガス ディ プーギョス(巨神の拳)!」
「ここで会ったが百年……どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
ドッガァァァァァァァァァァァアンン!!
魔法陣から出現した巨大な拳は凄まじい勢いでチンピラリーダーに当たると、背後の手下もろとも廊下の突き当りの壁を盛大にぶち破った。
「覚えてろぉぉぉぉぉぉ……」
夜闇の中、チンピラたちの悲鳴が段々と遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。
二度目ということでちょっと強めにぶっ飛ばしたのだが、思ったより遠くまで飛ばしてしまったかもしれない。
「死んだかな……」
銀行では壁をぶち破ったものの、通りに吹っ飛ばしただけだった。
今回は二階の高さから壁を突き破って一階に落下したので、前のときより格段にダメージが大きそうな気がする。
「ま、いっか」
部屋に戻ったわたしは、テーブルの上であぐらをかいた白猫が今まさに串焼きにかぶりつこうとしている現場に出くわした。
「アル! 何やってんの、馬鹿ね!」
慌てて走り寄って、空中にフヨフヨと浮いていた串焼きを引っ掴んだ。
バッチリ見られたようで、部屋の入り口でアーサーが口をあんぐりと開けている。
魔法生物である白猫のアルは、わたしのような資格を持つ者以外――つまり、アーサーのような一般人には見ることができない。
言ってみれば、透明人間みたいなものだ。
お陰で、持っていた串焼きだけが浮いてみえるという怪現象のようなことが起こってしまうのだ。
「今……串焼き、浮いていませんでした? それに、アルって……」
「気のせいじゃない……アルか? あー、お腹すいた」
わたしはテーブルの上の串焼きを急いで頬張った。
串焼きを奪われた白猫のアルが、わたしに向かってベーっと舌を出す。
納得できない顔をしつつも、わたしの指示のもと、アーサーが気絶中のブルーノを後ろ手に縛り、ベッドの支柱に
これから荒事になるから、敵は少ないに越したことはないもんね。
食べ終わったわたしは、ベッドの上に置いておいた黒い小さなリュックを背負った。
と、白猫アルが急に真面目な顔になってわたしを見た。
いつにない真剣な表情に、わたしも緊張感を高める。
「悪魔の書の反応があるぞ。この街のどこかだ。油断するなよ、エリン」
「……分かった」
悪魔の書は所有者を誘惑し、街の治安を乱し、犯罪を誘発させる。
だから悪魔の書が存在する街は、犯罪都市になる確率が非常に高い。
覚悟なさい! 必ず見つけ出して、きっちり燃やしてやるから!
わたしは振り返ると、アーサーに向かってニッコリ微笑んだ。
「お待たせ。じゃ、行きましょうか」
こうしてわたしはアーサーと共に、保安官事務所に向かうこととなったのである。
◇◆◇◆◇
「見ての通り、この街はカジノによって成り立っている。そして、カジノ王・アルベルト=バルツァはその金を使って市長や保安局、有力者たちを抱き込んだ。名実ともにこの街の支配者だ」
変装用の真っ黒なレースのベールを頭からスッポリかぶったわたしは、アーサーの乗る馬に同乗しながら街をそれとなく観察した。
夜も八時を過ぎているというのに歓楽街はまだまだ人でいっぱいだ。
と、前方にいかにも裏金が流れていますと言わんばかりの、三階建ての立派な保安官事務所が見えてきた。
歓楽街のど真ん中という立地は
「入らないの?」
そこで止まるかと思いきや、アーサーの
そのまま大通りをひたすら真っ直ぐ進んでいく。
その先に見えるのは、地上十階建てのネオン輝く
「バルツァは裏の仕事として人身売買の元締めをしている。各地で
「アデーレさんたちはすでに会場に運ばれているってこと?」
「オークションは八時開始だから彼女たちは間違いなく会場にいるはずだ。……しかし、言われるがまま君をここまで連れてきたが、いまだに俺は君の強さを信じきれない」
無理もない。
目の前でブルーノのような巨漢が倒されたって、何かの間違いだと人は常識を優先させるものだ。
ましてや、相手がわたしのような可憐な美少女であれば尚更だろう。
「アーサーはわたしを会場まで連れていってくれるだけでいいわ。あとは全部わたしがやるから」
アーサーが複雑そうな顔でうなずく。
「会場のペントハウスはバルツァの私兵が警護を固めている。そして、この街に所属する保安官の半数がカジノビル本体の警護をやらされている。つまり、保安官の仕事は街の警護よりカジノビルの警護ってことだ。悔しいがそれが現実だ」
怒りを抱えつつも現状を変えられないジレンマに、アーサーは悔しそうに唇を噛んだ。